月と白の明かりを灯し(後)
「店員のお姉さん! こちらまで至急お越しください!」
店員さんと一緒になって白露が着用し終わるのを待っていると、ひときわ騒がしい集団......無論のこと中心には紫月先輩。またもや店員さんを忙しく呼ぶ声が聞こえてくる。
「姉やん! うっとこ、はや来てや! えらいこっちゃねん」
今度は関西弁でせからしく招じる声が届く。
俺の隣にいるその主任クラスと思われる店員さんは、少し困った表情を浮かべ、ワイワイがやがや騒ぐ集団が若いスタッフでは荷が重いと考えてたのか、着け終わったら呼んでくださいねと一言残し、直ぐに先輩たちの元に向かった。
しばしの静寂が試着室周辺に訪れ、室内からコトリと小さな音が聞こえると、カーテンが内から少しだけ開かれる。
白露は、隙間からおずおずと朱に染めた顔を出す。
「陽菜乃ちゃん......ブラの着け方、丸っきり見当がつかないよ」
どうにも決まりがわるそうに呟く。
そりゃそうだよね......俺も菜々子に教えてもらうまで、正しい着け方なんて知らなかったし。
お邪魔します。サッと試着室の内に入ると、その狭い空間に何ともいえぬ甘やかな女の子の匂いが漂っていて、思わずクラクラしてしまった。
「あ、あんまり見ないで......」
白露は、半裸状態のまま装着していないブラで胸を隠し、すこぶる緊張しながら小さな声を絞り出す。
『ああっ なんて可憐なんだ』
不意に菜々子やいーちゃんの心のあり様がシンパシーとなり、胸を満たしていく。
『こりゃ......堪らんわ!』
俺は現役のJK......しかもまだ一年生とは、とても思えない思考に陥る。
室内はそれでなくとも二人が入れるようなスペースではなかったため、どうしても互いの体が密着してしまう。
後ろに立つと白露が身体を僅かに硬直させる。
「そんなに固くならないで......ストラップを肩に通してブラで胸を覆ったら、ちょっと前屈みになってくれると助かるかな」
俺は菜々子にレクチャーしてもらった時のことを思い出しながら、長い髪に顔がうまってしまうほど近づく。
白露の絹糸のようなサラサラした髪が、うなじを袂にして左右に別れ、前方に流れ落ちる。
細く白いうなじと華奢な肩が、黒色の髪とコントラストして甘美な彩りを醸し出す。
「陽菜乃ちゃん......くすぐったいよ」
白露は恥じらいなから身をよじる。
どうやら俺の鼻息がリミット一杯まで荒ぶり、白露の首筋に吹きかかっていたようだ。
ご、ごめんねと謝り、髪の毛がブラの内側に入らないよう気を付けて、背中のホックを止める。
さて......伸るか反るか!
「し、失礼します!」
俺は、かなりドキドキしながら言葉を発した。
「エッ? はい!?」
訳がわからないまま返事をする白露に、前屈みの姿勢をキープしてもらいながら、俺は左手で彼女の左のカップの付け根のストラップを少し浮かせる。
そして右手をブラの中にそおっと入れ、左側のバスト全体を優しく掌で包みこむ。
「ひゃあ?......んっ」
白露は、ビクッと身をよじると知らず声を漏らしていた。
俺の手の平に、吸い付いて離れなくなるほどのふわふわした感触が広がる。
その触り心地のなんたる妙!
さらに中央に寄せるとモチっとした反発が、確かな手応えとなり返ってくるため、たわませながら右肩方向へ、やんわりと押し上げる。
右側も同じように行い、とても名残惜しかったのだが、いつまでも肌ざわりを堪能してるわけにもいかず手を引き離す。
そして白露の体を起こし、ストラップがフィットするよう調整し、入り込んだ髪を掬い出す。
白露は、羞恥心が限度一杯となり頬を火照らせている。
そして高鳴る心臓の音がここまで聞こえてきそうな強さで、鏡に映った白く清楚、それでいて華やかなレースで縁取られたブラを身に付けた自分の姿をしっかりと目に焼き付けていた。
こみ上げてくる涙を堪えながらポツリ、ポツリと紡がれる言葉が室内に染み渡る。
「――叶わぬ思いと知りながら、仮初めと卑下したとしても生まれ落ちてしまったのは男の身体、もしかすると都とそっくりだから、違和感なく着こなせるかも知れない。だけど、それはそれで後で儚く虚しくなるだけ......どれほど着たいと恋い焦がれていてさえも、余計に虚しくなると諦めていたんだ」
白露は、鏡に映った姿を見て嗚咽しそうになりながら何度も瞬きを繰り返す。
「――それでも渇望してやまなかった女性用の下着がとても似合う......身体を自分のものにすることが出来た......手に入れることが叶ったんだ」
鏡の中に映る女性らしい丸みを帯びた谷間と、理想的なくびれたウエストの少女は、ついに堪えきれなくなったのかポロポロ涙を溢すと泣き崩れてしまった。
つかの間、むせび泣く声だけが室内を流れる。
「泣かないで......店員さん呼んでくるから、それまでに下着は穿き替えておくんだよ」
優しく背中をさすり、落ち着いたのを確認するとハンカチを渡して試着室から出る。
待つこと少しすると店員さんと紫月先輩が一緒にやって来た。
「アハッ お待たせ! 白露は中にいるのかな?」
顔を上気させながら確認する先輩に俺は頷く。
そういえば関西弁のあの娘が店内の何処を見ても居なかったので、その事を聞いてみた。
「くるみんは、友達とランチに行ったよ。今度『Existentielle』に来てくれる約束はしたけどね」
朗らかにアハハッとそれは愉快そうに笑い、関西弁って、それだけで場が盛り上がってよいよね。本当に楽しそうに言う。
「先ほどは騒がしくして、大変申し訳ないことを致しました」
笑い終ると今度は至って真面目な顔を店員さんに向け、雅やかな物腰で丁寧に詫びる。
その改まった態度と可憐な立ち振舞いに店員さんも目を見張り、たちまち顔を赤くしてしまう。
――先輩って本当に人心を惑わす素質が高すぎて、末恐ろしくなってくるじゃないですか。
「ハク......開けるよ」
先輩が断りを入れたのと、試着室のカーテンを開けるのがほぼ同時だった。
「キャッ!?」
小さくびっくりした声を上げる白露のその艶やかな姿に、紫月先輩も驚嘆したような表情で目をパチクリさせる。
「極めて......ジャストフィットしてる......この上もなく素敵だよ」
ありのままの気持ちを込めて白露の姿を誠実に賞賛する。
確かに......上下揃いの下着を身に付けた白露の初々しくも、際どい容姿や仕草などが艶かしく、見るものの目を射ぬく。
「あ、ありがとう......貴方に誉めてもらえるのが何より......嬉しい」
白露は泣いてしまったため、少し赤くなってしまった目を、それでも真っ直ぐに先輩に向けて、それは嬉しそうに溢す。
その幸せに満たされる表情を見ていると、飼い犬は主人に似ると言うけれど、ラッシュとイメージが重なるほどそっくりだ。
――白露は、間違いなく犬系女子だよな。まあ俺もどう考えてもそうだし、猫系は先輩を筆頭に......あっ! 菜々子も同等以上のクオリティをひけらかしている。いーちゃん、いおりんの二人は猫というより虎だし......犬系は彩帆ちゃん、のんちゃんぐらいか。意外と心々菜ちゃん、都ちゃんはどっちつかずな気がするにゃ......ニャ?
俺が例のごとく、あらぬ事を考えている間に、店員さんが白露のサイズを採寸終わっていた。
「ブラはそれはジャストフィットしてますよ! これならもう一つ上のサイズでも問題なさそうですね。 ショーツ......こちらも申し分なく綺麗にフィットしてるよ? はああ......幸せを分けて欲しいです」
自然と溢れたであろう店員さんの明るく商売を抜きにした感心しきった声に、俺たちは一斉に顔を綻ばす。
それは楽しそうに笑う先輩と目が合う。
「先輩が手に持っているそれ......ずいぶん華やかですね」
「むふふッ......ひと目するなりピンとくるものがあったんだ」
ジャジャーンと効果音を口遊み、紫を主体とし赤と黒のレースを大胆に装飾したブラ&ショーツを高らかに見せつける。
「たぶんサイズもジャストなはずだけど......なんならヒナが着けてくれてもいいよ......着てみる?」
真顔でさらりと言うものだから頬がみるみる紅潮してしまう。
「アハハー! もちろんジョークだよ......ボクも本当のところは、胸のドキドキがさっきから止まらないんだ」
店員さんだけがキョトンとしている。
実際のところ、この二人のとんでも美少女達が、ちょっと前まで体が男で、女性用の下着を付けることが生まれて初めてなんて夢にも思わないよね。
「さて......待たせたね。ボクの記念すべき最初のステップを、そろそろ踏み出すとしますか」
紫月先輩にしては、いくぶん緊張しながらも持ち前のポジティブシンキングな台詞を紡ぐ。
そして白露と入れ替わる際に軽く互いの指を絡ませ、試着室に入るとカーテンをそれは軽やかに閉めた。




