二つ名って大事です(後半)
「大川 弥生、ラッキースターの二つ名、Thx!」
出席番号七番目の娘まで、特に波乱も問題もなく二つ名がさくさく決まっていく。出席番号七番だからラッキースターって少々安直じゃない?
まあ本人があんなに喜んでいるなら、それが一番なんだけど。
俺はすこぶる上機嫌で、次に紹介がある神林さんに意識を向ける。
ここは、一言一句聞き漏らすことは出来ない。間違っても遠い世界なんかに行ってる余裕はない。
片翼の癒し手......ああっ神林さんから、こんなに素敵な二つ名を授けて頂けるとは、俺はなんて幸福者なんだろう。
「ひなのっち、そろそろ始まるっすよ」
俺がうっとりした表情を浮かべ遠い世界に旅立っていたのを、いおりんに戻った渚が、現実に引き戻そうと声を掛ける。
ひなのっち......次あたり、のっちとかになってそうだ。
俺は、トローンとした目をいおりんに向ける。
「なに、この破壊力......」
どうやらいつの間にか上級スキル『秋波』が無意識に微発動してしまっていたみたいだ。これは俺の数少ない必殺スキルのひとつで危険度はトップクラス......いかほどにデンジャラスなものなのか少し長くなるが説明しよう。
「出席番号八番、神林 心々菜です。よろしくお願いします」
――この秋波を使用するにあたっては、三つの禁止事項がある。まず一つ目だが思いの外、精神力を使用するため......って!神林さん既に話し始めてますやん!?
俺は慌てて全の器官を耳に変えて神林さんの自己紹介に集中する。
「私は、この学校に入るにあたり二つの目標を心に決めています」
決して大きくはないが、透き通るような声は教室内に心地好く響き渡る。
「一つは学校生活を通して大切な何かを得ること、ものに限らず誰かとの繋がりでもいいので、自分自身が心の底から思いを分かち合えることが出来る確かな存在と出逢えたら、とても素敵なことだと考えています」
なんだろう......俺と神林さんを比べてみるとふんわりした雰囲気や周囲が唖然とするほどの容姿は、見目形の違いはあれど驚くほどに似ている。
しかし確たるものを内に秘めた神林さんと、何をするにも自信を持てていない俺とでは、内面からにじみ出る趣きに違いがあるせいか、幼く頼りないとの印象を与える俺に対して、矜持を持ち行動する神林さんとでは人に与える印象が、まるで違っているように思う。
毅然と喋っていた神林さんだったが、ここで少し恥ずかしそうに頬を染める。
「二つ目ですが部活動は演劇部に入りたいと思っています。私の尊敬する姉が観るのも演じることも大好きなので、昨年ぐらいからよく大会を鑑賞していました。そこで宮ノ坂の演劇に接し、いたく感動したことを覚えています」
演劇部と聞いた瞬間、教室内に今までにない程のざわめきが地鳴りのように起こった。
尊敬する姉とは朱里さんのことだ。俺がまだ陽一だった時の学園のアイドルにして演劇部のスター。二人が並んで楽しそうに会話する姿を想像して、俺は自然と顔がにやけてしまった。
神林さんは、乙女全開の照れ笑いを浮かべ
「今年の演劇部に入部するのは、かなりの激戦が予想されていますが、自分に出来る精一杯の力を出し切り、なんとか入部出来るよう頑張ります!」
たかだか部活に入るだけで大層だなと感じたが、俺が思ってもいなかったほど皆は盛り上がり、生徒のほとんどが神林さんに惜しみ無い声援と励ましを送っていた。
何事!と思っていたのは絵に描いたような真面目な生徒数人と、類い稀なる双丘の持ち主と俺ぐらいだけのようだ。
――俺の秋波をモロに喰らい異次元送りになり掛かっていた、いおりんがやっと正気に戻り小声で愚痴る。
「いやはや、桃源郷に旅立った気分っす。のっちは自分にその気でもあるんすか!」
いえ、残念なことにまったくありません。
「それはどうでもいいんだけど、いおりん? なんか演劇部って聞いたら皆、ものすごく興奮してるし、入部するのも大変そうって言ってるけど、どうしてなの?」
いおりんは、ほとんど聞き取れないような小さな声で、どうでもよくなくないっすと呟き、おもむろに大袈裟に首を左右に振る。
「はぁー、ひなのお嬢ちゃまの世間知らずぷりにはホトホトあきれるでやんすよ」
ぬー こやつ俺に喧嘩売ってるのでしょうかね、これはお買い得ですかね、なんなら買うよ?
「世間の常識、にあいこーる貴女の常識って言葉知ってる? この広い世界には人類がまだ発見出来ないような未知なる領域が、山のように海より深くあるんだよ! 君はその全てを理解しているとでも? ならばこの学校限定しかも入部するにあたっての事情を知らないからといって、そこまで世間知らずのばぁかあ扱いされるいわれはなし!」
声が大きくなってしまったが途中で止めるすべもなく、ビシッと人差し指をいおりんに解き放つ。
それを器用に避けると誰の目にも止まらぬ速さで自分に向いていた俺の指を、教壇に立つ神林さんに向ける。
えっ? なんてことするのこの人......。
神林さんの頬が瞬時に真っ赤となった。
「ご、ご免なさい、興味のない話し長々としてしまって申し訳ありませんでした」
俺は生まれて初めて人に対してこれほどの憤りを感じたことがなかったが、今はそれに拘っているところではない。
「ち、違うんですよ、まったくの誤解です。これはここにいる庵さんに言ったのですよ? 決して貴女様に言ったのではないのです」
何故なら俺は貴女を愛しく思っています! と叫びたいところをなんとか言葉にすることなく抑えることができた。
それを言い切ってしまった時の周囲の反応を考えるとさぁーと、血の気が失せる。
「すいません、世間知らずでこの学校の事情を何も知らないのですが、演劇部に入るのってそんなに難しいものなのですか?」
フォローぽぃことを取り合えず言葉にする。
神林さんは、それを聞いてかなり安心した表情を浮かべ
「前は、そうでもなかったみたいなんですが、ほらあの方が昨年入部されたので......」
あの方のところで頬がこれまで見たこともないぐらい上気する。
教室の至る所で、甘い吐息や夢心地の表情を浮かべたクラスメートが散見される。
有馬さんも「白河さまああああっ」と激しく身を捩ってるし。
うん? 白河ってどこかで聞いた名前だよな。
それまで黙って盛り上がった雰囲気に口を出さずにいた水嶋先生が
「時間も押してきていることですし、そろそろ二つ名いきましょか」
それに神林さんは、おずおずと手を挙げて
「長々と自己紹介してしまい申し訳ありませんでした。時間も勿体ないので出来れば私の二つ名は、片翼の演じ手にしてもらえないでしょうか」
俺と視線が交差する。
「先ほど陽菜乃ちゃんのこと、勝手に翔べないって言ってしまいましたけど、私自身がまったくの未熟者です」
言葉を失った俺に歩み寄り手をしっかり握り締める。
「陽菜乃ちゃん......二人ならきっと羽ばたくことが出来るはず、一緒に行こうね」
そしてどこまでも優しく微笑む。
片翼の演じ手 神林 心々菜
俺はその日、失い忘れ去っていた両翼となるべく存在を、心に刻み込むこととなった。
「...出席番号九番 黒野...都」
スイカは流石に言い過ぎたかも知れないが、果物の王様、ここでは女王様ともいうべきマスクメロンを胸に仕込んでいる? 仕込んでるよねーといっても過言ではないぐらいのボリュームを引っ提げて、可愛い顔にまるで不釣り合いな目の下に隈を作ってしまっている女の子は、無気力全開とも言える挨拶を行う。
しかし、ここ宮女の制服、ブレザーなのだが割りとゆったりと着こなすことが、一般の日本人女性には可能だ。
なおかつ新一年生のため皆ちょっとブカブカな印象があり、特に大きなリボンを着けているため、体の線が出にくくなっている。
俺なんて自慢することじゃないが、パッと見た瞬間に「あ、はい......」って反応が返ってきそうなほど凸凹感に乏しい。
そんな乏しい人々が多数集う教室に、一人教壇に立つ彼女が放つ凶悪なまでの曲線美に皆は言葉なく息を呑む。
「趣味は...ネット...」
その後に何か小さく呟いたが余りに小声だったため、俺を含めた大多数は聞き取ることが出来なかった。
いな、視力2.0もしかしたら現在の機械力では測定不可能の数値だったため、2.5以上あるんじゃないかと推測されるであろう......いおりんは、やっぱり聴覚も人外を大幅に上回るのか、ふんふん頷いている。
「ねぇねぇなんて言ったか聞こえたぁ?」
俺はスキル上目遣いを微発動し聞いてみる。
「相変わらず、のっちはやるっすね。そんな甘えたフェイスされたらおっさん堪らんすよ」
既に入学式初日でJKを逸脱した二人。
そして初日とは思えないほど打ち解け合う二人。
「なんすかね、MMOがどうのこうの言ってた気がするっす、モテ・モテ・オレ?」
『えっ? MMO......』
俺はその破壊的な曲線美のみに意識を奪われていたが、そこで初めて彼女の名前に気が付く。
『くろの......みやこ?』
Chrono君とMiyakoちゃん、俺が愛して止まないMMO『TCG』のギルド『まったり堂』の仲の良い双子の兄妹......。
そう考えると喋り方がチャット時のMiyakoちゃんにそっくりだ。目の下の隈も日々廃プレイしていれば致し方ないのだろう。
――俺はしぃちゃんの監視下にあるため、前ほどプレイ出来なくなったのが女の子としては幸いしているのだろう......黒野 都という名の少女は太陽の下で遊んだことがないのかと思われる色の白さと物憂げな仕草が相まって、一点を除いて病弱な印象を皆に与えていた。
「...以上」
始まりが何処からで、終わりがどこだったのか判らぬまま自己紹介は終わっていた。
「えっと、二つ名いってみよ......か」
珍しく言葉半端で水嶋先生が皆に求める。
黒野さんは、言われた二つ名を律儀に全部、黒板に書いていく
・無言の爆弾 ・電脳の迷い子 ・メロンメロン
・揺れる大地 ・デカ過ぎだろオイ!
いおりんが提案したメロンメロンもどうかと思うけど、まるで良いのがない。
ゲームを長いこと一緒にプレイしている俺は、都ちゃんの諦めた感情と寂し気な気配を感じとった。
「黄昏の電脳使い、てのは黒野さんのイメージにどうでしょうか」
俺はゲーム内でMiyakoちゃんが好んで使用する『黄昏の魔術師』という称号をもじり提案してみた。
瞬間、都ちゃんの表情に戸惑いと驚きが浮かぶ。
少しして白すぎる顔の頬に、ほんのり赤みがさし目を伏せながら大切な呪文を唱えるよう紡ぎだす。
「ありがとう」
黄昏の電脳使い 黒野 都
時間一杯掛かってしまったがクラスメート三十六名の二つ名は、それぞれの想いを胸に秘め形づくられた。




