二つ名って大事です(前半)
俺は机に肘を付け両手で顔を覆い、構ってくれるなオーラを全開にして、見えない壁を展開する。
しかし見た目委員長こと、いおりんにはそんな見えない壁など文字どおり見えないのだろう、あっさりと突き抜けてくる。
「いやはや、熱かったすね! 陽菜乃があんなにもフェティシズム全開だったとは、流石の私も気付かなかったす!」
いや、もうその話はお願いですから止めて下さい。入学初日から本気で転校考えてますから。
「まあ逆に考えればっすよ、桁外れに目立ったからいいんじゃないっすか、ポジに考えるっすよ」
いや、そんな悪目立ちなんてしたくないんです。桁外れとか言わないで下さい。出来ればサボテンになってぽぉーと日がな一日していたいのです。
教室のあちこちで談笑が聞こえるが、クスクスと笑い声が聞こえるたびに自分が笑われているんじゃないかと不安になる。
人前で熱く語ったあと、一瞬静かになった廊下だったがすぐに聞こえていた生徒達は大爆笑に包まれた。どうやら俺の容姿とのギャップに萌えて内容までは、あまり皆気にしていないみたいだ。
まあ担当の先生には騒がないよう注意を受けたけど、それぐらいで済んだのは御の字なんだろう。
お陰で式中は、校長先生や新入生代表の挨拶ですら記憶に残らないぐらい頭の中が真っ白に染まっていた。
唯一しぃちゃんが挨拶した時だけは、それまでの退屈な話がまったくの前座であることを示すほど、その美貌と人を惹き付ける確かな発語、魅力溢れた弁により体育館は歓声に包まれ、一ノ宮理事長の存在を新入生一同にまざまざと植え付けていたことを覚えている。
ファンクラブが出来るんじゃないかと思うほどの皆の陶酔した顔を見ると誇らしい気持ち半分、自分の不甲斐なさのため、しぃちゃんに迷惑を掛けないか、こんな娘を持ってることを皆が知って失望しないか考えて、気持ちが更に沈んだ。
ダメだ、ダメだ、入学初日からネガティブになっちゃダメだ。この教室には守ってくれる菜々子もしぃちゃんも居ないのだから、しかも俺は一度、高校生活を体感している。これはここにいる誰よりも優位な条件なはずだ。いおりんが言うようにポジティブになるんだ。
俺が気持ちを奮い立たせたのと、担任の水嶋教諭が教室に入って来たのがほぼ同時だった。
「はい、みんな席に着いてね。改めましてこんにちは。今日から貴女方を一年間受け持つこととなりました、地理歴史科担当の水嶋 秋穂です。みんな宜しくね。判らないことや疑問に感じた事とかあったら気軽にお姉さんに質問するのよ。あっ、私の歳は教えないから、そのつもりで」
水嶋教諭は、年の頃二十代後半から三十代前半ぐらいの、笑うと愛敬のある優しそうな人だった。皆はその自己紹介に小さく笑い教室内は、随分とくつろいだ雰囲気となった。
「皆さんには、これから自己紹介をしてもらいますが、時間もありますので......そうですね、まず自分の名前を黒板に書いて、あっ、その時は漢字の上にヨミも書いてね。最近どう読むのこれってのがあるから、次に出身中学や趣味、入りたい部活や将来のこと、まあここら辺はあまり長くならない程度に好きに話してもらっていいです」
いったん話を終わらせ、ちょっと考える。
「それだけじゃ面白くないかな......皆さんは、歴史上の人物で伊達政宗は知ってるよね?」
何人かがハイと返事をして、俺を含めた多数の生徒はうん、うん頷く。
「じゃ伊達政宗の別名は、知ってる?」
ハイと返事した生徒が、独眼竜と答えた。
「甲斐の虎は誰のことか判る?」
それは判らないかも、先ほど答えた秀才タイプの生徒が武田信玄ですと答えた。
「そう歴史上の人物だけでなく、本名以外の呼び名を通称、通り名、異名、ここでは二つ名と呼ぶことにするわね」
うん? どうしてここで二つ名の話しが出るのだろう。
「そこで自己紹介を聞いた後で、その娘の二つ名を皆で考えてあげて、もちろん本人が嫌がるようなのや、ネガティブなのは駄目よ、で気に入ったのがあれば黒板に書いていくと」
面白そうでしょうフフッと微笑する。
いいね、いいんじゃないっすか! 気に入ったのだけ選べるというのが、これまたいい!
水嶋先生ってなんて良いこと考えるのだろう。
「それじゃ出席番号一番の娘いい?」
呼ばれた女の子は、一つ元気に返事をすると黒板に名前を書き出した。
ああ、ここで基本の形が出来てしまい右に倣えになるし、やっぱり一番て荷が重いよね。あっでもこの娘って小顔で可愛いし、なんといっても髪形がすごくお洒落だ。俺も菜々子に色々教えてもらったからなんとなく判るけど、確か大人かわいいひし形ボブってのだな、俺がセミロングでこの娘はミディアムかな。よく似てるけどサイドに工夫持たせてるよな・・・赤坂さんって名前なんだ......えっ?
「出席番号一番の赤坂 彩帆です。将来の夢としてはヘアアーティストに成りたいので、現在修行しています。いろはという名前は、すごく気に入っています」
そこで可愛く舌をチロりと出してはにかむ、夏江さんの仕草そっくりだ。
「家はサロンをしてます、名前は『Diapason』この髪もマ......母にカットしてもらいました」
そして何故かこちらを意味ありげに見てきた。
「そこにいる陽菜乃ちゃんの髪も母がデザインしたんです。店のHPにUpしたらアクセス数がスゴいことになって、毎日問い合わせ一杯ですよ」
そして嬉しそうに俺に向かって手をふる。
うひょー 本当に俺の画像なんてUpしたんだ。夏江さんには好きにして下さいなとは言ったけど......まあちょっとはお店の宣伝に役立ってるならいいんだけど。
そんな事を考えていると一ノ宮さんも皆に見えるように立って披露してねと水嶋先生がリクエストしてきた。
皆から大きな拍手が沸き起こる。
ノリの良い先生に生徒たち、俺は顔を真っ赤にしながらサロンでデジカメに撮ってもらった時のポーズを思い出し、お洒落にデザインしてもらった髪が皆によく見えるよう披露する。なんか不思議な気分だポーズする度に皆が歓声上げたり、GJとか送ってくれる。
「それじゃ赤坂さんの二つ名、考えてみてね」
みんなから色々な意見がでる。その中から何個か気に入ったのを黒板に書いていく。
カミの魔術師、ヘアーアーティ、ひし形の奇蹟、色彩の使い手、色彩使い......。
それじゃ一番気に入ったのに、丸付けてと言われて、悩みながら赤坂さんが選んだのは(色彩使い)
色彩使い赤坂 彩帆、うんいいんじゃないの。
赤坂さんは、一番手を上々に終わらせることが無事出来て、二番目の子と嬉しそうに言葉を交わしている。次の子もスラリとした大人びた風情のこちらは可愛いというより、綺麗な感じの子だった。
「出席番号二番、有馬 苺伽です、先ほどのいろはとは、中学からの親友です。まさか同じクラスになれるなんて思いませんでした。この学校に入学出来てとても嬉しいです。あとは出来れば早く伝説の二人に会ってみたいと思ってます!」
伝説の二人と言ったところで、教室内にどよめきが起きた。
なんだろう、この学校には伝説とまで噂される人物が二人もいるのか......。
有馬さんの挨拶を聞きながらも、知らず知らず横の列の俺から見て斜め二つ前に座っている、柔らかなふわふわ髪がとても映える女の子に目線を向けてしまっていた。
その後ろにはブレザーの制服越しからでも、これでもかと存在をアピールする、あの類い稀なる双丘の持ち主も座っているのだが、今は彼女よりも、前に座っているたおやかな雰囲気の少女に気が入ってしまう。
どうしてこんなにも気になるのだろう、華奢なうなじや時折見える横顔から目が離せなくなる。
「それじゃいくっす! 新たなる伝説が生まれるっすよ」
いおりんの声で別世界に飛んでいたのであろう俺は我にかえる。
えっ、有馬さんいつの間にか挨拶終わってる?
黒板消し終わったところだし、二つ名も聞きそびれているよ......ごめんなさい有馬さん。
というか次俺だよな......。
そこで言うべきことを、なにも考えてないことに気付く。
「ちわーす! 出席番号三番庵 渚っす。みんな元気にやってるかー! 自分のことは、いおりんと呼ぶっすよ」
そこかしこで、委員長よ、委員長だよねといった声が、さざ波となって教室内を漂う、が委員長と呼ぶにはみなぎる圧倒的ポジティブな性格と言葉使いに、皆は一様に首を傾ける。
稀なる双丘の持ち主は「元気...ない」と律儀にボソッと返事をしていた。
「ギャップ萌え狙ってまっす! みんな自分についてくるっすよ」
正直過ぎるのもどうかと思うよ、しかもどうみても萌え要素は、いおりんには少ないよね。
「ここだけの話しすが、自分こう見えて委員長には向いてません。このメガネも伊達す! 本当のところは視力両方少なくとも2.0あるっす! あっもちろん三つ編みも演出っす!」
この喋りかたもね、と言ってメガネを外し、三つ編みも解いてフフッと妖艶に笑う。
なんだろう......先ほどまでのちょっとお馬鹿だけど、真っ直ぐな気質で、すっす言ってた、ポジティブいおりんは消えて居なくなり、怪しい微笑みを浮かべた美少女が、教壇の上でニンマリと愉しげに微笑んでいた。




