装備を揃えよう~中級編~
俺たちは洋食屋を出ると、なんで私も一緒に行ったらダメなのよ! 半泣きで愚痴る菜々子を舞花母さんに預け、陽一はパソコン見に行くと言うと別行動をとった。
少し行ったところで菜々子の普段出さないような声が聞こえたので振り返る。
菜々子は納得できないのか舞花母さんの制止を押しきって、こちらに来ようとしていた。その腕をつかむと母さんは菜々子に何かを話しかけている。
言い争うような話し合いが終わると菜々子は急に大人しくなり肩を落として、とぼとぼと俺たちとは逆方向に歩きだした。
『そんなに楽しみにしてたんだ......』
何をそんなに楽しみにしてたんだよ、確かにすごくテンション高かったし......でももう二度と会えないってわけでもないんだしさ。
「な......な、菜々子......お姉ちゃん!」
何故か俺は菜々子に向かって声を限りに呼び掛けた。
俺の声が聞こえたのか菜々子がこちらに勢いよく振り返る。
「お姉ちゃん! あとでまた合流しようね!」
俺は、周囲の目も気にせず大声を出し元気よく手を振った。
菜々子もパッと表情を明るくする。
「――うん、絶対だよ!!」
こちらもそれは大きな声で、手をぶんぶん振って応える。
菜々子が悲しむ様子なんてどんな時でも見たくないから。
そんな俺たちを見守っていたしぃちゃんは、俺の手をやんわりと握り
「――行こうか」
それは優しく微笑み、歩き出した。
手をつないだままだとなんだか照れくさい......でも小さい頃は別々に暮らしていたせいか、たまに会えた時は、こうして手をつないでもらうのが無性に嬉しかった気がする。
向かった先は、レディースファッションのテナントが入ったエリア
「ま、まさか!?」
「うん?」
思わず頭ひとつ高いしぃちゃんを見上げてしまう
「まさか、ここでオ......わたしの服買うんじゃないよね?」
危なく俺って言ってしまうとこだった......男言葉は、確実に減点対象のはず。
しぃちゃんは、何を今さらみたいな顔をする。
「あたり前じゃない! 陽菜乃は今のサイズのものを何も持ってないのだから今日はいっぱい買うわよ!」
ああっやっぱりなのか......どうりで菜々子があんなに一緒に来たがったわけだ。
女物の服なんてね......まあ今は女の子になったのだから、着ても別におかしくはないのだろうけど。
俺の煮え切らない態度をものともせず、しぃちゃんはテナントに並ぶ服を物色していく。
「どれが陽菜乃に似合うかな、あっこれなんて良いじゃない!」
ひとつの服を指差した。
そこには緑の小さなドットがまんべんなく散りばめられた、淡い薄茶色を基調にしたワンピースが展示されている。
そういえば陽菜乃、ドット柄大好きだったけ。
気が付けば俺は魅せられたように、そのワンピースを見つめていた。
「気に入ったなら試着してみたら」
「う、うん」
恥ずかしかったけど陽菜乃としての俺は、すごく着てみたくなっている。
しぃちゃんは店員さんから俺に適したサイズの同じデザインワンピースを預かると、二重構造になっている試着室に一緒に入り
「着たらママにも見せてね!」
ひと言残しカーテンを閉めた。
三方が鏡張りになった狭い部屋に一人になると、改めてマジマジと鏡の中に写る少女を見る。
少し頬を桜色に染め、照れくさそうに薄茶色いの下地に、グリーンのドットがちりばめられたワンピースを抱えた美少女。
『やっぱり尋常じゃないぐらい可愛いいよな』
それが現在の自分とはどうしても思えない。
急にどうしようもなく照れくさくなり
『ーーき、着替えるか』
俺は菜々子から借りた服を、なるべく鏡を見ないようあたふたと脱ぎ、全て脱ぎ終わると勇気を振り絞って鏡の前に立った。
「!」
そ、そうだ俺はなんでこんな、このような重要なことを失念していたんだろう。
前の鏡には、水色そして白のストライプ上下縞々セットを装着した美少女が唖然とした表情で立っている。
「!!」
そして後ろの鏡には、長い髪の間からきれいな背中が見え隠れし、撫でやかに続いている可愛いらしいお尻に縞々パンツが浮き出てその存在をこれでもかとアピールしている。
「!!!」
側面では、つんと盛り上がった控え目な胸に、これも黒く長い髪が縞々ブラと危なげなコントラストを作りあげていた。
「ふひゃん!」
そらまあ不意打ちでこんなの見せられたら声も出ますよ、ハイ
俺の声にならない悲鳴が聞こえたのか。
「ど、どうしたの......陽菜乃!?」
慌てた声を上げ、しぃちゃんがカーテンを急いで開け......そして見事に固まった。
あっ! 高級そうな、いな高級スーツによだれが垂れちゃってるよ。
口をこれでもかとポカーンと開けてる姿なんて絶対稀少ショットなはず、今スマホ持ってたら激写したのに......ああっ残念。
俺が不遜なことを考えていると
「な、なにこの生き物......あり得んぐらい可愛いいんやけど......ある意味、罪や」
どうでもいいことだが、うちの家系は興奮すると住んだこともない関西風の言葉になる......らしい。
菜々子とほぼ似たような反応といい、女の子が母方の叔母に似るって本当のことなのかな。
その後は顔を上気させながらもトータルコーディネートしてくれる。
ワンピースの上に、明るい緑のカーディガンを羽織り、ベージュ色のレースアップブーツをコーディネートしてもらった俺は、なんだか少し大人びたそれは清楚な感じの女の子となっていた。
うん、自分ごとながら可愛いんじゃないの。
「ちょっと、大人しすぎね......このブーツと似合いそうなリボンチョーカー付けて......うん! 似合ってる」
心の底から嬉しそうに俺のものを次々と選んでくれている。
その健気ともとれる姿を見ている内に、俺の中の高揚感はしぼんできて罪悪感がふくらんできた。
俺そんなにしてもらっても何も返せるものなんてないよ。
ずっとしぃちゃんには、辛い思い味あわせていたのに
「ママ......ごめんなさい」
自然と俺は泣きながら、しぃちゃんに抱きついていた。
「ひなの......陽菜乃が生きて......戻ってきてくれただけでママは幸せなの」
頭を、それは優しく撫でられる。
「だから泣かないで、私たちは......これからなんだから」
「う、うん......本当にごめんなさい」
ただ泣きじゃくることしかできない。
「陽菜乃、今はごめんなさいって言う時じゃないのよ、今はありがとうって言う時なの......そして気持ちよく楽しそうに笑いながら言うのよ」
俺はどうにか泣き止むと、一生懸命に笑顔を浮かべた。
「あ、ありがとう・・・ママ」