その15・私、中毒患者を見るのこと
長らくお待たせした上、短いです。
クララの取り調べは比較的短い時間で終わった。侍女の間ではクララの受信具合は有名であり、失せ物から恋愛まで占えると人気なそうな。そんなに俗っぽいことを占って良いのか。世俗とは云々と言っていたのはクララ本人ではなかったのだろうか? まあ良いや……私にとってはどうでも良いことだし。
「……あーっと、元大神官? お疲れさま」
「うあああ果物っ果物が足りないっ! 果物が足りないぃっ!!」
だが、元大神官が現役だった頃よりも神殿の人数は増えているうえ、子供の面倒まで見なければならない。増加した仕事に老体がついて行っていない元大神官――いや、大神官代理は、クララの取り調べが早く終わったものの他の仕事に追われて、可哀想にもへとへとだった。老人が見るからにボロボロな姿をしているのを見て笑う趣味のない私はおずおずと声を掛けた。が、その瞬間、大神官代理は薬物中毒患者のようにイった目でそう喚き散らしだした。
「ああもー、長老様ってばまた発作ですか? ほら、今皮を剥きますからねー」
「果物果物果物果物果物果物果物果物果物果物果物果物果物果物果物」
「はいはい、ちょっと待ちましょうね」
私の脳裏に『果物ジャンキー』という新しい病名が浮かんだ。なにこれ怖い。
ハウルは軽く返事をして林檎……もどきの果物の皮を剥いた。慣れているんだろう、皮は途切れることなく一本の蛇になった。八分割して一つを大神官代理の口に突っ込めば、大神官代理は虚空を見つめたままもぐもぐと口を動かし嚥下した。
「もー、長老様ってば果物を一日でも欠かすといつもこうなんだから」
もしや、この世界の果物には中毒性のある成分が含まれているのではなかろうか? 一般人なら大神官代理ほど果物を口にする機会は少ないうえ、彼は人類の中でも長寿だ。四十代から五十代でぽこぽこ死んでいくこのご時世において八十代というのは超人の域と言える。その分蓄積した中毒性のある成分が大神官代理の体を蝕み……一日でも果物を欠かすことができない体にしてしまったのかもしれない。なにそれ怖い。
私が驚愕の事実に打ち震えていると、大神官代理がやっと正気を取り戻した。
「おや、私は一体なにを?」
「長老様はお疲れのあまり正気を失っていたんですよ」
疲れのあまり正気を失うなんて、普通はありえんだろう。――だろうのに、大神官代理はそうですかと納得した様子で頷いた。え、ちょ……え?
果物中毒患者な大神官代理は、甲斐甲斐しい介護福祉士のハウルから皮のない林檎もどきを受け取るや、シャクシャクと勢い良く食べ始めた。ハウルはといえば果物を入れたバスケットをテーブルの端から手元に引き寄せ、何も言わずにまた皮を剥き始める。どうやらこれが二人の日常らしい。ハウルが馬鹿だから大神官代理のコレを疑問に思っていないのか、それとも大神官代理を慮ってハウルが口を噤んでいるのか。気になるが訊けそうにない。
ひたすら静かな時間が流れる。ハウルが皮を剥き大神官代理が食べる、ただそれだけの時間なのに居心地は物凄く悪かった。今はただの光の玉でしかない私にとって尻がモゾモゾするというのはなんだかおかしな話だが、据わりが悪くてどうしようもない。
「犯人探しと言うのも大変ですね。唯一の目撃者かと思われた侍女は幻影が見えると言う占い師ですし……犯行日が分らなければ容疑者を絞ることも難しい」
「はあ」
良いこの返事とはかけ離れた返事をするハウルに構わず、大神官代理は独りごちる。
「目撃証言さえあれば……はぁ」
大神官代理は椅子に深く座り込んでため息を吐く。疲れた様子でだるそうに顔を上げ、私と目が合った。
「目撃証言――目撃証言?」
差された指に驚いて肩(?)が揺れる。
「えと、うん?」
本人だから、犯行現場をしっかり見ている。顔も名前も分っているし。だけどこれって言って良いのだろうか? 言わない方が良いから聞かれなかったのだとばかり思っていたのだけれども。
「何で早く言ってくれないのですか、セイ様」
「言って良かったのか分らなかったんだもん仕方ない」
虚空に向かって語りかける大神官代理を見たハウルが、生温かい視線を投げかけていたのを彼は気付いているのだろうか……。
視野は狭くてはいけない、という話かもしれません。
ハウルを頭の足りない男だと思っている大神官代理
頭は良くないものの機転が回り、今や大神官代理の介護士と化しているハウル
本人に訊けば一発だということをすっかり忘れている大神官代理
訊かれないのは理由があるためだと思い込んでいる聖霊様
思い込みはすれ違いを生みます。もしかすると貴方の自覚のないところで、誰かから助けられているかもしれない、これはそんな話――というつもりで描いたわけではありません。書いているうちに思った事です。次は早く投稿出来たら良いな。