「渋滞の帰り道」
「今日は大丈夫だと思ったのに。」
少し慣れてきた頃ほど、不安は急にやってきます。
今回の第2話では、悠斗くんが初めて、
“準備が足りなかったかもしれない不安”
を強く感じる回になっています。
夜行バスで奈々と美咲に出会ってから数週間。
悠斗くんの中には少しずつ、
「自分だけじゃない」
という安心感が生まれ始めていました。
でも今回は、
* 渋滞
* 長い待ち時間
* 飲み物
* “今日は平気かも”という油断
が重なっていきます。
そして悠斗くんは、
「安心できる準備があること」
の意味を、改めて実感していくことになります。
少し恥ずかしくて、
でもどこか安心できる。
そんな帰り道の空気を、感じてもらえたら嬉しいです。
文化祭シーズンの日曜日。
悠斗は、お父さんと一緒におばあちゃんの家から帰る途中だった。
でも今日は、高速道路がかなり混んでいた。
窓の外には、赤いブレーキランプがずっと続いている。
バスは少し進んでは止まり、また少しだけ進む。
悠斗は窓へ頭を預けながら、小さくため息を吐いた。
「……全然進まない。」
お父さんも苦笑いする。
「事故渋滞らしいな。」
悠斗は少しだけ嫌な予感がしていた。
今日は、
“まあ大丈夫かな”
と思っていたから。
⸻
夜行バスで奈々と美咲へ出会ってから、少し考え方が変わっていた。
“安心できる準備”をすることは、恥ずかしいことじゃない。
そう思えるようになってきた。
でも今日は、そこまで長距離じゃない。
お父さんも一緒。
だから悠斗は、“軽めの準備”しかしてこなかった。
「……失敗したかも。」
悠斗が小さく呟くと、お父さんが首を傾げる。
「ん?」
「なんでもない。」
でも実際は、かなり不安だった。
さっき飲んだジュースも地味に危ない。
しかも渋滞は終わる気配がない。
⸻
その時。
前の席から、聞き覚えのある声がした。
「……終わった。」
悠斗は目を丸くする。
「え。」
少し身を乗り出す。
すると。
「あっ。」
奈々が振り返った。
「うそ!」
美咲も驚いた顔をしている。
悠斗は思わず笑ってしまった。
「また会った!」
お父さんも苦笑いしていた。
「すごい偶然だな。」
⸻
奈々と美咲は文化祭の打ち上げ帰りらしかった。
二人とも少し疲れた顔をしている。
奈々は座席へぐったりしながら言う。
「文化祭、めっちゃ疲れた……。」
「でも楽しそうだった。」
「楽しかったけど疲れた!」
そのやり取りが少し面白くて、悠斗は笑った。
でもその数分後。
奈々が小さく姿勢を変える。
「……っ。」
美咲も同じタイミングで苦笑いした。
「やばい?」
「ちょっと……。」
悠斗はなんとなく察する。
どうやら二人も危ないらしい。
奈々はため息を吐いた。
「最近イベントのたびにこれ。」
「プール、映画館、文化祭……。」
「全部じゃん。」
三人は顔を見合わせ、小さく笑った。
でも、渋滞はまだ続いている。
⸻
しばらくして。
奈々が小さく言った。
「……今日はちゃんと準備してる。」
美咲も頷く。
「私も。」
その言葉を聞いて、悠斗は少しだけ羨ましくなる。
自分は今日は“軽め”だった。
その違いが、じわじわ不安になっていく。
悠斗は小さく窓を見る。
外は真っ暗だった。
⸻
さらに数十分後。
悠斗もかなり限界が近かった。
バスが揺れるたび、嫌な感覚が強くなる。
「……っ。」
奈々が気づく。
「悠斗くん?」
悠斗は少し困った顔で笑った。
「……やばい。」
「そんなに?」
悠斗は小さく頷く。
「今日ちょっとしか準備してない……。」
奈々と美咲の表情が少し変わる。
二人とも、その不安が分かる顔だった。
美咲が優しく聞く。
「大丈夫そう?」
悠斗は数秒迷ったあと、小さく言った。
「……たぶん少しは。」
完全な安心じゃない。
それが余計に不安だった。
⸻
その時。
バスが少し大きく揺れた。
「あっ……。」
悠斗の肩がぴくっと震える。
次の瞬間。
じゅわっ……。
小さな感覚。
悠斗は一瞬固まった。
「……やば。」
顔が熱くなる。
少しついてしまった。
でも。
完全じゃない。
薄い準備が、少しだけ助けてくれていた。
悠斗は上着を下へ引っぱりながら、小さく息を吐く。
「……助かった。」
奈々が優しく笑う。
「少しで済んだ?」
悠斗は頷く。
「……うん。」
その時、美咲が静かに言った。
「やっぱり、“安心できる準備”って大事だね。」
悠斗は小さく笑った。
「……ほんとに。」
⸻
その空気のあと。
奈々も小さく息を吐く。
「……使う。」
じゅっ……。
静かな車内。
でも奈々の表情は、“助かった”って顔だった。
美咲もそのあと静かに力を抜く。
じゅわっ……。
二人とも、前みたいなパニックではない。
“安心できる”って分かっているから。
悠斗は、その空気を見ながら思う。
(……なんか、落ち着く。)
恥ずかしいのに。
でも、“大丈夫”って思える。
それが不思議だった。
⸻
しばらくして。
渋滞が少しずつ動き始めた。
サービスエリアの灯りが遠くに見える。
奈々が大きく息を吐く。
「……生き返る。」
美咲は吹き出す。
「まだ着いてない。」
悠斗も笑った。
その時。
奈々が小さく言う。
「でもさ。」
「ん?」
「前より怖くない。」
その言葉に、美咲も静かに頷く。
悠斗も小さく笑った。
“分かってくれる人がいる”。
それだけで、こんなに違うんだ。
夜の渋滞の中。
静かな車内には、少し恥ずかしくて、でも安心できる空気が流れていた。
第2話「渋滞の帰り道」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は悠斗くん視点で、
“準備の安心感の差”
をかなり意識して描きました。
第1話では、
「自分だけじゃない」
という安心感を知った悠斗くん。
でも今回は、
「今日は大丈夫かな」
と思って準備を軽くしたことで、不安がかなり強くなっています。
特に、
* 少し焦る
* “足りないかも”と思う
* でも完全には崩れない
という空気を大切にしました。
これは、悠斗くんの中にすでに、
“安心できる考え方”
が少しずつ育ち始めているからです。
また今回は、奈々と美咲が、
“分かってくれる側”
として自然に描かれているのもポイントでした。
夜行バスで偶然会っただけだった三人が、少しずつ、
「安心できる空気を共有できる存在」
になり始めています。
この頃から悠斗くんの中では、
“恥ずかしいこと”
より、
“安心できること”
のほうが大事になり始めているのかもしれません。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




