第50話:アシュバッハ監査法人の休日。……明日からの経営も、わたくしにお任せなさいな
「――あら。このドレスの刺繍、一単位の乱れもございませんわね。ようやくわたくしの審美眼に見合う仕事をする職人が現れたようですわ」
鏡の中に映る自分は、かつて国外追放を言い渡された時の、あの惨めな娘ではございません。
純白のシルクに、次元の雫を凝縮したダイヤモンドを散りばめた、一国の国家予算をも凌駕するウェディングドレス。
わたくしは扇子を閉じ、窓の外に広がる「新生アシュバッハ王国」を見下ろしました。
あの日、漆黒の泥に飲み込まれたヴィルフリート様とミレイユさんの姿は、もうどこにもございません。
彼らが食い潰した王国の国庫は、わたくしが個人資産から「緊急融資(救済買収)」を行い、現在はわたくしの直轄領として再建が進んでおります。
広場を掃除している、かつてわたくしを嘲笑った貴族たちの末路を、わざわざ確認するまでもございませんわ。彼らには一生をかけて、わたくしが立て替えた「平和」という名の負債を労働で返していただくのですから。
「……エルゼ。準備はいいか。……。全次元の代表者たちが、お前の……俺たちの姿を待ち侘びているぞ」
扉を開けて現れたのは、黄金の礼服に身を包んだシグルド様。
彼の瞳は、もはや荒ぶる龍のそれではなく、ただ一人の女性を愛する慈しみ深い光に満ちていました。
わたくしは微笑み、彼が差し出した逞しい手に、そっと自分の手を重ねました。
「ええ、シグルド様。……。わたくしたちの『共同経営契約』、本日を以て永劫の更新を執行いたしますわ」
監査船アシュバッハ号のデッキに設けられた祭壇へ、わたくしたちは歩みを進めました。
参列しているのは、わたくしがこれまでに監査し、救ってきた世界の住人たち。
第1部の帝国公女リリアナ様、学園世界のネア様、そして……和風世界のサトミ様。
彼女たちは今や、わたくしの連結子会社の代表として、それぞれの世界で最高の黒字を叩き出しております。
『エルゼ様、シグルド様! おめでとうございます!』
全次元から届く祝福のチャットログ……いいえ、祈りの声。
わたくしはシグルド様と向き合い、静かに目を閉じました。
――$[Final Settlement: Happy Ending]$
――$[Rate of Return: Infinite]$
誓いのキスを交わした瞬間、わたくしの脳裏に、これまでの全ての数字が駆け巡りました。
婚約破棄から始まった、一単位の狂いもない計算の旅。
それが今、この「愛」という名の絶対不変の資本によって、完璧な完結を迎えたのです。
「……。ふふ。……。これでようやく、第一部の帳簿が閉じられましたわね、シグルド様」
「……。ああ。……。だがエルゼ、お前のことだ。……。明日になればまた、どこかの次元の赤字を見つけて、計算尺を振り回すんだろう?」
「……。心外ですわ。……。わたくし、今日くらいは休日のティータイムを、あなたと優雅に過ごすつもりですのよ?」
わたくしたちは笑い合い、果てしなく広がる黄金の星海を見つめました。
……。ですが、その時ですわ。
わたくしのドレスのポケットで、銀の計算尺が不気味に震動を始めたのは。
――$[New Notification]$
――$[Incoming Transfer: 1,000,000 Unknown Currency]$
――$[Sender: The Outer Investor (外部投資家)]$
「……。あら。……。既存の通貨リストにない『未知の資金流入』。……。しかも、送り主のIDが、わたくしの権限でも閲覧不可ですわ」
わたくしは扇子を僅かに広げ、瞳の奥に再び監査官の冷徹な光を宿しました。
「シグルド様。……。どうやらわたくしたちの『新婚旅行』。……。目的地を、この宇宙の外側にある『未開拓市場』へ変更しなければならないようですわ」
「……。はは。……。お前がそう言うと思ったよ、エルゼ。……。どこまでも付いていくさ、俺の心臓は、お前の所有物の一部なんだからな」
準備は、すべて整いましたわ。
次元の外側でわたくしの資産を狙う、正体不明の『投資家』様。……。わたくしのポートフォリオに、不透明な資金移動は一単位も許しません。……。次なる監査の舞台で、あなたのすべてを、わたくしが完膚なきまでに買い叩いて差し上げますわよ!
「第一章:次元監査官編」、完結でございます!
エルゼ様とシグルド様の永遠の誓い、そして圧倒的な黒字の約定……。
皆様、ここまでエルゼ様の「可愛げのない快進撃」に投資(応援)いただき、本当に、本当にありがとうございましたわ。
「謝罪を受け入れない」エルゼ様らしく、元婚約者たちは掃除係として一生を終えるという、一単位の慈悲もない最高の末路を迎えました。これぞルナ流の「至高のざまぁ」でございます。
ですが、物語の帳簿はまだ完全には閉じられていないようですわね。
最後に届いた、謎の「外部投資家」からの送金通知。
エルゼ様の計算尺が、次なる「未知の戦場」を指し示しております。
第二章「深淵市場編」、近日上場予定!
エルゼ様の物語は、まだまだ加速を止めませんわ。
皆様のこれまでの「投資(評価)」に、最大級の感謝を。
もしよろしければ、完結を祝して【ブックマーク】と【評価】の「★★★★★」を、最後の一押しとしていただけますと、桐谷ルナの筆が一兆倍のレバレッジで動き始めますわ!
それでは、皆様。……次なる市場でお会いいたしましょう!




