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『完璧すぎて可愛げがない』と婚約破棄されましたが、帝国の魔力供給・経済・外交を全て停止して隣国へ移住しますわ。――今更「戻ってきてくれ」? どこのどなたかしら?  作者: 桐谷ルナ
第2章 帝国買収編:元婚約者は炭鉱送りでしたかしら? ――北方の女帝による無慈悲な再開発計画

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第17話:シグルド公爵の独占欲。私の女神に触れる者は、龍の餌食に

レムス王国の議事堂が「接収」され、大陸の勢力図が塗り替えられたその夜。

 旧王宮のバルコニーでは、勝利を祝う宴の喧騒を遠くに聞きながら、冷たい月光が降り注いでいました。


「……ふむ。レムスの魔導技術、基礎設計は悪くありませんわね。わたくしの計算式を組み込めば、北方の暖房効率はさらに二倍に跳ね上がりますわ」


 私は手元の羊皮紙に、新しく手に入れた技術の改善案を書き込んでいました。

 どこへ行こうと、何を手に入れようと、私の本質は「知略の探求者」。勝利の美酒に酔いしれるよりも、次の利益を計算する時間の方が、よほど心安らぐのです。


「……あら。どちら様かしら?」


 不意に、背後から忍び寄る足音。

 振り返ると、そこには豪奢な毛皮を纏った、見知らぬ青年が立っていました。

 レムスや帝国とは異なる、南方の海を思わせる軽薄な色香を漂わせた男。海洋国家ガレン王国の第三王子、カイル。


「おやおや、こんな暗がりで計算に耽るとは、噂以上の『可愛げのなさ』だ。……だが、その冷徹な瞳が、今はたまらなく欲情をそそる」


 カイルは、シグルド様が席を外している隙を突いたのでしょう。

 彼は馴れ馴れしく私の腰に手を回そうと、その不浄な指先を伸ばしてきました。


「エルゼ・フォン・アシュバッハ。……いや、今は『大陸の救世主』と呼ぶべきか。……シグルド公爵のような、血生臭い北方の男には君を愛でる資格はない。……私なら、その知性を宝石のように飾り立て、私のベッドの上で思う存分に啼かせてやれるのだが」


「あら。……カイル様。あなた様は、ご自身の『手のひら』の価値を、正しく算定できていらして?」


 私は、扇子を広げることもなく、ただ冷たく彼を見つめました。


「わたくしの腰に触れるということは、わたくしの背後に控える『百の軍団』と『数千億の負債』を引き受ける覚悟があるということ。……ガレン王国の脆弱な財政で、その対価を支払えるのかしら?」


「ふん、強気な女だ。……だが、男を惹きつけるのは計算式ではなく、その肌の白さだと教えてやろ――」


 カイルの手が、私のドレスに触れようとした、その瞬間でした。


 ドォォォォォン……!!


 大気が、物理的な「重圧」によって軋みました。

 バルコニーの石造りの手すりが、一瞬で真っ白な霜に覆われ、粉々に砕け散る。


「……私の獲物に、誰が触れていいと言った?」


 地の底から響くような、咆哮。

 暗闇の中から現れたシグルド様の瞳は、いつもの理性的なそれではなく、獲物を屠る直前の「獣」の黄金色に輝いていました。


「シ、シグルド公爵……!? 貴様、いつの間に……っ」


 カイルが恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりします。

 ですが、逃げ場はありません。

 シグルド様の周囲には、氷の精霊たちが狂ったように渦巻き、カイルの足首を瞬時に凍り付かせて地面に縫い付けました。


「エルゼは、私がこの世で唯一『敬意』を払うと決めた、私の女神だ」


 シグルド様は、音もなくカイルの目の前に立ち、その喉元を素手で掴み上げました。

 ミシミシと、骨が軋む不気味な音が響きます。


「彼女の指先一本、思考の一つに至るまで、すべては私の所有物だ。……貴様のような、海水の混じった脳みそしか持たない男が、気安く呼んでいい名ではない」


「あ……が……っ、た、助け……っ」


「助け? ……ふむ。エルゼ、この不純物……どう処理すべきかな?」


 シグルド様が、私を振り返りました。

 その瞳には、私への「執着」という名の狂気が、甘美なまでに混ざり合っています。


「あら、シグルド様。……わたくしの計算によれば、ガレン王国の真珠の採掘権は、まだわたくしたちの手中にございませんわ。……この方を『人質』として、その権利を無償で譲渡させるのが、最も合理的な解決策ではないかしら?」


「……ククッ。やはり君は最高だ、エルゼ」


 シグルド様は、ゴミを捨てるようにカイルを床に叩きつけました。

 凍りついたカイルの足からは、既に感覚が失われているようです。


「聞いたか、ゴミ虫。……お前の命は、今、彼女の慈悲によって『真珠の採掘権』と等価になった。……感謝して、這いずって帰るがいい」


 シグルド様が合図を送ると、リィンが影から現れ、失禁したカイルを無言で引きずり出していきました。


 バルコニーに残されたのは、静寂と、凍りついた冷気。

 そして、獲物を守り抜いた龍のような、荒い息を吐くシグルド様。


「……シグルド様。少し、やりすぎではなくて? 貴重なバルコニーが壊れてしまいましたわ」


「……君を奪おうとする奴がいると、どうにも自制が効かないんだ」


 シグルド様は、私の背後から抱きしめるように腕を回しました。

 その体温は、先ほどの魔圧が嘘のように熱く、私の首筋に落とされる口付けは、独占欲に満ちていました。


「エルゼ。……君は知略で世界を支配するが、私は力で君を支配しよう。……いいだろう? 私の女神」


「あら。……支配、ですか? わたくしの計算式を上書きできるほどの熱情をお持ちなら、挑戦してみるのも一興ですわね」


 私は、彼の手首に自分の手を重ねました。

 

 かつて私を「可愛げがない」と捨てた男たちには、決して届かない、最高に「熱い」領域。

 知性と力が、互いを認め、喰らい合う。

 この歪で完璧な共犯関係こそが、わたくしの新しい人生の報酬です。


「さて……シグルド様。夜はまだ長いですわ。……次の侵略……いえ、『資産整理』の相談、たっぷりとしていただけますかしら?」


「ああ。……朝まで君を離さないと約束しよう」


 砕けたバルコニーの先。

 新しい世界の夜明けを前に、龍と女王の影が、一つに重なりました。

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