十話 奴隷の物語 抗
「私がシズクの代わりになります、なんでも従います、どんな仕打ちも受けます。なのでシズクにだけは手を出さないでください」
これはシズクに対する裏切りだ、ここに来るまで幾多も誓いあった。“二人“で乗り越えようと、“二人“で一緒に居ようと、横目にシズクを見つめる。
言葉の意味が理解でき無いような戸惑いを浮かべるが、言葉が耳を介し脳に伝わる頃には言葉の意味を理解し悲痛と怒りが入り混じったような表情をカンナに向ける。
ーーごめんね。シズク
シズクの悲痛に満ちた顔を見つめるごとに、自分の言葉に争いたい気持ちが沸々と湧いてくる。心が軋みを上げ、シズクから発せられるであろう言葉を予知し耳を塞ぎたくなる、しかしカンナはシズクに対し申し訳ないような表情を浮かべた後、目の前にジズルドへと向き直る。
カンナはここに連れてこられた時から謂れのない不安が常にあった、きっとここでは人らしい生活は疎か意思有る生物としての生活もままならないだろう、だからこそカンナの意思は鉄壁の如く硬く、意地でも自分の放った言葉を改めることなどしなかった。
それは一重に、“二人“の未来の為、必ず二人で未来の幸せを掴む為に、カンナは“今“二人の誓いに背き罪を犯すことにしたのだ。
あとはそう、これ以上シズクの苦しむ顔が見たくなかったから、自分がどんな仕打ちをされようと耐えれれる、しかしシズクが苦しむのはどうしても耐えられない。シズクが先ほどの少女の様に声高に悲鳴を上げ壊れてしまったら、何も受けていない筈の自分も一緒に壊れてしまう自信があったからだ。いや、もしかしたら後者の方が本音なのかもしれない、シズクの悲鳴が聞きたくなかったから、シズクが痛めつけられる姿を見たくなかったから、自分が本当の意味で壊れてしまいたくなかったから、これは自分の醜いエゴ。恨んでもらって構わない、怒ってもらって構わない、それでも私は自分に残されたただひとつの宝物を守りたかった。
だから、そんな悲しそうな表情を向けないでほしい。
私の言葉を真意と受け取ったジズルドは、口角を全力で上げ、舌舐めずりをし、今日一の恍惚とした表情を浮かべる。既に股間はイキリ立ち、吐く息からは酒と脂の混じった男臭が漂ってきて、思わず顔を顰める。
ジズルドは召使たちにシズクを地下牢に送るよう命じると、カンナの方に向き直る。召使たちに担ぎ上げられ、地下室に運ばれて行く間もシズクは必死に抵抗し、声を荒あげた。
「カンナ!私たち“二人“で乗り越えるって言ったじゃない!なんでそんな裏切る様なことするの!?」
「責苦なら私も一緒に受けるから、カンナだけを犠牲にするなんて、そんなこと私望んでない!」
だが興が乗ったジズルドも意思もまた硬く、その意思この場において最も強い力を発する。どれだげシズクが抗議の声を荒あげようとも、止めることはできない。シズクが召使たちに連れて行かれ、扉が閉まる寸前、お互いの視線が交差する、そこで目合わせだけで謝る。
ーーごめんね
誰にも聞こえないけれど、確かにシズクには伝わる様に。
記念すべき十話目です。引き続き『鹿と少女と水都の散華』連載していきますので応援よろしくお願いします