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鬼の街の花  作者: Z子
5/9

2+:彼女の現状

 



 諸説あるが、要約すれば鬼とはつまり、地に御座せし神である。

 人などが傷つけることは勿論、関わることすら許されない。

 ただ彼らの気紛れに怯え、逃げ、許しを乞うことしかできない。

 しかし、如何なる場合にも例外がある。


 ――――鬼から関わられた場合、人が否やを言うことは許されない。








「貴嬢、フォルテ・ス・リーリウィリアに相違ないか」


 現れたのは右目虹彩に黒を持つ長身痩躯の姿。突如私室に現れた豪奢な姿をリーウィは呆然と眺めていた。灰色の髪の秀麗な顔立ちをした男は、流暢な古代麗詞を操りながら口端を緩めて言った。


 ――――一つ、申し開きをするのであればリーウィは疲れていたのだ。


 周囲をひっきりなしに飛び回る物々しくも馬鹿馬鹿しい噂話も、同情の皮をかぶって擦り寄ってくる稚拙で醜悪な親しみも、何より見当違いの労り、やさしさ、己の自尊心のどうしようもない苛立ち、現状自分を取り巻く全てをリーウィは持て余していた。


 恐れるより先に、黒い虹彩を眺めながらリーウィは頷いた。


(はい)、」

「――成程。さては一つ、貴嬢にお力をお借り致したく不躾にも斯様な訪問と相成った」


 意外にも、その言動は聞き及んでいた、極一般的な粗雑さや理不尽さを孕んではいなかった。


 かつての聖宴期の装いそのままの、華麗にして洗練された聖純白を基調とした豊かな布の衣装とふんだんな宝玉の飾り輪が、音のしない動作に代わり落ち着いた涼やかな音色を奏でている。麗詞も繋ぎがあまりにも滑らか過ぎて聞き取りがたいが、横柄でありながら聞き苦しくはない。


 女性的でもあるような、繊細でいて鋭利な印象の人知を離れた美貌が、ついとリーウィに顔を近づけた。そして甘い煙とともにかけられた囁きは、愛玩種を宥めるように低く穏やかなそれ。


「現状、吾等が愛子(いとしご)の助けに貴嬢の力を借り申したく」


 リーウィは、疲れていた。彼女を取り巻く環境や人に、何よりも醜態を晒し続けざるを得ないこれからの気の遠くなるほど長い日々に。そして天秤にかけたのだ。人を、現状を、過去を、全てを捨てる覚悟が己にあるのかという問いかけに、天秤はたやすく傾ぐ。


 故に、彼女は生ける在ら神に膝を突いて頭を垂れた。


「此度の名誉有り難く御受け申し上げまする」


 元帝王妃第一候補であり、フォルテ公爵家第三令嬢であるフォルテ・ス・リーリウィリア。

 聖女降臨以来、心を痛め公爵領に戻っていた彼女が姿を消したのは帝王成婚の一報から十夜が過ぎたある嵐の夜のことであった。











「―――これ、私の清玉」

「唯、主様」


 機嫌よく戻ってきた無精髭の目立つ大柄な中年男に、書物に埋もれていたリーウィは慌てて頭を上げて跪く。豪放磊落、はたまた無精といった姿に似合わず優雅に歩く男―――カルヴァは一つ手を振り現れた樹繕布(キジューフ)の座空に腰掛けた。無骨な風貌に見合わず、溶けるように空間に息を吹きかけたカルヴァは足を組み頬杖を突いて、所在なさげに顔を伏せるリーウィに目を細める。


 声に含まれる冷ややかな誘惑と威圧の艶に、リーウィは顔を上げた。


「来」

「失礼仕ります」


 視線は愉悦と威圧を含んで尚、生々しく艶やかだ。静々と歩み寄って、そっと腰を下ろした先はカルヴァの足元。いつの間に現れたのか、そこに敷かれた分厚い樹繕布に恐る恐る腰を下ろしてリーウィは主の顔を見上げた。頭を撫でる大きな手の感触。


「中天頃、長殿のご命令だ。頑張っておいで」

「唯」


 気紛れにかけられた声は、甘く低く。リーウィは従順に頷きつつ、先ほどまで読みふけっていた文献に心を飛ばした。先日、一言強請ってから次々に湧き出てくる貴重な文献。―――カルヴァは人であるリーウィに対して酷く寛大で緩慢だった。否、カルヴァに限らず出会った「鬼」は全てそうだった。


 手元の樹繕布の慣れぬ滑らかで柔らかい手触りを楽しみながらリーウィは、ぼんやりとカルヴァの話に耳を傾ける。――――樹繕布は、神の吐息で織られた奇跡である。羽のように軽く、花弁のように滑らかで、なおかつ一丈あれば質量さえ自在に変化する。人の中でこれを所有しているのは帝王と近隣郡国の支配者数名だけだろう。その価値は玉や金とは換えられるものではない。


 鬼達が当然のように日常で扱い、ここに着てからリーウィにたやすく与えられたそれは、また鬼が扱えば立体に組み立てることも出来るのだと知った。


「長殿は清玉の働きに甚く慶んでおられる。愛子も斯様に言葉に育ってきて、お前は全く良い児だね」


 声もなく笑いながら髪を撫でられ、リーウィは得体の知れぬ感覚に目を細めて頷いた。―――かつて、腰まであった豊かな金髪は現在、カルヴァの同好により耳に掛かるか掛からないかというほど短くなり、身に纏うものはかつての帝国の流行の先端であった華やかで彩り豊かであったものから稚児のような飾り気のないものになった。


 しかし、


「嗚呼、愉快。斯くも面白し事があろうかな。――――全く、この世は飽きねぇなぁ」


 粗雑な口調で声高く笑ってみせるカルヴァにリーウィも心の底から口元を緩め頷いた。


「唯、主様」











 フォルテ・ス・リーリウィリアは王宮に彼の淑女有り、とまで言わしめた王宮の花であった。また、フォルテ公爵家第三令嬢だった彼女は、帝王とも親密で帝王妃筆頭候補と目されるのと同時に、学塔の誇る古代麗詞解読の第一人者でもあった。


 才色兼備の彼女は失踪から数夜。 


 現在、彼女は鬼の愛玩種となり、溢れる文献と贅沢な生活におおむね満足しながら、と或る人の子の語学を陶冶している。




 

 


 覚書


 フォルテ・ス・リーリウィリア

 元帝王妃候補で公爵家第三令嬢。

 現カルヴァの愛玩種、兼誰かの言語教師。


 樹繕布

 便利で貴重な布の塊。


 

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