第32話
「ぱぱ、あそこ!!」
キーファの指さす先、トロール(ようやく覚えた)が棍棒を振りかぶっている。
その足元には、一人の女子生徒が倒れていた。
「ふーこ!?」
女子生徒は、血まみれでピクリとも動かない。
「やらせるか!」
ドンッ!
俺はトロールがいる場所まで一気に跳躍すると、右ストレートを一発、トロールを消し飛ばす。
「ふーこ、大丈夫!?」
「おいマヤ、動かしちゃダメだ!」
「……え?」
楓子を抱き上げようとしたマヤを慌てて止める。
「ひ、酷い……」
「くっ……」
風間楓子の容態は、はっきり言って絶望的だった。
棍棒の一撃をまともにくらったのか、胸の部分が大きく凹んでいる。
右手と右脚が変な方向に曲がっており、骨折しているのは明らかだ。
かひゅ……かひゅっ
耳を近づけてみるとわずかに呼吸はしているようだが、その呼吸は浅くいつ止まってもおかしくはない。
「そんな……楓子ちゃんのHPが」
回復魔法を掛けようと楓子のステータスを確認していたカナが、絶望のつぶやきを漏らす。
ぱあああっ
回復魔法の光が楓子を包むが……状況は芳しくない。
カナによれば、楓子のHPは0になっており、いわゆる戦闘不能状態。
本人の生命力で辛うじて生きているだけ、とのこと。
「HP0からの蘇生には上位クラスの回復魔法が必要ですが、わたしには……」
カナはあまり回復魔法が得意ではない。
「……そうだ! ケントおにいちゃんの回復スキルは?」
「いや、駄目だ……」
俺の回復スキルはダンジョンポイントを用いて対象のHPを回復するモノ。
HP0の戦闘不能状態から蘇生させる事は出来ない。
「くそ、マズった」
探索をする予定ではなかったので、回復アイテムはほとんど持ってきていない。
今から地上に戻り、上位回復魔法を使える人間を探す時間は……恐らくない。
楓子の命は、あと10分ほどで消えてしまうだろう。
「そ、そんな……ふーこ!!」
何もできない無力感……そんな空気を打ち破ったのは。
「ぱぱ、キーファに考えがあるの」
俺の最愛の娘だった。
「キーファ?」
「楓子おねえちゃんに、キーファのLPを分け与えるの。
そうしてそせいしてあげれば、ぱぱのスキルで回復できるでしょ?」
「!! それは!!」
決意を込めた表情でキーファが語ったのは、驚きの策だった。
*** ***
「き、キーファ……今なんて?」
「キーファのライフポイントを、楓子おねえちゃんに分けてあげる。
だいじょうぶ、じぶんの分はちゃんと残すから」
キーファの言葉に、両手が震える。
言っている内容は理解できる。
キーファの命を支えるライフポイントは、生命の根源の力。
楓子にそれを分け与えれば、戦闘不能状態から回復させる事も出来るかもしれない。
「だ、だが」
キーファの寿命が減ってしまう……それに、キーファの体調に悪影響が出るかもしれない。
その可能性に、俺は恐れおののいていた。
「だいじょうぶ! パパがたくさんキーファのいのちを増やしてくれるもん♪」
「!!」
そうだ、いまの俺たちなら……たくさんのダンジョンポイントを配信で獲得する事ができる。
キーファのLPが減ることを恐れて、楓子を見捨てる事なんて……カッコいいパパとして出来るわけないじゃないか!
「ふぅ。
キーファ、ゆっくり……慎重にするんだぞ?」
「うんっ!」
「え? ケントおにいちゃん、キーファちゃん? なにを?」
「っっ……キーファたん!」
マヤはキーファの事情を知っている。
後でカナにも詳しく説明しておいた方がいいだろう。
「”いのちよ”……」
キーファが楓子の肩に手を置き、目を閉じる。
ぱああああっ
暖かな光が楓子の全身を包む。
「……うっ!」
苦しげに歪むキーファの表情。
「がんばれ!」
俺はその小さな背中をさすってやることしかできない。
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氏名:大屋 キーファ
年齢:8歳
種族:ワーウルフ
……
LP:1201日→998日
……
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ぱあああああっ
かひゅっ……すぅ、すぅ
止まりそうだった楓子の呼吸が深くなり、安定してくる。
「ケントおにいちゃん! 楓子ちゃんのHPが!」
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氏名:風間 楓子
年齢:13歳
種族:人間
……
HP:3/75
……
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「!! ”全回復”!」
すかさず回復スキルを発動させる。
「…………いだっ」
ゆっくりと楓子が目を開けた。
「こ、ここは……あ、ケント様っ!?」
「っっ……ふーこ!!」
だきっ!!
涙を流したマヤが楓子に抱きつく。
「マヤちゃん! って、痛たたたたっ!? ま、まだ傷が!?」
HPは回復しても、骨折などのダメージはしばらく体に残る。
遠慮ないマヤの抱きつきに悲鳴を上げる楓子。
「ふぅ、ふぅ……ぱぱ、やったよ!」
「ああ、よく頑張ったな! キーファ!!」
お手柄なキーファを優しく抱き上げてやるのだった。
*** ***
「ケント様に頂いた首飾りが無かったら最初の一撃で死んでいたと思います」
「ああ、これは運命!
キーファ様にも助けて頂きましたし、この風間楓子!
ケンキー教の開祖となってもよろしいでしょうか!!」
「お、おう?」
「き、キーファは、楓子おねえちゃんが立派な探索者になってくれたらうれしいな~って……はは」
「ああ、何と慈悲深きお言葉っ!!」
楓子を背負ってダンジョンの下層から地上に戻る間、彼女はすっとこんな調子だった。俺とキーファに心酔してくれたみたいだが、新興宗教のご神体にするのは勘弁してもらいたい。
「それなら……私の実家は少々特殊ですので、困った時は何でもおっしゃってください!!」
なんか限界化している彼女から、金ぴかの名刺を貰った。
「風間……財閥?」
そこに書かれていた文字にどこか見覚えがあるような?
「ああ、私がもう5歳大きければ……ケント様と添い遂げることができるものを……も、もし5年後もフリーでしたら、ぜひ楓子をご指名を!!」
あーうん、知らない人が聞いたら勘違いするからそういう言い方は止めような。
5年後か……キーファも中学生になるし、俺は誰かと一緒になっているんだろうか?
(ど~ん!?)
(風間財閥と言えば、知る人ぞ知る日本を陰から支える老舗の大財閥!!)
(すげーライバル出現!!)
(ほらほら、わたしですよねわたし!!)
なんかくねくねとカナがこちらに合図を送っている。
うーん、さっきの戦いは激しかったからな。
整理体操だろう。
それはともかく、この後どうするか……そう考えていると。
ピリリリリ
カナのスマホが着信音を立てた。
「うわあっ!?」
「……はい、カナです。
レニィ……え、この後すぐですか!?」
相手はカナのマネージャーらしい。
ぴっ
通話を切ると、困った表情を浮かべるカナ。
「すみません、ケントおにいちゃん、キーファちゃん。
急な企業案件が入ってしまって……ここからは別行動にしていいですか?
桜下さんにはレニィ……うちのマネージャーから連絡するようです」
「ん? 残りの教導は別の日になりそうだしな……大丈夫だと思うぜ?」
学院内もバタバタしているし、ここから教導の続き、とはならないだろう。
「ホントはもっと一緒に居たかったけど……また今度!」
カナはぺこりと一礼すると、訓練用ダンジョンの方に走って行ってしまった。
「カナおねえちゃん、忙しそう?」
「そうだな」
カナは企業案件も多く抱えているらしい。
忙しいのは仕方ないだろう。
「桜下さんに報告して俺らも帰るか……カナは仕事で無理そうだし、今日は外食だな」
「!! はんばーぐ!!」
「おう!」
がんばったキーファにとっておきのハンバーグを食べさせてやるため、お気に入りのグルメサイトを開くのだった。




