幕間4
木度町の外れの海沿いに位置する外立神社は、長い歴史を持つ名門の社だった。古びた鳥居と苔むした石畳が厳かな雰囲気を醸し出し、訪れる者を静寂の中へと誘う。そんな神社の境内に暮らす外立家の姉妹、桜華と美咲は、見た目も性格も正反対のはずだった。しかし今夜、二人は縁側に並んで座り、妙に揃った口調で楽しそうに語り合っていた。お互いを「桜華」と呼び合うその様子は、まるで鏡に映ったような奇妙な調和を生み出していた。
桜華は神社の落ち着いた印象とは裏腹に、快活な性格の持ち主だった。肩ほどまで伸びる黒髪をと結び、動きやすい袴姿で境内を駆け回る姿は、まるで風のように自由だ。一方、美咲は人見知りで引っ込み思案。桜華と同じく肩ほどまで伸びる髪と、きちんと着こなした巫女装束が、彼女の控えめな性格を象徴していた。普段なら桜華が騒がしく動き回り、美咲が静かにその後ろをついていくのが日常だったが、この夜は違った。二人の間に漂うのは、八雲澄香という謎の美女が仕掛けてきた一手に対する、妙に楽しげな空気だった。
夕暮れが境内を茜色に染める頃、桜華が箒を手に掃除を終え、縁側にどっかりと腰を下ろした。そこへ美咲が小さな紙切れを手に持ってそっと近づいてきた。普段なら美咲はこんなとき、黙って本を読んでいるか、隅で静かに過ごしているのだが、今日は様子が違った。彼女が差し出した紙には、澄香からの挑戦的なメッセージが殴り書きされていた――「次はお前たちの神聖な場所を穢してやる。覚悟しておけ」と。
「ねえ、桜華、これ見てよ! 八雲澄香ってさ、やっと動き出してきたみたいだねぇ」桜華が紙を手に持つと、目をキラキラさせて声を弾ませた。その口調はやや間延びしていて、まるで新しい遊びを見つけた子供のようだった。美咲は姉の隣にちょこんと座り、少しだけ頬を染めながら紙を覗き込んだ。そして、普段の彼女からは想像もつかないほど軽い口調で応じた。「うわあ、ほんとだねえ、桜華。澄香さんって、こういうの書くの好きだよねえ。ちょっと面白いかも」
桜華が目を丸くして美咲を見た。「え、桜華、なにその口調! 私とおんなじじゃん! やっと一緒に楽しめるねえ!」彼女は嬉しそうに美咲の肩を叩き、笑い声を上げた。美咲は照れくさそうに首をすくめたが、口元には小さな笑みが浮かんでいた。「だってさあ、桜華、こういうときって楽しそうだから。私もちょっと乗ってみようかなあって」
二人はお互いを「桜華」と呼び合いながら、まるで双子のようなシンクロを見せていた。なぜそんな呼び方をしているのか、二人とも特に気にしていないようだった。それはまるで、この瞬間だけは性格の違いを超えて、同じ気持ちを共有している証だったのかもしれない。
縁側に座ったまま、二人は澄香の次の手を想像しながら楽しそうに語り始めた。外立神社はこれまで何度も怪しい存在に狙われてきたが、桜華の行動力と美咲の慎重さが絶妙に噛み合い、なんとか守り抜いてきた。だが、八雲澄香はその中でも特別な相手だった。妖艶な魅力と狡猾な策略で知られ、町の闇を操る彼女は、まるで遊び半分に二人に挑んでくるのだ。
「ねえ、桜華、澄香さんってさあ、前に鬼をけしかけてきたよねえ。あのときは拳志くんがやっつけてくれたけど、今回は神社を穢すってどういう意味かなあ?」美咲が首をかしげながら言うと、桜華は腕を組んで少し考え込んだ。「う~ん、そうだねえ、桜華。穢すってことはさあ、何か汚いもの持ち込むとか、神社の力を弱めようとするんじゃないかなあ。でもさあ、私たちの匂い袋があるから、簡単にはやらせないよ!」
桜華が得意げに胸を張ると、美咲も目を輝かせて頷いた。「そうだねえ、桜華! 桜華の匂い袋、すごい効くもんねえ。私も手伝って作ったやつ、拳志くんが褒めてくれたんだから。澄香さんの妖気だって乱せるよねえ!」
二人の会話はまるで漫才の掛け合いのようだった。桜華が大きな身振りでアイデアを出すと、美咲が少し控えめに、でも楽しそうに相槌を打つ。普段は正反対の性格がぶつかり合うこともあったが、澄香という共通の敵を前にすると、姉妹の絆が不思議と深まる瞬間だった。お互いを「桜華」と呼び合うのも、この楽しさを倍増させるための無意識の遊びなのかもしれなかった。
「それでね、桜華、次はどうしようかねえ、澄香が何か企んでるならさあ、こっちも一枚上手を行きたいよねえ~!」桜華が立ち上がって手を握ると、美咲もそっと立ち上がり、巫女装束の袖を整えながら提案した。「う~ん、私思うんだけどさあ、桜華、神社の結界を強化するのもいいかもねえ。お母さんが教えてくれたお札あるじゃん~、あれ使えば澄香さんの力も少しは抑えられるんじゃないかなあ?」
桜華がパチンと手を叩いた。「それいいねえ! 桜華、頭いい! 結界張ってさあ、匂い袋で混乱させて、拳志くんたちにバトンタッチする作戦はどうかなあ?」「うんうん、それなら私も頑張れるよ、桜華。お札貼るの得意だし、桜華が前で騒いでてくれれば、私、後ろで準備できるもん!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。桜華の快活さと美咲の慎重さが、こんな形で一つになるなんて、自分たちでも驚くほどだった。そして、そのテンションは澄香の一手を「面白がる」域にまで達していた。お互いを「桜華」と呼び合うことで、二人はまるで同じ心を持った一人の存在のように感じていたのかもしれない。
夜が更けるにつれ、二人は具体的な計画を立て始めた。桜華は境内を歩き回りながら、どこに匂い袋を仕掛けるか考え、美咲は神社の蔵から古いお札を持ち出して配置場所をメモしていた。時折、桜華が「ここに置いたら澄香びっくりするかなあ?」と笑い、美咲が「うふふ~、きっと慌てるよ、桜華」と返す。普段の美咲ならこんな軽い口調は出さないが、姉の楽しそうな様子に引っ張られ、彼女もまた心から楽しんでいた。
「ねえ~、桜華、でもさあ、澄香さんってほんと何考えてるか分からないよねえ、神社穢すって言っても、具体的に何する気なのかな?」美咲が少し心配そうに言うと、桜華はニヤリと笑った。「そうだねえ、桜華。でも、それが澄香さんの面白いところ! 何してくるか分からないからさ、こっちもワクワクしながら待てるよ~。来たら来たで、バッチリ返り討ちにしてやるんだから!」
美咲もその勢いに乗せられ、頷いた。「うん、そうだねえ、桜華。私もちょっと楽しみになってきたよ。澄香さんがどんな顔するかなって、想像するだけで笑っちゃう!」
二人は再び笑い合い、縁側に戻って計画を詰めていった。桜華は新しい匂い袋のレシピを考え出し、美咲はお札の配置図を丁寧に書き上げた。澄香がどんな手を打ってくるのか分からないが、姉妹にはそれを受け止める準備と、楽しむ心構えができていた。お互いを「桜華」と呼び合うことで、二人はまるで一つの魂を分け合っているような感覚に浸っていた。
「ねえ、桜華、もし澄香が鬼より強いやつ連れてきたらさあ、どうする?」桜華がふと聞いてみると、美咲は少し考えてから答えた。「う~ん、そのときはさ、桜華が拳志くんみたいに素手でやっちゃえばいいんじゃない、私、後ろで応援するよ、桜華!」「え~、私にそんな力ないよ、桜華! でもさあ、桜華が応援してくれるなら、頑張っちゃうかもねえ!」
二人の笑い声が境内に響き、夜の静寂を破った。外立神社は今、姉妹の結束で守られていた。八雲澄香がどんな策略を巡らせようと、桜華と美咲――いや、二人の「桜華」――はそれを跳ね返す自信があった。そして何より、彼女たちはこの状況を心から楽しんでいたのだ。
「澄香さん、待ってるからねえ、桜華。私たち、負けないよ!」桜華が空に向かって叫ぶと、美咲も小さな声で続けた。「うん~、絶対勝つよ、桜華。楽しみだね!」
木度町の闇が深まる中、外立神社の灯りは二人の「桜華」の笑顔と共に輝いていた。澄香との戦いはまだ始まったばかりだが、姉妹の絆はどんな試練にも立ち向かえる強さを持っていた。そしてその夜、二人は同じ口調で、同じ気持ちで、次の戦いを見据えていた。なぜお互いを「桜華」と呼び合うのか、その理由は二人だけの秘密のまま、夜の境内を温かく包み込んでいた。




