-17『自分らしい台詞を』
最終盤。
壇上では台本どおりの二人の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
剣を構えたガルドヘクトと杖を掲げるモンタージュ。
ガルドヘクトが走り寄り、剣を振り抜く。モンタージュはそれをかわし、ひとたび杖を振るうと、激しい効果音と共に明滅したライトで演出した魔法を繰り出す。
「くっ」
「どうしたのかしら、ガルドヘクト。貴方の実力はその程度なの?」
「……モンタージュ。お前の目的はなんだ」
「私の目的? それは、私を排斥したこの世界への復讐よ。私を人として扱わず、まるで軒下の虫を見るように蔑んだ連中への仕返し。彼らを見返すために、私はこれだけの魔法の力を手に入れたの」
「そんな、身勝手な」
「どちらが身勝手かしら。私を下級の生まれであると見下したあの連中と」
「だからといって、関係のない人たちまで巻き込むのは間違っている。お前のせいで、多くの人たちが被害にあったんだ」
決められた台詞の応酬を繰り返しながら、二人の戦いはやがて佳境へと向かっていく。
「俺は……みんなの期待を背負ってるんだ。こんなところで情けないところを見せるわけにはいかない!」
ガルドヘクトは魔法に耐えながらもひたむきにモンタージュへと詰め寄る。決死の覚悟で間合いを詰め切る。ついにモンタージュの懐へ飛び込み、剣を強く振り下ろす。その鋭い一撃は、モンタージュの体を裂いて斬り伏せる。
それで決着――のはずだった。
「っ?!」
モンタージュ――私は、振り下ろされたその剣を杖で受け止めていた。模造の剣は重くはあったが、杖を切り落とされるほどではなかった。
「ユフィ?」
「これで幕切れなんてつまらないじゃない」
誰にも聞かれないような小さな声で言葉を交わす。
台本と言う筋書きの壊れる音が、舞台袖のどよめきと共に聞こえた気がした。
しかし観客は異変に気付かない。ただただ、再開された舞台に執心だ。この劇の行く末を手に汗握りながら見守っている。
ならばまだまだ舞台を続けよう。
この衆人環視のただ中で、私とライゼの戦いを。
「所詮私は名もない生まれ。生まれもって地位を約束された貴族にはとても敵わない。けれど……」
困惑するライゼの剣を押し返し、私は声を高らかに胸を張る。
「何もせずとも胡座をかくだけの貴族よりもよっぽどまともじゃないかしら」
「なに?」
「私は貴族達に目にものを見せるために、必死になって魔法を習得した。それだけの努力を積み重ねた。結果的な手段は強行だけれど、自分を高め、より上に登り詰めようという上昇志向は大切なものだと思うわ。ただただ貴族であるということに甘えて何もせず、ぬるま湯に浸かり続ける機械人形よりも、人とずれた道でも自分のなすべき道を見つけてひたむきに頑張る人の方がよっぽど素晴らしいと思うわ」
台本通り負けるつもりなんてさらさら無かった。むしろライゼに勝つ意気込みで私は言葉を返していた。
その台詞はモンタージュになぞった言葉に私の本心をまじえたもの。それを、嘲笑を含ませたように煽り口調で言ってのける。
それでも平静の様子を保って聞いていたライゼだが、
「いいわよね。お偉い貴族様は、ただそこにいるだけで黄色い悲鳴をたくさん浴びれて」
挑発的な私のその一言に、ついにライゼは目尻を僅かに釣り上げた。
「……キミになにがわかる」
とうとうライゼまでは筋書きを脱線し、自分の勝手な言葉を紡ぎ始めた。ふつふつと、静かに煮えたぎるような、必死に堪えた声だった。
その我慢の蓋を引き剥がすように私は追い打ちをかけていく。
「わかるわけないじゃない。私みたいな下級の貴族なんかに、ちやほやされてばかりの優等生様の心なんて。きっと苦労なんてしたこともないんでしょうね。何か困ればすぐに誰かがやってくれる。家には執事もいるし、学校にはへいこらと頭を下げてくる取り巻きの同級生がいる。どこにいても不自由ない王様だもの」
「俺の背負っているものはそんな軽いものじゃない。この街に代々と伝わる伝統の重みなんだ。名家に生まれた以上、それは裏切れない」
ライゼの語気に強みが増していく。
抑えようとしているのだろうが、少しずつ漏れ出ている。
「俺はグランアインの長男。この社会の象徴なんだ。上に立つ者は誰より優雅で、誰より優れていなければならない。何故なら下にいる者たちがずっと見ているからだ。従えるに足る者かどうか。彼らの尊敬を一心に受け続けなければならない。そうである自分で居続けなければならない。どんな者も失望しない、人心を集められるほどのカリスマを持った男で居続けなければならないんだ!」
ライゼが私に剣を振り下ろした。感情が乗ったように荒々しく、けれど力はそれほど強くない。私はそれを杖で受け止めた。
「それが貴方の努力だというの? 笑わせるわ。それは努力なんかじゃない。ただ怖がって逃げているだけよ」
「なんだと?!」
私の言葉に、更にライゼの声が荒ぶる。
表情が鬼のようにゆがむ。
これほどの険しい剣幕。おそらく他の生徒達は見たことがないだろう。
実際、この流れについていけず見守るしかできていない他の生徒達は、いつもの穏和なライゼとは大違いの彼の姿を見て絶句していた。
けれどそんなことはかまわず、ライゼは感情を高ぶらせたまま口撃を続ける。
「みんな、理想の姿を押しつけてくる。そうであってほしい。そうであるべきだ。俺の気持ちなんて考えず、いつも完璧を求めてくる」
それこそがライゼナクスという少年だ、とおそらくクラス全員がそう思っている。
文武両道、眉目秀麗。誰からも好かれ、誰にも優しく接する好青年。
まさに理想像。
敬うべき存在。
彼こそはこの学園の。いや、この貴族社会の頂点とも言える至高の人である。
そんな、期待という名の押しつけ。
ライゼがそれを忠実に、必死に守ろうとしているのを私は知っている。演劇の練習を、決して誰にも不備を見せないためにも、人目のつかない時に必死にやるその姿を。
期待に応えなければならない。
その重圧は、きっと彼にしかわからないことだろう。
しかし私からすれば、そんなことは知ったことではない。
「キミもさっき、フェロに押しつけられていたじゃないか。気丈に立ち向かう人物像を。だから今もこうして役を続けているんだろう。だったらキミも一緒さ」
「私が貴方と一緒? 笑わせないで」
私は、はっと鼻で笑った。
二人の武器が再びぶつかり合う。
形だけの武器の組み合い。
互いに力が入っているのは腕ではなく口になっている。剣では負けるけれど、こちらで負ける気はさらさらない。
「私と貴方の違いを教えてあげましょうか」
「違い?」
眉間をしわ寄せたライゼに、私はにっと微笑んで余裕の顔を見せた。
「私は強制されてない。フェロはありのまま、ただ『私』そのものを肯定してくれているわ。本当はそうありたくないのに、それから逃れられず強制されている貴方とは違う」
「……っ!」
「私は私の思うとおりに生きている。誰がなんて言おうと私は私だもの。たとえこの世界が百八十度変わっても、それは決して変わらないわ。好きなものには好きと言うし、イヤなものには素直にイヤだと言うわ。私は決して、自分を曲げたいとは思わない」
だから決してライゼには臆さない。
まるで不自由の象徴であるかのようなその彼には。
「俺は……」
ライゼの口振りが鈍る。
けれど私はまったく攻勢を緩めはしない。
「まあ、確かに、私は貴方よりも失うものが少ない。それはあるかもしれないわね。貴方との明確な違い。大事な大事な、みんなからもてはやされる立場なんて持っていないもの。大切に守るものなんてないわ。でも貴方はそこに固執したいのでしょう? だから必死に守ってる。つらい思いをしながらも、みんなから努力をひた隠しながらも、それでも貫き通そうとしている」
「…………」
「貴方が守りたいのはなに? このくだらない貴族社会? それとも、良い子ちゃんの自分? 私からすればどっちもくだらないことこの上ないわ。ただただふんぞり返っているだけの貴族より、土塗れになりながらも一生懸命一つのことに打ち込んでいる子たちのほうがずっと立派よ」
自分を変えようとし続けてきたフェロ。
周囲に奇異の目で見られながらも大好きなマンドラゴラの研究を続けてきたリリィ。
スコッティは地位なんて気にせず元気いっぱいに生きているし、ルックも読書かで知識を多く蓄えようとしている。
私の友人は、それぞれに強みがある。
少し誇らしく思えるほどだ。
そんな人たちがライゼにはいるだろうか。
いつもおだてるばかりの長ネギたちや取り巻き。理想と好意ばかりを向けてちやほやするだけの女生徒達。
ライゼの本当の苦悩を知っている友人など、もしかすると居ないのではないか。
そう考えると、目の前にいるライゼが途端に小さく見えてきた。
「私はすごく恵まれている。普段はおっちょこちょいや気弱ばかりだけど、しっかりとした大事な友達を持てた。それに、やっぱりいつも頼りないけど、いざというときに駆けつけてくれる婚約者を持てた」
本当に、この出会いに感謝だ。
「でもそれ以上に、立場的に恵まれているはずの貴方が、勝手に作った籠の中でがんじがらめに縛られて、抜け出せないと嘆いている」
「…………」
「投げ出す覚悟もないのなら、その小さな器の中に収まっておきなさい。そうしたら誰にも責められず、求められた通りに笑顔を振りまくお人形でいられるのだから」
私は心のままに強く言い放った。
もはや演劇ではない。
しかしあまりに迫真の物言いに、観客達はまだ演目が続いていると思っていることだろう。まさか台本も無視して、我が儘な口論をしているとは思えまい。
なにしろ、そこの舞台に立っているのは優等生のライゼなのだから。
そうまで言って私が口を閉じ、客達の視線が今度はライゼへと向けられる。次の言葉への期待を送る。
スポットライトを浴びた壇上で、ライゼはその注目を一身に受けていた。
「俺は――」
ぐっとライゼの拳が握られた。
口元が引き締まる。そして、凄んだ眼差しで私を見ながら剣を構えた。
「俺は誰かのための人形なんかじゃない!」
再び足を駆けだし、私へと切りかかる。
「重責を背負わされるなんてもちろんイヤさ。キミのような失うものもない底辺ならば、きっと好き放題できたことだろう。けれど、この道を進むと決めたのも俺だ。みんなの期待に応え、完璧に生きる道を選んだんだ。その選択を後悔はしていない。
ああ、そうさ。貴族だからじゃない。たとえどんな俺でも、完璧であろうと、正しくあろうとしていたに違いない。立場なんて関係ない。生まれなんて関係ない。俺は正しくあり続ける。それが、俺だから。それこそがライゼナクスだからっ!」
感情を露わにし、うおおお、と叫声をあげながらライゼは剣を振りかぶった。
そのライゼの姿はきっと、ここにいる誰もが初めて見たものだっただろう。誰かのための優等生の言葉ではなく、ただただ自分の思いを吐露した本心であると、心を揺さぶるほどに感じ取れた。
その心の込められた剣が振り抜かれる直前、私はふっと笑んで、構えた杖を下ろした。それにライゼは気づき目をはっとさせたが、もう振り下ろ始めた剣は止まらない。
ライゼの剣は私の胸元を掠めるようになで下ろしていった。
当たってはいないが、私はやられたように地に膝を突く。
「ちゃんと言えるじゃない。台本に用意されたものじゃない、自分の台詞を」
筋書きを無視した、自分勝手な言葉を。
私の言葉に、はっと、ライゼは何かに気づいたように目を見開いた。
主人公ガルドヘクトが悪党モンタージュを打ち負かした。壇上は台本通りに戻り、赤いライトが私を照らす。
私はそのまま膝を崩して倒れ込み、そうして、悪党モンタージュは敗れたのだった。




