-18 『そうして幕は静かに閉じる』
劇場となっている体育館は、この日一番の大きな拍手で包まれることとなった。
主人公であるライゼを見に来たと言っても過言ではない観客達は、口々に「新しいライゼ様を見れた」やら「迫真の演技だった」などとはやし立て、興奮を見せていた。
筋書きから大きく離れていたはずの内容だが、結局はモンタージュも倒され、結末通りだ。
様々な勝手があって台本通りにはいかなかったものの、ひとまず無事に終わり、生徒達も安堵の顔を浮かべて喜び合っていた。
なにより幕引きの後、ライゼが晴れ晴れとした面もちで生徒達の前に行き、
「台本を無視してすまなかった。けれど、みんなのおかげでとても素晴らしい劇にできたと思う。本当に、ありがとう」
そう深く頭を下げて言ったものだから、終盤のいざこざに対して誰も文句を言う者はでなかった。
むしろ肯定的で、「即興で劇を進化させていくなんて凄い」と手放しに褒められたりもしていたくらいだ。ライゼの御輿は相変わらずらしい。
なんだかんだで全てが丸く収まった。長ネギが不満そうに私を見ていたが、それは気づかない振りをしておこう。
そうして私たちの劇は大成功として幕を下ろしたのだった。
「おおおおおおお嬢様ぁ! 素晴らしい劇でございました!」
体育館を出てすぐに、変態執事が涙を流しながら私に駆け寄ってきた。
「お嬢様の溢れんばかりの美しさが、ライトよりも眩しすぎて直視できなかったくらいであります。ああ、お嬢様。最後の勇ましき口上も震え上がるほど。あのまだよちよち歩きだったお嬢様がここまで成長なさるなんて!」
我が子でも見ているのかと思うほどの号泣だ。さすがに私もどん引きである。一緒に出てきたフェロも、すがりつくような格好のアルを見て苦笑を浮かべている。
泣きわめく姿は悪目立ちしすぎていて、他にも周囲の生徒達の視線が集められてしまっている。
――これ以上はやめてくれないかしら。
なんて私は思いながら、言ってもやめないのだろうな、と諦めの嘆息を漏らした。
まったく、大袈裟だ。
「でも本当に凄かったよ」
不意に耳元でフェロに言われ、私は咄嗟に身を退いてしまった。吐息が当たった微かな感触が全身にびりりと電流を走らせ、火照ったように瞬時に赤くなる。
なんだろう。
さっきもそうだったけど、フェロに話しかけると少し胸がざわついてくる。心なしか心音もうるさくなるような気が……。
「お嬢様も、立派な乙女となりましたな」
アルがそうにこやかに言ってきたが、私はまったく意味が分からず、とりあえず彼の頭をたたいておいた。
「あいたー」と満面の笑顔を浮かべながら、アルは弾んだ足取りでそのままどこかへと歩き去ってしまった。
「おもしろい人だね」
「馬鹿なだけよ。面倒で仕方ないわ」
ふふっ、とフェロが笑う。
「おーい」と、私たちを呼ぶ声がした。
スコッティだ。
リリィも一緒にいる。あとついでにルックも。
みんなで私たちへと手を振っていた。
スコッティは舞台が終えて間もないのに元気いっぱいに笑顔だし、リリィはマンドラゴラのどらごんちゃんを片手に、近くの出店のりんご飴に気を取られて涎を垂らしている。
私の、可愛い友人達だ。
――ああ、癒される。やっぱり女の子って最高!
そうだ。
私には最高の美少女達がいるのだ。
どうにも劇の余韻のせいか、フェロを見て動揺してしまいそうになっていたが、私には大好きな女の子達がいる。
二人。
いや――。
隣の婚約者を横目に見やる。男子制服だが、丸い目鼻立ちの可愛らしい女の子顔。
「ねえフェロ」
「なに、ユフィ?」
「……私の制服、着てみない?」
「ええっ?! いや、僕は男らしくなりたいって言ったじゃないか」
「確かに言ったわ。貴方が男らしくなることをもう否定したりしない。でも、男らしくなると女装することは決して相反しないと私は思うの。顔は女の子なんだから女の子らしさを極めて、それと一緒に男らしさも極めたら、両方ゲットできて両得じゃないかしら!」
「わ、訳がわからないよぉ!」
適当を言って息巻く私に、フェロは冷や汗をかいてたじろいでいた。
もうすぐ星光祭が終わる。
傾きはじめた太陽が、閉幕のカーテンを下ろすように空を朱色に染めていく。
校庭に立ち並ぶ出店は少しずつ店じまいの準備を始めていて、行き交う人の数も段々とまばらになっていた。
いろいろとあったけれど、終わってみれば満足した一日だった。スコッティは焼きそば屋さんで結構なお客さんを得れたみたいだし、演劇も脱線ばかりだったけれどなんとか無事に済んだ。
それに――新しいフェロの一面も見れた。
唯一の心残りと言えば、あまり満足に星光祭の催しを見て回れなかったことか。スコッティの手伝いや演劇の準備で忙しかったから、こればかりは仕方がない。
明日からはまた普通の日々がやってくるのだろう。お祭り気分は過ぎ去り、日常の中で今日の思い出もやがて薄れていく。
けれど、何度も私は思い出すだろう。このかけがえのない友達と、そしてこの婚約者と過ごした今日のことを。
褪せることのない、記憶の一ページとして。
「ユフィ」
感慨に耽っていた私に、フェロがふと声をかける。
「まだもう少し、お店もやってるみたいだよ。一緒に見て回ろう」
私の心残りを見透かしたみたいに、フェロはにっこりと笑ってそう言ってきた。
ああ、そうだ。
まだ終わってはいないのだ。
楽しい時間はまだまだこれから。
いや、今日が終わってもずっと、きっと続いている。
フェロが手を差し伸べてきた。
女の子のように細くて頼りなさそうな手。私はそれをぎゅっと握り、夕日の眩しさに負けないくらい明るく笑ったのだった。
「ふふっ。フェロ、エスコートをよろしく。私をいっぱい楽しませてちょうだい」
「え、いや。それは……僕にできるかなぁ」
「なによ、男らしくなるんでしょ」
「そうだけど……」
「もし満足できなかったら、明日から女生徒用の制服を着て登校してもらうから。性別も完全に女の子として扱うわよ」
「ええっ?!」
素っ頓狂に驚くフェロに、私は思わずほくそ笑む。
「イヤなら頑張りなさい、男の子くん」
そうして小悪魔のように微笑むと、フェロの手を引いてスコッティ達の方へと歩いていったのだった。
※次回更新は10月9日予定です。




