-9 『開演前の問答』
なにはともあれ、スコッティの焼きそば屋はそれなりの繁盛をしていた。想定よりも売れたせいで材料がそこをつき、他の店よりも早くに店じまいをしてしまったくらいだ。
「いやはや。閑古鳥が鳴いて材料も余りまくると思ってたんだけどね」と、いろいろ手配していたルックがそう言っていたが、その予想は裏切られたわけだ。
まあ実際、下手に余って処分に困るのも面倒だろう。スコッティとしても、賑やかに楽しく出店をできて満足した様子だった。
その客を多く呼び込んだ立役者であるフェロはと言うと、しかし正反対に、どこか雲を被せたような陰りを表情に孕ませていた。私が声をかけると笑顔を作るのだけど、ふと目を離した隙に、どこか遠くを見るようにぼうっと虚ろ気になっている。
これから演劇の本番があえるというのに心配だ。
――ま、フェロの出番なんて、最後に戦う私を見守ってるだけの簡単な役なんだし、失敗するようなことなんてないだろうけど。
放心したような彼をひとまず置いて、私は劇の準備のために自分たちの教室へと戻っていた。台本と、劇で使う小道具などを鞄に置いていたのを持ってくるためだ。
もうすぐ演劇の始まる時間。
ほとんどの生徒達はもう、会場である体育館に集まっていることだろう。
私が教室を訪れると、そこには一人しかいなかった。
ライゼだ。
「あら、珍しいわね。貴方が一人だけでいるなんて」
いつも長ネギ達取り巻きやファンの女の子達に囲まれている印象だから、たった一人でいるのを見るのは不思議な感じだ。前にこっそりと空き教室で練習しているのを見たときもやはり違和感があった。
私に気付いたライゼは、なんだキミか、とでも言いたげに曖昧な微笑をこぼした。
「たまには一人になりたい時もあるさ」
「そう。だったら邪魔しちゃって悪かったわね」
「いや、いいよ。キミはまだ気が楽だ」
「良い子ちゃんじゃなくていいから?」
私の言葉にライゼは何も返さなかった。自分の席の前に立ち、ただ静かに台本へと目を通していた。
まあ、私だって別に話に華を咲かせたい訳ではない。
私も自分の席で台本などを鞄から取り出し、さっさと戻ろう。
「俺はガルドヘクト。王都に住まう貴族だ。この蒼き瞳が輝くかぎり、お前達悪党の好きにはさせない」
確かめるように台詞を音読していくライゼ。もう私のことなど忘れて没入しているかのように集中している。
その金色の髪。青い瞳。
ふと、頭の中に似た顔が浮かんでくる。
記憶も曖昧でほとんど覚えていないけれど、ずっと昔、私と一緒に遊んだあの子に。
ずっと女の子だと思っていたけれど、もしかすると彼が――。
「ねえ貴方」
「なんだい。また安い挑発をしてくるのなら、俺はさっさと行くよ」
「ふふっ。随分と辛らつね」
まあ無理もない。さっきの一言もそうだし、なにより空き教室で相当怒らせて仕舞ったのだから。だがそれよりも、私の気になったことを聞かなければ。
「貴方、小さい頃にプルネイっていう田舎町に旅行に行ったことはないかしら」
どうにも頭の片隅に引っかかっていた。
ライゼを見たとき、私の記憶の棚の片隅に追いやられてしまわれていたものが、ふつふつと湧き上がってきたのだ。
十年以上前。
私がまだ臆病な少女だった頃、いじわるな男の子から守ってくれた少女。いや、あれは男の子だったのだろうか。まだ童顔で性別こそわからなかったが、とても頼もしい、そんな勇敢な子供。
成績優秀、容姿端麗なライゼを見ていると、もしやまさか彼がその時の子供だったのではとすら思えてしまうほど面影を感じてしまった。
いや、実際はわからない。
金髪で色白の子供なんて、この国にはたくさんいる。
多少の濃淡の差はあれど、この学級の半分くらいはそうだし、むしろリリィの白髪やスコッティの褐色髪のほうが珍しいほどだ。異国の血を多く交えている外様の血筋であると照明しているようなものでもある。髪色が変でも長ネギのような例外はあるが。彼はきっと染めているのだろう。そう思うことにする。
髪が金色なのであればフェロだってそうだ。
そう考えると、私が直感的に抱いたその面影だって、まるで信用のならないものに思えてくる。
ライゼは私の問いに、少し不思議そうに間を空けていた。そうしてしばらくして着替えた衣装の襟を正すと、
「いや、どうだろうね。旅行はいろんなところに行ったから、もしかするとあるかもしれないな」
そんないま一つ要領を得ないような返事をした。
「そう」
「それが何か?」
「いや、なんでもないわ」
じっと、ライゼが私の顔を見てきた。
ただ無言で。
何かあるのかと思ったけれど、何も言ってこないせいで、私も彼から目を離せずに息を止めた。
なんだろう。何があるというのだろう。
気になってしまい、先に目を離すと負けな気がして、私もむしろ睨み返すように相対した。負けたくない。特に意味はないが、負けたくはない。むしろ食ってやるつもりで見つめてみる。
ふっ、と根を上げたようにライゼが微笑を浮かべた。
「キミは本当に不思議な人だな。まるで俺を、ただのクラスメイトのように見てくる」
「ただのクラスメイトじゃない」
それ以上も以下も、なにがあるというのか。
不思議に小首を傾げると、またライゼは不敵に笑みを浮かべた。
「ははっ。そうだな。ああ、そうだ」
そう言ってライゼは口許を緩め、台本を閉じた。壁の時計を確認する。もう間もなく開園の時間だ。集まらなければならない。
「俺はもう行くよ。キミも遅れないようにね」
そう言ってライゼは机に置いていた衣装の小道具などを抱えこむと、そのまま部屋を出て行ってしまったのだった。




