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 -6 『不変のまどろみ』

「ネギンス、さっきの台詞飛ばしてたぞ。お前もだ、ケリー。面倒だからって省略しない」

「悪い悪い」

「げ、ばれたか。さすがライゼ、よく見てるぜ」


 今回の劇の演者は十数名と、クラスの半分しかいないほどだ。そのほとんどをライゼの取り巻きと私たち底辺組が占めていた。したがって台詞合わせの最中も、長ネギたちによる陰口や陰険な態度が多く目立っていた。


 先ほどの私への威嚇じみた嫌がらせもそうだ。


 しかし殊更目立っていたのは、私にではなくスコッティに対するものだった。


「えっと……我輩の、じゅ、じゅつ? 術が、お前たちにかわせるものか」

「まったく。下の奴らはまともに文字すら読めないのか? はっ」


 スコッティが台詞を読むのが間違えるたび、長ネギがわざとらしく聞こえるように嘲笑い、他の取り巻きたちも同じようにほくそ笑んでいた。


「……うぅ、ごめんなさい」


 スコッティもさすがに何度も間違えてしまい気にしているのか、いつもの元気さはなりを潜ませ、すっかり落ち込んでしまっている。しゅんと肩を落とし、三角に膝を立てて台本で顔を隠していた。


 その弱々しい姿は、元気溌剌な普段とはひどくギャップがあって、ちょっと可愛い反面、苛立ちが募る。


 こんな堂々と悪態をついているというのに、彼の取り巻きも、その他の生徒たちも、誰もそれがおかしいとは言い出そうとしない。長ネギたちの仲間ではない中級に位置する生徒は、さも聞こえていないといった風に素知らぬ顔を浮かべている。


 この学園の醜い階級社会。

 くだらない無責任な格付けだけで上下関係が決まってしまう社会。それがこんな些細なところにも如実に垣間見えてしまうあたり、どれだけ腐りきっているのかが窺える。


「スコッティはよく頑張ってるわ。それに、今はできるようになるための練習よ。本番じゃないんだし。少しでもできるように頑張りましょう」

「ありがとー、ユフィっちー。がんばるよぉ」


 落ち込みながらも笑顔を作ってスコッティは頷いていた。


 まあ、私が長ネギを挑発したせいもあるかもしれない。その苛立ちの矛先が、ろくに反抗できないスコッティへと向いてしまったのだ。責任の一端は間違いなくある。


 私がスコッティの頭を撫でてやると、じゃれついた猫のように彼女は目を細め、やんわりと笑顔を浮かべた。


 ああ、可愛い。ここにもし猫じゃらしでもあったら、ふりふりと彼女の鼻先に振り回していたことだろう。いや、猫じゃないから食いつかないかもしれないが、それはそれで良い。なんか素っ気ない猫みたいで、いい。


 リリィが従順な犬ならば、スコッティは自由気ままな猫。


「――ありね」

「ふぇ?」

「いや、なんでもないわよスコッティ」


 ――こほん。


 じゅるり。

 垂れそうになった心の涎を拭い取り、私はなんでもない笑顔を作っておいた。


 そうして些細な紆余曲折がありながらも、演劇の練習は着々と進んでいった。


 相変わらず長ネギたちは私たちに高圧的だ。

 どれだけ横柄な態度を取っていても、地位によって安全が守られている。本当にくだらない社会だと思う。


 高位の貴族の中で唯一常識人そうなライゼも、ただにこやかに愛想を振りまくだけで、このくだらない社会の枠に嵌まった良い子でしかないのだと思った。


 ライゼは優等生だ。間違いない。

 けれどそれ故に規律から外れられない。


 彼の演技練習を見るために、他の学年の女子までが集まってくる。男子も彼に憧れたり、一目を置いて仲良くなろうとする。学園中の有名人。


 だから全校生徒の注目を集めている彼がもし違反的な態度を取れば、それはすぐさま露見されてしまう。誰もが羨む模範生でいなければならない。


 そんなくだらない足枷があるのだろう。


 ――生きづらい性格だこと。


 私はそんな呆れを抱きながら、学園一のの優等生を横目に粛々と悪役の芝居をし続けていたのだった。


 ――まあ、私がどうこう言ったところで変わらないだろうからいいけれど。


 もはや異議を唱えるつもりもない。どうせ下級貴族の私が彼らに何を言っても無駄なのだろうから。


 そんな息苦しさはあったものの、悪い事ばかりでもなかった。


 練習終わりの放課後は決まって、リリィやスコッティたちを呼んで屋敷でお疲れ様会を開くようになった。とはいっても夕食を一緒に食べて、ちょっとジュースなどを飲み交わして、のんびりと体を休めるだけの集まりだ。けれど、それでも学級内での数少ない気が置けない友人と一緒にいる時間は、物凄く楽しくて充実した時間だった。


 このままリリィとスコッティをフェロの屋敷に住まわせて同居できないかと本気で考えそうになるほどだ。

 さすがにフェロにとめられるだろうと自重した。


 当のフェロはというと、テラスで夕涼みする私から見える中庭の奥で、日課の剣の稽古をしながらルックと談笑していた。


 貴族社会も相変わらずだが、フェロの稽古も相変わらずだ。


 汗を流しながら模造剣の素振りをするフェロを、私はリリィたちと話す中、そっと横目で眺める。


「フェロはずっとやってるのかい?」

「そうだよ。毎日欠かさずにやってるんだ」

「どうしてまた」


 純粋な疑問を投げかけるルックに、フェロは曖昧に誤魔化すように笑って返していた。


 ふと、私の方を見たフェロと目が合う。

 あどけない少女のような顔にやんわりとした笑顔を乗せ、彼はまた素振りを繰り返していた。


 私も本当に常々思う。

 どうしてそこまでして剣の稽古をしているのだろうか。


 何か憧れの剣士でもいるのか、と思ったが、それは前に否定されたことがある。しかし、じゃあ何なの、と答えてもフェロは曖昧にはぐらかすばかりで、ただただ「強くなりたいから」と決まって言うばかりだった。


 ――強くなるだなんて、そんな必要ないのに。


 フェロは今のままで十分に可愛い。それは何よりの個性だ。売りだ。もっと大事にしていくべきだと思う。これで稽古ばかりしていて、将来筋肉もりもりの大男にでもなってしまった日には、私の新婚生活が非常にむさくるしいものになりかねないという悲劇。


 いや、フェロは顔こそ可愛いのだし、もし体が筋肉だらけになってもその顔つきがそのまま残ってくれたら……。


 変に首から下だけマッチョになったフェロを想像してしまい、自分でも吐きそうになるくらい後悔した。


「どうしたのユフィっち」

「なんでもないわ、スコッティ。普通って一番ね、って思っただけよ」

「……?」


 どうしてそこまでして剣の稽古にこだわるのだろう。

 私はそんなことを考えながら、リリィやスコッティたちと華やかな楽しい時間を過ごしていった。


 そうしてあっという間に時は過ぎ、星光祭の季節がやって来た。


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