03-宿屋
この街は広いが、俺も街壁修復作業の時にある程度は歩き回ったし、何よりエンリが覚えていてくれている。
時刻は夕方ほどで、日が落ちかけている。
宿を探しに歩いてはいるが、宿の場所はエンリが知っている。その中でも、評判の良い宿へと案内してくれているところだ。
先導という形ではなく、俺と手を繋ぎ、分かれ道があれば手を引くという方法だが。
可愛らしい少女と、強面の大男の図。
はたから見れば奇妙なこと極まりないだろうが、幸い手を繋いでいる、エンリが笑顔でいてくれている、髪の色等の特徴が一緒ということで、何とか兄妹には見えている……っぽい。
騎士が駆けつけ、俺のことを包囲してきていないということは、そういうことなんだろう。
自分の容姿の扱いに慣れつつ、妹の小さな手を優しく握りながら歩くこと数十分。
とある建物の前でエンリが止まると、繋いでいない方の手で建物を指差した。
「ここだよ、お兄ちゃんっ。ギルドからも近いし、部屋も綺麗で掃除されてるし、お金も普通の料金だから、今のお兄ちゃんにあってると思うなっ」
なるほど。
確かにギルドで依頼を受けて生活していく以上、そこまでの移動時間が短縮されるのは大きい。前世の通勤時間が短くなると考えればその利便性は高いと分かる。
料金も普通なら安心だ、下手に高いところで泊まるなんて贅沢はできない。エンリの情報なのだから、質が悪いということもないだろう。
まあ、部屋の綺麗さは、牢獄生活のせいで慣れきっていたため、さほど気にならなかったが、これまでろくな場所で眠ってこれなかったのだ、少し楽しみでもある。
総評、申し分ない、俺のことをよく考えてくれている、非常に良い宿屋だ。
「おう、俺にピッタリの宿屋だ。探してくれていてありがとな、エンリ」
「えへへ……」
片方は大金貨の詰まった麻袋を持っているため、繋いでいた手を離して、妹の頭をなでてやると、嬉しそうに受け入れた。因みに、この妹の姿には特に名前はないので、普通にエンリと呼ぶことにしている。「エンリ」というドッペルゲンガーの存在が誰にもバレていない以上は問題ないだろう。
「よし、じゃあ早速入るか。これで部屋が空いてなかったら、他を早く探さないといけないしな」
「うん、そうだね!」
二人で頷き合わせ、四段ほどの木の階段を上がって、宿屋の扉を開く。
外観から見た感じは、木造の少し大きな二階建ての建物、といった感じだ。扉の上には看板が付けられており、「ガンドの宿屋」と書かれている。
さて、内装はと宿屋の中へと足を踏み入れたところで、接客の挨拶が正面から飛んできた。
「いらっしゃいませ、ガンドの宿屋へようこそ……って、ひっ!?」
扉を開けた時に鳴る鐘の音の部分で、既に頭を下げていたのだろう。そうして頭を上げ、こちらへ爽やかな営業スマイルを見せようとして俺の顔を見た瞬間が、この反応である。
内装は、入って正面にカウンターがあり、右手には別の部屋へと続く入り口がある。
カウンターの両サイドに上へと上がる階段があり、左手には扉が一つあった。
うむ、床も壁も綺麗だし、文句一つないいい宿だ。
ただ、「ひっ」と驚かれるのを除けば。
まあ慣れているよ、この扱いには。
俺は強い男、精神も強い男。
受付は十代後半くらいの、茶髪で頭にバンダナを巻いたエプロン美少女であったが、別に女の子に恐れられても傷一つついてないよ、僕は。
少女に構わず、扉を閉めてずかずかとカウンターへと近づいていく俺たち二人。
身体を震えさせながらも、この可愛らしい妹の姿を見たおかげか、どうやら落ち着きを取り戻し、こちらへと真っ直ぐ向いてくれた。
うん、エンリがいなかったら、強盗か何かと間違われてそうな空気だったね。
俺は心の中でエンリに感謝をしつつ、カウンターの前まで来ると、なるべく穏やかな声で要件を伝える。
「ここに泊まりたいのですが、部屋は空いていますでしょうか?」
俺の言葉に、一瞬戸惑いを見せる少女。
なんだ、やはり俺が敬語を使うと違和感が半端ないのか。なんならこれからは敬語を使うのを一度やめてみるのを試してみるか……。
「は、はい、二名様……ですよね。部屋は空いていますが、部屋はお分けしますか?」
「部屋はお兄ちゃんと一緒で大丈夫だよ!」
俺が腕を組み、別のことを考えていた隙に、会話がどうやら進行していた。
まあ今までも同じ部屋で過ごしてきたのだ、俺も部屋は一緒にするつもりだったので、何も言わずに見守る。
「そ、そう……何かあったら、大声を出してね。ここには他の冒険者さんも泊まっているから、きっと助けてくれるはずよ」
「? うん、わかった! ありがとう、お姉ちゃん!」
……そろそろ、さすがの俺も傷つきますよ?
これ以上会話を続けられると、俺の心が傷を負いすぎて今日は枕をぬらしてしまいそうである。
なのでとっとと要件を済ませるよう、話をすすめる。
「では、部屋代が3000Gになります。朝と夜の食事つきですと2000G、お二人分で合わせて4000Gの追加となりますが、如何なさいますか?」
部屋代よりも食事代の方がかかるとは。しかし、事前に料金のことはエンリから聞いているので、驚きはない。
因みにGとは、前世で言う円のようなものだ。
「じゃあ、食事は一人分でお願いします」
「えっ」
俺の言葉に、またもや驚きを隠そうともしない受付の少女。わかっている。わかっているさ、自分だけが食事を取って妹にはあげないのこの人みたいな感じだろ?
だって仕方ないじゃないか、エンリは食事が必要ない、そのまんまの事実なのだから。
もう下手に喋られると困るので、俺は麻袋から大金貨を一枚取り出してカウンターに置く。
「50000Gでとりあえず十泊頼む」
ごめんなさい、少し力が余ってカウンターに金貨を置く際大きな音を立ててしまいました。
後敬語もやめてしまいました。
心では反省してますので、どうかそんなあからさまに怯えないでください。
少女は震えながら、しゃがんで部屋の鍵を取ると、カウンターへと置いた。
「に、202号室、左の階段を上がった先です……朝と夜、どちらも七時から九時までの間が食事の時間です。その鍵が食券の代わりになりますので、どうぞお忘れなく……今日が4月21日になりますので、引き続きお泊りになる際には5月1日までにお申し付けください……」
「あぁ、どうもありがとうな」
少女の説明を最後まで聞き、置かれた鍵をとると俺はカウンター左側にある階段を登っていく。
とりあえず夕食の時間まで休もう、そうしよう。
「あっ、お兄ちゃん待って!」
何やら残って少女と会話をしていたエンリが、慌てて俺の元へ来る。とりあえず十日と言ったが、ここには長く居座るつもりだ。なので良ければ、誤解もといておいて欲しいのだが……。
どうも、宿に泊まるにしても、前途多難なようである。




