25-役人の愚痴
「やれやれ、行きましたか」
ライクが騎士に連れられ、去った後。
街の役人であるセストは大きなため息をつき、椅子へと背もたれた。
「あんな人は初めてでしたねぇ……」
セストはこの職についてから六年が経っている。
仕事としては、犯罪者と話し、刑期を定めたり、反省の余地が見られれば仮釈放を許可する等といったものが主であった。
当然ライクと同じような犯罪者たちは多く見てきた。
己のこれからを考え絶望し、話すらままらない者。
自分のことを脅すように怒声を上げ、騒ぎ立てる者。
何かの間違えだと必死に訴え、涙を流す者。
セストはライクの刑期を定める時の担当ではなかったが、役人や騎士の間では専らライクは噂にされていた。
終始大人しく、質問には嘘偽りなく答え、あまつさえ自白までもしてきた。
見た目と違い、とても真摯な態度に担当していた役人は内心驚いたと話していた。
そうして出された判決にも一切不満を漏らさず、それどころかスッキリとした表情で黙って出ていったのだ。
そんな人間が、騎士や仕事の現場人から仮釈放への推薦が多く届いた。セストもライクがここへ来るまでに、ライクのこれまでの行動を調べ上げている。
文句一つ垂れず一生懸命に仕事をする姿。
サボる、手を抜くなんてことはない、人よりも何倍も働いていたそうだ。そのような姿を見た他の囚人たちにも活気が出、おかげで街の復興が予定していたよりも大幅に早く終わってしまった。
そして、同じく仕事をしていた者を正しい処置で助け、命を救った。人質に取られた神官を助けた。
調べていくうちに、推薦が上がらないほうがおかしいとも思えるほどの者であった。捕まった元の、山賊という理由だが、それも何か訳があったのではないかと勘ぐってしまう。
それほどまでに、犯罪者としてはできた人間であったのだ。
「ともあれ、厄介事にはもう関わらずに済みそうですね」
セストは一人、薄暗い部屋の中で天を仰ぐ。
訳があったのではないかと勘ぐってしまう理由には、もう一つあった。
それは、貴族であるメイラックス家の『聖女』、エイリーネから、二年前から定期的に送られてくる手紙のことである。
内容はこうだ。
私、エイリーネは山賊に捕らわれていた。それを、彼が救ってくれたのだ。そのために、狡猾で有名なあのボルグの山賊を欺くために自らも山賊として身を起き、私を逃がす機を待っていてくれた。
彼のしたことは罪ではあるが、五年とは長いのではないか。彼は若い、刑期を短くしてほしい。
手紙が届いた時の役所は大騒ぎである。なにせ、回復魔法の使い手であり、数々の街や村を周り病気や怪我をした人々を救っていったあの有名なエイリーネ聖女から直々に、囚人に、しかも名指しでのこの内容の手紙が届いたのだから。
最初は偽物かと役人達は疑ったが、押されている印、そして一度エイリーネが直々に訪問してきたことによって真実であると認めるしかなかった。
セストはあの光景を忘れないだろう。いつもしかめっ面をしている堅苦しい役人達が慌てふためく姿を。セストも久しく動揺し、書いていた書類に書き間違えをしてしまったのだがそこは棚上げである。
そして何よりも、エイリーネの付き人の騎士が終始頭をかかえていたのが一番印象に残っている。
かといって、一度定めた刑期を、いくら貴族、聖女様だからといっても簡単に覆すことはできない。
その時は何とか丁重にお帰りいただいたのだが、その後も手紙は絶えることなく届いた。
最初は文字も綺麗で貴族であり聖女らしい落ち着いた文章で丁寧に書かれていたのだが、時が経つに連れ、三年半を過ぎた頃には文字も書きなぐったように汚くなり、文章もあらくなっていった。
あの聖女様が書いたとは思えない文章。
魔法が扱えるかは遺伝しないが、魔力の色は遺伝する。そして、メイラックス家の勇猛な精神も引き継がれていったのだろう。
長年山賊に捕らわれていたところを救出された後、半年も経たずにガリア帝国各地をまわり、己の回復魔法で人々を助けていった。それも高い金を取ることもない、薬師の商売に影響がない、薬などでは治せないような病気や怪我を中心的に治していった。
そうしていつの間にか、その慈悲深さと美しい容姿から、人々から『聖女』と呼ばれるようになった、エイリーネ・メイラックス。
あの聖女様もメイラックス家の長女、根は変わらないのかもしれない。
そしていつの間にか、手紙やライクの担当は役所ではまだ若いセストに押し付けられ、手紙が届く度に無難な返事の手紙を書いて返さなければならず、胃が痛くなったものだ。
しかし、それも今日で終わる。
他からの推薦、囚人として過ごした期間、ライクという人間の態度。
全て問題なく、聖女に脅されたわけではないと、胸を張って仮釈放と言える。
そう、あの男を仮釈放したと、聖女様への返事に書けるのだ。これでセストが胃を痛めることなく、薬を飲む必要もなくなった。
「願わくば、十月までの間、何事もありませんよう」
言うが、あの男を見る限りはそんな心配はなさそうだ。
それよりも、聖女様がどうしてあの男にここまで執着しているのか。
あの男に救われたと言っていた……とすれば。
今は再び領内に戻り、各地を回ることはなくなってはいるらしいが、色恋沙汰であれば、そっちの方が面倒そうである。
再びため息をつくとセストは立ち上がり、部屋を後にするのであった。




