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8-休日

「ご主人様、朝ですよ。起きてください」


「う、うーん。ふあ、あ。あぁ、おはよう」


 透き通るような美声に目を覚ます。

 この俺、ライクの一日はまず、メイドに起こされることから始まるのだ。


「おはようございます、ご主人様。朝食もできております、冷めないうちに早めにお召し上がりください」


 ベッドから身体を起こせば、横に立っている美しいメイド。

 艷やかな黒髪のショートヘア。顔は精巧な人形のように整っており、ややつり上がった、黒曜石のような瞳は人間離れしているほど美しい。そして、恐ろしいほどに均等のとれた身体は、白と黒を基調としたメイド服に包まれており、彼女のクールな雰囲気と相まってよく似合っている。


「……どうか、いたしましたか?」


「い、いや、何でもない」


 首を傾げ、俺の顔を伺うメイド。


 俺は目を奪われていたことに気付き、慌ててベッドから立ち上がり朝食の置いてある部屋の隅へと向かい地面に腰を下ろす。


「本日のメニューは、トンキーの干し肉、サツライモ、野菜をふんだんに使ったスープ。そして普通のパンでございます」


 背後に控えるメイドは、淡々と朝食の内容を説明してくれる。……もう少し言い方を頑張れなかったか。


「いただきます」


 まあ気にしたところで味が変わるわけでもない。

 いつものように手を合わせて挨拶をし、食事へと手を付ける。


 まずは野菜のスープ。

 起きたての乾いた喉を潤すのにちょうどいい。

 少し冷めてはいるが、夏の暑い時期にはぴったりだ。


 次に肉。

 口に含み、ある程度咀嚼し柔らかくするのを待ってから、パンへと手を伸ばす。

 パン単体、肉単体で食べるよりも味わいが深い。

 前世のハムパンのようなイメージである。


 だが手を伸ばした先にはパンがない。

 はて、と周りを見れば、パン二つはいつの間にか横へ座っていたメイドの手にあった。


 メイドは固いパンを器用に一口サイズに手で千切ると、そのまま俺の口へと運んでくる。


「ご主人様、口をお開けください」


「えっ? いや、そこまでは……」


「いいですから。はい、あーん」


「……あ、あーん……」


 有無を言わさずメイドの態度に観念し、俺は口を開ける。まだ口の中に肉が残っているので、見られてははしたないと思うのだが、断ることはできなかった。


 白く細い指に摘まれたパンの欠片が、俺の口の中へと入れられる。

 パンと肉が口の中で奏でるハーモニー。なんて綺麗なものではないが、やはり食べ合わせというのは美味いものだ。


 まだ肉も、そしてサツライモという芋のようなものも残っている。俺は再び口に含み、パンの主導権を握っているメイドからパンが口へと運ばれるのを待つ。


「……あーん」


 クールで無表情を貫いていたメイドの顔に、微かに喜色が浮かんでいる。口を開けるよう催促する声も若干弾んでいるようだ。


 俺はメイドと一緒に、朝食を優雅に取るのであった。




 〜〜〜




「ねね、主、どうだった?」


 さて、朝食が終わったら現実への帰りの時間だ。

 朝食の食器を取りに戻ってきた看守がいなくなったと同時に、蜥蜴へ化けていたエンリが元の姿へと戻りキラキラとした目で聞いてくる。


「まあ、たまにはああいう朝もいいかもしれないな」


 俺はベッドに腰掛けながら答える。

 今日は一日、自由な時間である。

 いつもよりも時間に余裕ができたので、朝食から何か楽しんでみようかと考えた結果がさっきの茶番だ。


 まず、朝の六時にいつものように早起きをした俺はラジオ体操を済ます。その後は朝食が運ばれてくる八時まで、ベッドでゴロゴロと横になる。


 朝食が運ばれて、看守が去った後にエンリがあのメイドの姿へと化け、俺がベッドで目を瞑り、茶番が始まった。


 たまにはくだらないことも、生きていくうえで良いスパイスになる……と思う。


 エンリは俺の返答を聞くと、隣へぴょんっと跳んでベッドへ腰掛けた。やめるんだ、いくらエンリが軽くてもベッドが悲鳴を上げている。


「そっか。うーん、二年も同じことやってると、もうネタ切れなんだよね〜……めいど? だっけ、使用人の姿に化けたのも何回目か忘れたし」


 足を揺らしながら話すエンリ。

 確かにエンリは飽きもせず、どこで覚えてきたのか毎朝色々な姿に化け、幼なじみのように起こしてきたり、妹のように起こしてきたり、宿屋の娘のように起こしてきたり……他にもたくさん変なものがあった気がするが覚えていないので割愛。


 だがシチュエーションとしては何度か被っているが、姿は一度も同じではなかった気がする。よくもまああれだけ違う人の容姿に化けられるものだ。それも美少女ばかり。


 俺は本当にすることがないので、横目でエンリの話を聞いていると、エンリは「そうだ!」と立ち上がり、再び俺の目の前まで移動する。


「主、主の魔力が増えたおかげで、記憶して残しておける数が三つまでに増えたよ!」


 腰に手を当て、ふふんと得意げに話すエンリ。

 多分褒めて欲しいんだろうが少し放置して考える。


 残しておける数というのは、エンリが触れた場合のみできる模倣の能力の方であろう。

 そうか、魔力が増えているのか。

 エンリと契約し、エンリを存在させているだけで俺の魔力は徐々に使われている。

 なのでエンリと生きているだけで魔力の最大値は微増ながら増えていっている。


 エンリは違いが分かっているのだろうが、当人である俺には魔力が増えた実感も使っている実感も特にないので、魔力が増えたと言われても特にピンとこない。 

 が、増えたおかげでエンリの能力が便利になっていっているのには変わらないだろう。


 元の姿より大きいものへ化ける時に消費する魔力にも余裕が出来てくるはずだし、保有魔力の多い生き物などにも化けられてくるかもしれない。


 ここを出た頃には、更に頼りになっているかもな。


「……あ、主?」


 癖で腕を組みながら思案していると、耳に届く弱々しい声に、エンリのことを放置していたことに気付く。

 顔を上げると、そこには両手の人差し指をつつき合いながら顔を下げているエンリがいた。


「魔力が増えたのは、主だし……主のおかげなんだけど……その、アタシも頑張って、さ……」


 時々顔を上げるも視線をそらし、途切れ途切れに話すエンリ。

 ……あぁもう、可愛いやつだ。


 俺は両手を伸ばしてエンリを抱き寄せ、ベッドに座りながらその頭を思いっきり撫でてやった。


「エンリ、すごいぞ! よしよし!」


「え、えへへ……」


 褒めてやることは大切だし、エンリも成長しているのを実感できて俺も嬉しい。俺が毎日働き、体力がついていくのを感じれるように、エンリは魔力の増加を感じ取れるのだろう。


 くせっ毛の強い髪をくしゃくしゃと撫でまくる俺。

 それにしても、なんだ。

 本当にやることがないな。




 しばらく撫でた後は、あまりのやることのなさに、逆にここから出た時の休日の過ごし方を二人で話し合った。

 意外にもこれは話が尽きず、やりたいこと、ここを出た後の目標なども話し、充実した休日になったのであった。

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