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ジャージめん  作者: SAME
9/19

雑意を封じ時期を探る(3)

 推江高校剣道部一行は本日の稽古場、地区センターへとやってきた。3階建ての洒落たつくりになっていて、あちこちの窓に電気がともっている。思いの外立派な建物だったので、三波の機嫌はたちまち良くなった。


「へぇー、ここが地区センター!かっけー!」


 そりゃあ三波だって『地区センター』と名のつくものに行った事はあるが、それは公民館のような物だ。聞いたところ利用者は、旭町、緑町、西町の3地区が多いらしい。樋口や入江は何度か来たことがあるらしく、三波ほど心動かされた様子はない。


「近隣の人以外は利用しにくいかもねぇ、奥まったとこにあるし。でもほら体育館。3年ぐらい前かな、改築したばかりでさぁ、なんと!暖房はもちろん冷房までついてるの。うちのとことは大違いだよねぇ」


「部長、それはいいから早く中に入りましょうよ」

 樋口はうんざりした顔を隠そうともせず、部長を入口へ促した。結局、バスに乗らず歩きでここまで来たのだ。学生かばんに防具袋に竹刀袋…結構かさばり重さもある。さっさと荷物をおろしたい。



 更衣室で着替えて体育館に入ると、明るい照明とザワザワした人の話し声に包まれた。


「へぇ、ここの体育館には初めてきたけど、結構広いね」

 入江が感心した様子であたりを見回す。館内には大人に混じって子供まで何十人もいる。皆横一列に面を置いていて、稽古の時間がくるまで遊んで待っているようだ。キャアキャアと歓声も聞こえる。

三波も慎重にそれらを観察していたが、やがてふくれっ面で叫んだ。


「俺だけジャージじゃん!あんな子供だって袴はいてんのに!ひでえ!」

 どうみても幼稚園児の子供が面を片手に歩いている。腕は三波よりもいいのだろうが、それはそれで何とも言えない悔しさだ。


「そういえば、砂押は道着も防具もつけてるけど。前使ってたもの…じゃないよな?」

 樋口は、平然と防具を着用している砂押に話を振った。

いつ用意したのだろう。部活のために何万も出して武具を揃える人間は少ないし、誰かのお下がりをもらったのか?馬鹿馬鹿しい質問に、金髪は心底呆れたような声を出す。


「お前なぁ、いくらなんでも小学ん時のは入らねぇだろ。

部長がよ『新たに買うのも大変だし、体育の貸出し使え』ってコレ持ってきたんだよ。それにしちゃ妙に新しいが」

「え」

(…ひょっとして、三波が入部した時に手配したヤツじゃ…)


 前に部長が手配すると言ったきり、その後何の話も聞かなかったけれど。

確かに、防具を使うのなら経験者の砂押が先、ではある。ひょっとして、三波がジャージなのも、道着や防具が ま だ ないからなのではないだろうか?


 樋口は横目で三波の様子を窺った。羨ましそうに子供たちの道着を見ている。今の砂押の話に疑問は持っていないようだ。


「はいはい、いいからいいから。

 ここ一番端かな?そしたら、ここに自分座るから。入江、樋口、砂押、三波の順で横一列に座ってもらえる?三波、竹刀は自分の左に置くからね。砂押、教えてあげて」


「左だとよ」

「聞こえてた…で、砂押、なんでソレ重ねてんの?なんか皆やってるけど」

 砂押は小手をきちんと並べ、その上に面を置いて布をかぶせていた。積み上げるのはいいとして、その布はなんで被せているんだろう?


「ま、待機する時のキマリだな、こうやっとくと面付ける時に順番通りに動かせるってぇ訳だ。最初に手拭い巻いてから面付けて小手、だからな。やり易ぃだろ?」

「そこは覚えてたんだな」

「あぁ?んだよコラ」


「さて、この時間は小中学生も多いから切り替えしからやるんだ。その後、基礎打ち・掛稽古・地稽古って感じ。今日は先生が4人いるし最後に相手をしてもらえるかも。そのつもりでよろしくねぇ。

 ……で、三波は橋先生んとこ。準備運動終ったら一緒に行こう」


「正座!」

 突如、一番右から凛とした声が聞こえ、それまで騒いでいた剣士たちは急いで各自の場所に戻ると、姿勢を正し正面を向いた。


「黙想―」


 館内は一気に静まり返る。

 不思議なもんだ。と三波は思った。怒鳴っている声ではないのに、体育館に大きく響く。

 おっと、いけない。部長が言ってたな、黙想は無心無心…。


「先生に礼」

「お願い致します」


「竹刀を持って前へ」

 声と共に、皆一斉に竹刀を手に前に出ていく。三波もあわてて横の砂押の後を追った。膝の屈伸やアキレス腱などストレッチ、そして各種素振りを行った後、生徒たちは各自の席に戻り面をつけ始めた。


 三町部長は三波を連れて、少し隅の方でこっちを見ていた男性の所へ向かった。40代ぐらいの細目で温厚そうな外見だ。


「橋先生だよ、この近くの中学校の先生でもある。それでは先生、よろしくお願いします」

 そう言うと、部長は急いで防具をつけに戻って行った。


「先生、よろしくお願いしまーす」

 三波が愛そうよく挨拶すると、先生はニコリと笑って答えた。


「うん。三波君は次の試合に出るんだってね?それじゃあ、先に礼法のおさらいをやろうか」

「レイホー?」

「立ち上がり方・座り方、構えていない時の竹刀の持ち方・蹲踞なんかの事だ。まとめて礼法というんだ。教えてもらっているだろう?」


「(ソ?ソン…?)…まだ足しかしてません。えっと、今日でまだ3回目だから…」

 念のため、部長に気を使って練習回数を付け足した。これが早いか遅いかは三波にはわからないからだ。


「それは極端だな。一番初めにやるのは……ははぁ、そうか、なるほどね…」

 その目には、何かに気付いたが特別に大目に見る、といったようなニュアンスが感じ取れた。


「ようし、じゃあ今から教えてあげよう」



※※※※



「君の先輩たち、稽古終わったようだな」

 橋先生が、掲げていた竹刀を下して体育館の中央を見やった。三波も構えを解いて砂押たちの方を見る。


 彼らは、さっき三波も習った蹲踞をして、それから3歩下がって礼をする。その後、何やら片側に集まって2列に並んでいるようだ…その列の向かいに、それぞれ2人の先生が立つ。


「お、先生方打つのか」

「先生、今度は部長たち何やるんですか?行列してるけど」


「先ほども地稽古はしていたけれど、アレは全員相手になるようにしてたんだ。そして今度は先生だけを相手として地稽古をするから、やりたい先生の前に並んでるのさ」


 ほらね、ああやって。と先生は手で示す。

 列の一番前の人が礼をして相手の先生に近づき、先ほど教わった試合の際やるのと同じようにお互い蹲踞をして構える。何処からか聞こえた「はじめ」の声と共に双方立ち上がり、打ち合い始めた。


「地稽古って…?」

「ああ…さっき三波君が切り返しをした時、私は竹刀で受けていたろ?

技を受ける人を『元立ち』っていうのだけど、地稽古は元立ちが存在しない。試合みたいに相手も隙を見て打ってくる。お互いにひたすら打ち合うんだ。

うちの所だと3分間ずっとだね。ほら、川崎先生が時間計っているだろう?」


「3分。短いな」

「実際やってみると長いぞぉ?私も行かないといけないかな」

 先生は自分もやりたいのだろう、いそいそと面小手一式を手に持って少し奥の方へ移動しようとした。三波は慌ててその背中に問いかける。


「その前に先生、さっきの話、何がなるほどなんですか?」

「さっきの?」

「俺がまだ足しかしてないって言ったときの話。先生、俺見て納得してたでしょ」


 正直、ずっと気になっていたのだ。

 先生は三波が何の話をしているのか少し考えていたが、ようやく思い当たったのか「ああ」と軽く頷いた。


「大したことじゃない。そうだなぁ、君達部員の中で小柄なのは誰だと思う」

「俺」

「と、三町君だ」


あれ?部長も小柄?

向こうで並んでいる三町を見ると、なるほど確かに後ろの砂押より小さい。樋口がデカイのはわかっていたが、他の身長相違なんか全く気が付かなかった。三波自身が低いから、周りは背が同じように高く見えるのだ(実際、三波よりは身長ある訳だし)


「本人、スピードが大事だと思っているんだよ。基本の足捌きができてないとすばやく動けないからね。実際、敏捷性も大事だけど。だから負けず劣らず小さい君に、まずは足を徹底的にやらそうとしたんだろう」

 それから先生は三波の頭を軽く叩いた。

「その甲斐あって、打ちぬけて振り向くのもスムーズで早いし。いいんじゃないか?」


「…でもさ、スピードが大事って、デカイ人間だって足捌きやってるんでしょ?」

「そりゃあね、身長関係なく基本だから」

「じゃあ、こっちが早くても向こうも早かったら意味なくない?」


「スピードだけで勝敗決まる訳じゃないよ。それに背が高い者には高い者の、低い者には低い者の戦い方があるからね」


「それなんか納得いかない。戦い方があるって言ったって、完全に平等になるわけじゃないんでしょ?なんていうか…」

直観的におかしいと感じるのだが、具体的にどう言えばいいか思いつかず、三波は言葉を切った。


スポーツに一応含まれるとはいえ、武道は武道。人によっちゃ『そういうのをバネにしてうんぬん』とか演説入りそうな話題だ。こっちは実際的なことを言っているのに、いつのまにか気の持ちようで片づけられる…言い方を考えないと……。


ところが、橋先生はニヤリとして答えた。


「個人的にはねぇ、背が高い方が『得』だと思うんだよね。一般的には『有利不利はない』とはなっているけどさ。だって手の長さが違えば届く範囲だって同じわけがない」


「…!!そうソレ、そういう事。だよなー」


 足の長さだって違う、振り下ろしの力だって違う、面がとられやすい気がする。これを不利と言わず何と言おうか。

 おまけに小さいと弱そうに見える。付け入る隙を与えてしまうのだ。さっきの千鳥の件がそうだ(まだ忘れてないぞ!)。三波の方が大きければ、突然ケンカをうるなんてしないだろう。絶対な。ナめられてんだ。


三波から漂う『ある種の恨み』を感じ取ったのか、先生は急いで言葉を付け足した。


「しかし、ちょっと得ってだけだよ。

剣道に限らず、他のスポーツや芸術や勉強だって、そういうのはあるだろう?才能とかセンスとかいうじゃない。恵まれた体格とかさ」

「言うけど」

「そこで絶対不利だと思うか、絶対じゃないと思うかが、腕を左右すると思うな。

小柄な人間でも勝つ方法はいくらでも作れる。工夫のしがいがあるということだ。現に、三町君は昨年何かの大会で準決勝までいってるからね。達人だって小柄な人間はゴロゴロいるぞ」


「…ふーん。そなんすか…」

 そうまで言われちゃ何も言い返せない。それにしても、意外と部長は強かったんだな。


「それじゃあ、私は地稽古に参加するから。三波君は休みがてら皆の打つ様子を観察して見るといい」


 先生はそう言って面をつけると、地稽古のスペースへ歩いていった。とたんに列が一本分裂する。



結局こういう話は精神論に行きつくことが多い、と三波は常々思う。


 けれど、まあまあ納得できたのは、頭ごなしに「身長は関係ない」と言うのではなく、確かに関係はあると認めた上で『心がけ』を話してくれたからだろう。


(工夫かぁ…)

 その具体的な例が知りたいのだが、言ってくれないんじゃ仕方ない。


 三波は、稽古の順番を待っている剣士の中から、比較的小さい人と大きい人を2人見繕った。相対する先生の数は…橋先生が加わったから3人だ。それぞれ体格は違う。


 今、決めた人たちが各先生相手にどんな動きをするか見てやろう。本当に戦い方があるというなら、2×3の6通り見られるはずである。まだ自分では違いがわからないと思うけれど、何か参考になるかもしれない。



20分後…


 とっくの昔に飽きてしまった三波は、稽古も見ずに、手持無沙汰に素振りなんかをやっていた。


(全部同じに見えるし。マジ訳わかんねーや)


むしろ、キエーとかヒョーとかいう掛け声の方が個性あってわかりやすいぐらいだ。甲高かったり、かと思えば、低く短めの人もいたり。

とりあえず、一方が奇声を上げたら相手も奇声しかえしているようだ、という事だけは理解できたのだが。



「三波、お疲れ様」

 急に声をかけられ横を見ると、部長や砂押たちがこちらに集まってきていた。


「あれ、部長達。もう面とってもいいの?」

「皆相手してもらったしね。早めの時間からやってる自分たちや、小中学生なんかは終わり」


 あたりを見れば、確かに子供たちも面や胴をかかえて次々と退出している。入れ替わりに、今度は社会人と思しき人々がちらほら加わってきた。意外とここで活動している人数は多いらしい。


部員たちが集まっているのを見つけて、橋先生が面をつけたまま近寄ってきた。


「やぁ、もう帰るのかい?」

「はい。…そうだ先生、皆に何か一言いただけたら助かるんですが」


 三波も見てもらったし部員全員と打ったのだから、先生なら各自の能力は把握できているだろう。そんなような事を部長が敬語に包んで話すと、橋先生はほんの少し困った顔をした。


「そうだなぁ、把握まではいかないけど…ま、初回だからその辺は…」

 考えながらも視線だけ動かして、一番最初に目があった三波にまず声をかける。


「三波君はもういいだろう。次は面つけてやりなさい」

「や…やったぁ!!」

 これでジャージ卒業だ!やっとまともに活動できるぞ!

先生は喜びに満ち溢れる彼を微笑ましく見、次へ対象を移していった。


「砂押君は、打ってやろうという意気込みは良いんだが、数多く打てばいいものでもないからね」

「はい」

「入江君は特に目立った欠点はなかったね。しいて言えばパワーぐらいかな」

「ありがとうございます」

「樋口君は地稽古の時はね、もう少し本気でやった方がいいかな」

「!…はい」

「で、三町君。気持ちもわかるが、初心者には基本を最初に教えてあげなきゃダメだ」

「あはは、すみません。けど自分に関しては何かないんですかぁ?」

「君はアドバイスの次元じゃないだろう?自分で工夫することだ」


 最後に全員を見渡して、橋先生はニコリと笑った。


「それでは次回!」

「ありがとうございましたぁ」




「さーて、帰るか」

 すっかり外は暗くなっている。おまけに少し肌寒い。三町がどんどん先へと歩いていくので、樋口は恐る恐る声をかけた。


「部長、まさか帰りも…」

「ん?樋口は歩くかい?」

 いやいやいやいや、とんでもない!樋口は必死に首を振った。いつもの部活以上の稽古をした挙句、さらに家まで歩くなんて行き倒れになってしまう。そんな様子を入江がクスクス笑った。


「流石にオーバーワークだよな。そういえば、前にバス停あったっけ」

「そ。ほらすぐそこ。丁度、今ぐらいの時間のもあるはずだ」


 バス停周辺には街灯はついているものの、微妙に暗くて数字が読みにくい。部長がスマホの光を加えて時間を見るのに四苦八苦している間、砂押はバス停の裏に周って、書かれているルートを確認した。


「ふん、ターミナルまで行くのか。したら俺らはそこで乗換だな。三波、金足りっか?」

「冗~談…あ、サイフ!更衣室かな…とってくる!」


 三波はカバンを砂押の足元に投げ出すと、センターの入り口目がけて駈け出した。


「どっちが冗談だよ、ったく…」

「後10分でバスくるからねぇ。急いでよぉ」



 サイフは更衣室の荷物入れの中にあった。


 盗まれないでよかった。全財産が入ってたのだから。


 更衣室から廊下に出ると、向こうの閉った扉の向こう側から、ドンという足音や掛け声なんかが響いてくる。


(そっか、先生たちまだやってんだもんなー…)


 微かに戸をあけて体育館を覗いてみた。学生は大体帰ったので、残っているのは、ほとんど社会人のメンバーだけだ。部長の話だと毎回10時まで延長使用しているそうだから、今日もそれまでやっているのだろう。

 さて、皆のところに戻ろうと体を浮かしかけたその時。三波は見覚えのある背格好を見つけた。


 (あれ?…千鳥だ)


 自分たちがいた頃には確かにいなかったはずなのに。


 隅の方で正座し、防具をつけている。先ほどのヘラヘラした茶化した感じではなく、どこか落ち着いたハリのある雰囲気を纏っていた。その物腰はどうみても手馴れていて、左右の剣士とも言葉を交わしている事から、何回かここに通っているのは明らかだ。


 (なんだ、剣道やってんじゃん…なんで勿体ぶって部活入らなかったんだ?)




※※※※※※


翌日


「なー樋口…て、いないのか」

「まだ来てないぞ」

 お前、一日一回ここにくるノルマでもあるの?などとツッコミする井筒の顔は、それほど迷惑そうでもない。三波は少し迷ったが、井筒の机へ回り込んだ。


「なーなー…井筒は樋口と同じ中学だっけ?」

「そうだよ?」

「じゃあさ、千鳥ってなんで途中で中学の部活辞めたんだ?」

「ん?なんでソレ知ってんの?」


 突拍子もない事を言い出した三波を、井筒は怪訝に見返した。入部の際に、千鳥とちょっとしたゴタゴタがあった話は聞いているが、過去の事を聞きたがるほど親しくなった話は聞いてない。


「んとな、話してるの聞いた」

「そうだなぁ」

 井筒はちょっと考えた。…別に秘密でもなんでもないか。


「大した話じゃないけどさ。なんていうか、逆恨みだと思う」

「逆恨み?樋口なんかしたのか」


「ほら、アイツ菓子稼ぎに助っ人やってるの知ってるだろ?」

「うん」


 噂に疎い三波だって、その話は聞いた事がある。

報酬の菓子さえ出せば校内外問わず、スポーツ以外の用事もOKとか。急きょ代役って時に便利らしく、なんでも老人会のゲートボールにまで参加したこともあるらしい。菓子の亡者と囁かれているくらいだ。

井筒は少し声を潜め話を続ける。


「アレ昔からやっててさ。中2の時、バスケシュート勝負の依頼があって行ってみたら、相手がなんと千鳥でさ。ま、誰であろうと樋口は勝ったんだけど…」

「けど?」

「後で聞いた話だと、それ何かの賭けだったんだって。千鳥自身は相手本人と戦うつもりが代わりに樋口が出てきて…しかも負けだろ?まぁ、その後はとにかくトゲトゲしくてね。なぜか俺まで巻き添え食った」


 そう言って、たいした怒っている風でもなくケラケラ笑う。


「さらに3年になったら樋口が部長に選ばれたもんだから。それに不満だった千鳥は辞めたって訳」

 おわり。井筒は語り終わると、チビがどんな反応を返してくるか観察した。思ったよりもショボイ内容だったようで、見るからに消化不良といった顔つきである。


「……?なんだ、樋口のせいじゃないじゃん」

「だから逆恨み。本当はどうか知らないけど過去の事だし、今更どうでもいいよ」


 三波はやや納得いっていない様子だったが、切り替えたのか姿勢を直した。

「ふぅん。…そういやさ、スポーツ以外でも依頼受けるってホント?」



いつもより遅く登校した樋口は教室へと歩きながらも、どうにも気が晴れなかった。

昨日の稽古で言われた言葉が、ずっとひっかかっていたからだ。聞いた時には何も思わなかったのだけど。


(本気、ねぇ…)


(やってるつもりなんだけどな)


 少なくとも手は抜いていないのだが。自分が本気でやっている以上、更にそれをやれと言われてもどうすればいいのか見当もつかない。

 教室に入ると井筒と三波が待っていて、何やら楽しそうに話している。



 とりあえず、考えるのは止めだ。



同時刻、1年6組。

 砂押が机に教科書をしまっていると、めずらしく千鳥が近寄ってきた。


「よー、大将。おはよーさん」

「ぁんだ?古クセェ呼び方しやがってよ。何か用か?」


「良いでしょ別に、話に来たって。いやー、砂押が剣道やるなんて知らなかったな。人は見かけによらないね」


 砂押は返事をする気にもなれず、ペラペラ喋るバカをそのままにさせておいた。


 樋口は『一応、悪い奴ではない』と言ってたが、砂押には『悪気はない』と見せかけているだけにみえる。言い方を変えれば、こいつは意図がない言動はしないのだ。それでもクラスで人気があるのは、相手が喜びそうな事を敏感に感じ取って、こびない程度にやるからだろう。兄貴と似た空気を持つ男だ。

 今もなんだかんだ話しているが、用件はこれではないはず。それにしても、昨日、三波相手に打ちかかっていたくせに、何事もなかったかのようなこの態度。すごいもんだ。


「お前の連れさー、右のひ「千鳥、一つ言っておく」


 千鳥の『本題』がようやく見えたので、砂押は手を止めて言葉を遮った。


「俺らの前で、その話題は出さねぇほうがいいぜ」


「…。…俺らって、あの褐色巨乳ちゃんも含む?」

 ほんの一瞬、思案の色が見えたが、すぐにチャラけた調子に戻る。


 微妙に話題をそらしたか。


「当たりめぇだろ。プラス剣道部もだ。

 テメェと俺は同じクラスってだけ。三波や堤とは接点もねぇただの他人だし、部活とも関係ねぇ。あんまり調子づいてんじゃねぇぞ」


「えー、剣道っていう共通の話題あるだろー」

「その話題で昨日の騒ぎかよ。部員じゃねぇ以上、いくら経験があったってテメェは部外者、お呼びでねぇの。話はそんだけか?」


「普通の会話もできないの。何、じゃ入部すればいい訳?たかが…」

「千鳥」

「何だよ」

「先公来てんぞ」

「おっと、これはヤバい」


 険悪になりかかった空気も何のその。千鳥はケロリとして席に戻って行く。


(朝っぱらから大層なもんだぜ)


 当分寄ってこないだろう。これ以上しつこくして砂押を怒らせても、向こうに得することはないから。その辺の加減も心得ているはずだ。



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