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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第96話 帳簿の裏側

毎日20時、更新予定です!

■1.写しの束


カリンが、持ち出してきたのは、薄い紙の束だった。


折り目がついていて、何度も広げたり畳んだりした跡がある。両手で差し出す仕草が、少し、震えていた。


「これ……石守様の帳簿の写し、です。俺が写したやつ」


鍵は、静かに、受け取った。


夜の倉庫の片隅。松明の火が、揺れる。カリンは壁際に立ったまま、視線を落としていた。昨日の会話が効いたのか、それとも別の何かが彼を動かしたのか——鍵には、まだわからなかった。


「読んでもいい?」


「……どうぞ」


鍵は、紙を広げた。ミナが隣から覗き込む。灯りの下に数字が並んでいる。列が、三つ。


「生産量、配給量、回収量(破損品)……」


ミナが、小声で、読み上げた。


「第一の月から第十二の月まで。全部ある」


カリンが、壁を見つめたまま、言った。「写すのに三日かかりました。石守様が外出している間に、少しずつ……」


鍵は、数字を目で追った。


生産量は、ほぼ一定だ。毎月、四百個から五百個の間を行き来している。配給量も安定している。暖炉石は、集落ごとに割り当てがあり、毎月の決まった量が各地に送り届けられていた。問題は——三列目だ。


「回収量が、多い」


ミナが、低い声で、言った。


「多すぎる、ね」


鍵は、頷いた。


破損品として回収された数が、配給量の三割を超えている月が、ほとんどだ。暖炉石は、一度使えば数年は持つはずだ。それなのに、毎月これほどの数が「壊れて戻ってくる」のは——どう考えても、おかしい。


「カリン。回収してきた石は、どうなる?」


カリンは、少し間を置いた。「倉庫に戻します。石守様が、点検して……また出荷の準備に回されます」


「また出荷に回す……」


ミナが、紙の端を指で押さえた。「第三の月を見て。回収量が六十二個。第四の月の生産量が……四百七個。でも第四の月の出荷量は、四百五十四個になっている」


鍵は、計算した。


四百七プラス六十二は四百六十九。出荷量の四百五十四を引くと、差は十五個だ。誤差の範囲、といえるかもしれない。だが——


「毎月、こうだ」


ミナが、紙をめくりながら、言った。「生産量に回収量を足すと、出荷量より少し多くなる。差引きすると、毎月十から二十個が手元に残る計算になる。でもその余剰は、翌月の生産量に加算されていない」


「帳簿上は、消えている」


「そう。追いかけられないように、数が動いている」


カリンが、顔を上げた。「どういうことですか?」


鍵は、ゆっくりと、息を吸った。


「回収された石が、新品として、また配られている。でも帳簿の記録には残らない——どこかで数が足されているはずなのに、その痕跡が消えている。意図的に、追えないようにしてある」


カリンの顔が、かすかに、青ざめた。


■2.仕組み


「それだけじゃない、と思う」


ミナが、紙束の最後のページを開いた。端に、メモのような数字がある。鍵には読めない記号が混じっていた。


「これ、何の記号?」


カリンは、ページを見て——少し、言葉に詰まった。「石守様の、自分だけの符号です。俺も全部はわからない。でも……この記号は、石の品質区分だと思います」


「品質区分?」


「石にも、出来のいいものと、そうでないものがある、と言っていました。出来のいいものは、長持ちするし、火力も安定する。そうでないものは……消耗が早い、と」


鍵は、静かに、聞いた。「わざと、そうでないものを特定の村に配ることが、できる?」


カリンは、黙った。


しばらく、松明の音だけがした。遠くで、風が建物の隙間を抜ける音がした。


「……できます」


カリンは、低い声で、言った。「石守様だけが、品質を見分けられる。俺たちは、指示された石を、指示された村に、配るだけで——どれがどの品質か、知らされていない」


ミナが、紙の数字を、もう一度、見た。


「消耗が早い石を配れば、補充が必要になる。定期的に石守様のところに、頼みに来なければならない」


「頼りに来る人間が、増える」


「そう。そして頼りにされれば、石守様の権威は維持される。逆らえなくなる。使い続けると、石が弱まる——それ自体が、設計だった」


鍵は、帳簿を、閉じた。


閉じる音が、静かだった。


「これは、単なる商売じゃない」


ミナが、言葉を選びながら、続けた。「石が弱まるように、最初から設計されている。人々が石守様に、頼り続けるように——補充に来させる仕組みが、意図的に、組み込まれている」


カリンは、壁に、手をついた。


足元が、揺らいでいるように見えた。


「俺は……これを知らずに、配っていた」


声が、細かった。かすれていた。三年間、石守のもとで動いてきた。石を担いで、村を回って、笑顔で渡してきた。あの笑顔は——何の上に成り立っていたのか。


鍵は、カリンを見た。若い。二十歳をいくつか出たばかりだろう。石守のもとで育ち、石守の言う通りに動いてきた。仕組みを知る立場ではなかった。知ることを許されていなかった。


『あなたは悪くない。』


胸の中で、思った。けれどそれを、どう言葉にするか——鍵は、少し、考えた。


■3.数字の意味


「カリン」


鍵は、静かに、呼んだ。


カリンが、顔を上げた。目が、赤い。泣いてはいないが、泣きそうだった。


「あなたは、悪くない。仕組みを知らなかっただけだ」


「でも、結果として——」


「結果は、石守が設計した。あなたが望んで起こしたものじゃない」


カリンは、口を閉じた。


鍵は、続けた。「数字は、正直だ。あなたが言っていた通り——誰が見ても、同じことを示す。この帳簿も、同じだ。何が起きていたか、隠しようがない。でも帳簿が示すのは、仕組みのことだけで——それを動かしていた人の、意図までは、書いていない。あなたの名前は、どこにも出てこない」


カリンは、黙って、聞いていた。


「あなたがこれを、知っていたなら——話は違う。でも知らなかった。それに、写しを作ってここに持ってきたのも、何かがおかしいと感じたからだろう? ずっと、気になっていたんじゃないか?」


カリンは、ゆっくりと、頷いた。


「……ずっと、なんか変だと思っていました。回収の量が多すぎる、と。でも石守様に聞くと、それくらい壊れるものだ、と言われて。俺が知識不足なのかと、そう思って、そのまま……」


「疑問を持っていた。でも動けなかった」


「動けなかった」


「動けなくて当然だ」


カリンが、鍵を見た。「当然、ですか?」


「師匠に逆らうだけの材料が、なかったから。感覚で変だと思っても、数字の読み方を知らないと、証明できない。あなたは今日、数字を持ってきた。それだけで十分だ。あなたにできることを、あなたはやった」


ミナが、帳簿を丁寧に、畳んだ。


「この写しがあれば、何がどう動いていたか、証明できる。逃げ場がなくなるのは石守様の方だよ。あなたじゃなくてね」


カリンは、小さく、息を吐いた。


震えが、少し、収まったように見えた。長く、息が出た。三年分の何かが、少しだけ、緩んだような音がした。


「……俺に、何をしてほしいですか?」


鍵は、答えた。「まず、話を聞かせてほしい。この帳簿以外に、あなたが知っていることを。全部じゃなくていい。思い出せる範囲で構わない」


「石守様の、行動パターンとか?」


「それも。あとは——石を受け取った村の中で、特に困っていると聞いた場所がないか。補充を求めてくる村が集中する時期があるか。知っていることを教えてほしい」


カリンは、少し、考えた。「……わかりました」


それから二人は、夜が深くなるまで、話し続けた。


■4.帳簿の外側


帰り道、ミナが言った。「カリン、ちゃんと動いてくれそう」


「そう思う」


鍵は、夜風の中を歩きながら、答えた。


「怒りじゃなくて、後悔から動く人は、息が長い。自分がしてきたことに責任を感じているから——そのぶん、本気になれる。逃げない」


「鍵って、人を読むの、上手いね」


「数字を読む前に、表情を読む習慣がついただけだよ」


ミナが、くすりと、笑った。


帳簿の写しは、今、鍵の懐にある。数字だけを見れば、それは乾いた記録だ。第何月、何個、回収、生産、出荷——感情のない列が並んでいるだけだ。


でも、その数字の裏に——どれだけの村人が、何年も、消耗する石を使い続けてきたか。定期的に石守の元を訪れ、頭を下げて補充を乞うてきたか。その場面が、鍵には、見えるような気がした。数字は、人の苦しさを、直接は書かない。でも丁寧に追えば——苦しさの輪郭が、浮かんでくる。


鍵は、空を、見上げた。


星が、多い夜だった。


『石守を止めることが、目的じゃない。』


胸の中で、思った。『仕組みを変えることが、目的だ。仕組みが変われば、石守がいなくなっても——次の石守が出てこないように、できる。』


「次の手は?」


ミナが、隣で、聞いた。


「カリンが教えてくれた村の一つを、直接、訪ねる。被害を受けてきた側の声を集めたい。帳簿だけじゃ、まだ足りない。石を使い続けてきた人たちの言葉が、いる」


「証言集め、か」


「数字と声が揃ったとき——初めて、動かせる」


ミナは、少し、黙った。


「カリンは、大丈夫かな。石守のところに戻って、いつも通り振る舞わないといけないんでしょ。しんどいよね」


「しんどいと思う」


鍵は、正直に、言った。「でも彼には、今日、少し楽になれるものができた。自分は知らなかっただけだ、という確信。それは、動き続けるための、小さな基盤になる」


「鍵が言ったこと、覚えていてくれるといいね。あなたは悪くない、って」


「伝わっていたと思う」


「どうして?」


「帰り際、少しだけ——表情が変わっていた。最初に来たときより、顔が上がっていた」


ミナが、また、小さく笑った。


夜道は、長かった。


でも鍵の足取りは、少し、軽かった。帳簿の写しを胸に抱えながら、次の一手を、静かに、考えていた。数字は揃った。次は、声だ。石守が設計した仕組みの中で生きてきた人たちの、言葉が、まだ、ここにない。


それを、集めに行く。


『(第97話へつづく)』

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