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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第88話 境界の検問

毎日20時、更新予定です!

■1.国境の空気


 草原の道は、緩やかに、傾いていた。

南から北へ。標高が、少しずつ、少しずつ、上がっていく。

鍵は、荷馬車の、緩い揺れに、身を任せながら、空の色が、じわじわと、変わっていくのを、黙って、眺めていた。

草の緑が、淡くなっていた。道の土が、少し、硬くなっていた。風が、少し、冷たくなっていた。


「寒くなってきた」と、アリアが、膝の上に、羊毛の毛布を、引き寄せた。

ミナは、荷台の、隅に、座ったまま、ぼろぼろの帳面を、指先で、丁寧に、めくっていた。

「中継都市まで、あと、半日、です」と、ミナは、淡々と、言った。

まるで、天気の変化を、告げるように。


 隊商の御者は、タードという名の、がっしりした、中年の男だった。

草原の商人たちは、北の氷の街へ、乾燥した果実や、厚手の布地や、干した薬草を、定期的に、運んでいた。

一行が、この隊商に、混じれたのは、アリアの、素早い交渉の、おかげだった。

「私たちは、北に、用がある。検問が、面倒なら、荷物持ちとして、働く」

そう言い終えた瞬間、タードは、値踏みするように、アリアを、上から下まで、じっくりと、見た。

少し、間があって、「物を、売る顔をしている」と、静かに、呟いた。

それが、合格の、合図だった。


 鍵は、荷台の、端に、腰かけて、遠くを、眺めた。

地平線の、手前に、灰色の、壁のような、建物の塊が、ぼんやりと、見え始めていた。

あれが、中継都市——南と北の、境界に、立つ、交易の、要だ。

規模は、大きくない。でも、ここを、通らなければ、北へは、行けない。

帝国が、そういう、仕組みを、作っていた。


クルトの、2通目の、光符牒には、こう、あった。

「帝国の検問が、以前より、厳しくなっている。理由は、まだ、わからない。注意せよ」

クルトは、常に、言葉を、削る。必要な、ことだけを、書く。

それでも、あえて、「注意せよ」と、書いた——ということは、軽い、警告では、ない、ということだ。


『何かが、変わっている』

鍵は、心の中で、静かに、繰り返した。


シャムールで、記録が、外から、見えなかった。

北の氷の街でも、同じ構造だと、草原の宿場町の、噂は、言っていた。

誰かが、意図して、情報を、遮断している——そういう読み方が、正しいとすれば、この検問は、ただの、手続きでは、ない、かもしれない。

『どこかで、誰かが、何かを、隠している』

その確信が、少しずつ、鍵の、中で、輪郭を、持ちはじめていた。



■2.偽装と準備


 中継都市の、手前で、隊商は、一度、止まった。

タードが、御者台を、降り、荷台の布を、一つずつ、確かめながら、こう、言った。

「積み荷の目録を、確認する。お前たちは、香料の補佐として、記録に、入れる」

アリアは、間を、置かずに、うなずいた。

「香料の買い付けで、北まで、行く予定ですが、帝国の書類が、煩雑なため、隊商に、同行させてもらっている——という、立場で、構いません」

タードは、短く、「それで、通る」と、言った。


 ミナが、そっと、鍵の、隣に、寄った。

「鍵さん。一つ、気になることが、あります」

「何を」と、鍵は、低く、聞いた。

「中継都市の、通関記録、です。去年の、一般公開分が、この帳面に、あります」

ミナは、手帳を、広げた。小さな数字が、びっしりと、並んでいた。

「南から、北へ、入る物資の量と、北から、南へ、出る物資の量が——合っていません」

「合っていない、というのは」と、鍵は、帳面を、覗き込んだ。

「入る量より、出る量が、明らかに、少ない、です。北は、物を、溜め込んでいるか——あるいは、別のルートで、物が、北の外に、出ているか、どちらかです」


鍵は、ミナの、顔を、見た。

ミナは、珍しく、真剣な、目を、していた。

普段は、どこか、遠くを、見ているような、目をしている。

でも、今は、違った。


アリアが、二人の、話を、聞きながら、「北の街は、記録が、外から、見えない、と言っていた」と、静かに、言った。

「つまり、中継都市の記録は、見える。でも、北の街の記録は、見えない。その間で、何が、起きているか——わからない、ということ」

「その通りです」と、ミナは、言った。「誰かが、北の街から、大量の、何かを、引き出しているかも、しれません。水、ではなく——」

「暖かさの、原料」と、鍵は、静かに、言った。


燃料、あるいは、魔法石——そういう、何かが、北から、じわじわと、流れ出ている、かもしれない。

氷の街が、本来よりも、寒くなっているとすれば、それは、自然の、変化では、なく——意図した、搾取の、結果かもしれない。

誰かが、街の、暖かさを、少しずつ、吸い出している。


『そういう構造を、俺たちは、シャムールで、見た』

鍵は、心の中で、静かに、確認した。

水が、奪われていた。今度は、熱が、奪われているかもしれない。

場所が、変わっても——構造は、同じだ。



■3.検問の列


 中継都市の、南門は、長い列を、作っていた。

帝国の兵士が、五人、横一列に、並んで、荷物を、一つずつ、念入りに、確かめていた。

以前は、三人だったと、タードが、馬の手綱を、引きながら、ぼそりと、言った。

「去年の秋から、増えた。目録の確認も、細かくなった。特に、北へ、向かう隊商は、厳しく、見られる」


 列が、少しずつ、前に、進んだ。

鍵は、荷台の、端から、前の隊商の様子を、目を、細めて、観察した。

兵士の視線が——積み荷の布より、人の顔に、長く、止まっていた。

一人ずつ、確かめるように。

『これは、搜索に、近い』

探している、顔が、ある——そういう、動きだ。

検問が、厳しくなったのは、誰かを、特定して、止めるためかもしれない。


アリアが、タードの、隣に、立った。

「私が、話します。書類の確認は、私が、対応します」

タードは、少し、眉を、上げたが、「任せる」と、一言、言った。


 順番が、来た。

兵士は、目録を、受け取り、一行ずつ、指で、丁寧に、追った。

「香料の、補佐、二名——これは、どういう、立場か」

「北の市場で、香料の仕入れ交渉を、行います。隊商の、通訳補佐として、記録に、加えてもらいました」

アリアは、淡々と、答えた。声に、揺れが、なかった。

兵士は、アリアの顔を、じっくりと、しばらく、見た。


「北の、どの市場へ、行くか」

「氷の通り沿いの、香料商——ガロドと、申します。過去に、二度、取引が、あります」

アリアは、タードから、事前に、教わっていた名前を、迷わず、出した。

一拍、間があった。

兵士の目が、わずかに、動いた。

「ガロドの、店か」

「はい」と、アリアは、答えた。「今回は、南の、新しい産地の、香料を、紹介する予定で、す」


兵士は、ゆっくりと、目録を、折った。

少し、沈黙があった。

鍵は、荷台の、中で、息を、止めた。

「通れ」と、兵士は、言った。



■4.北への道


 門を、抜けた瞬間、鍵は、息を、ゆっくりと、長く、吐いた。

ミナが、小さく、「通りました」と、言った。

アリアは、何事も、なかったように、荷台に、戻ってきた。

その顔に、安堵も、疲れも、なかった。

まるで、市場を、一回り、してきたように。


「検問の兵士が、見ていたのは——積み荷より、人の顔でした」と、アリアは、言った。「顔を、確かめるような、目でした。名指しで、誰かを、探しています」

「私たちは、初めての顔だったから、通れた」と、鍵は、言った。

「おそらく、そう、です」と、アリアは、うなずいた。「でも——その誰かが、北に、いるのか、南に、いるのか、それだけは、まだ、わかりません」


 タードが、御者台から、「助かった」と、短く、言った。

それだけで、十分だった。

馬車は、ゆっくりと、北の街道へ、入っていった。


 道の、両脇に、常緑の低木が、並んでいた。

葉の色が、深く、暗かった。

空気が、少しずつ、少しずつ、鋭くなっていた。

鍵は、その冷たさを、肺の、奥で、感じた。

本格的な、北の、寒さが、近い。


ミナが、手帳に、何かを、書いていた。

しばらくして、「中継都市の、公開記録と、タードさんの、話を、合わせると——」と、ミナは、顔を、上げずに、言った。

「北から、流れ出ている物は、燃料系の、何か、だと、思います。氷の街は、冬の間、大量の、熱源を、必要とします。その熱源が、外に、引き出されているとすれば——街が、寒くなっているのは、自然の、ことでは、ない、です」

「では、誰が、引き出しているのか」と、アリアが、聞いた。

「わかりません」と、ミナは、答えた。「でも——検問が、厳しくなっているのは、引き出す側が、帝国の、力を、使っているから、かもしれません。あるいは、帝国が、何かを、知っていて、証拠を、止めようとしているか」


 鍵は、窓の、外の、空を、見た。

雲が、低く、垂れていた。

遠くに、白い稜線が、かすかに、浮かびあがっていた。

北の、山の、端だ。


『シャムールでも、記録は、見えなかった。水が、引き出されていた。構造は、同じだ』

鍵は、静かに、整理した。

場所が、違っても——誰かが、資源を、奪い、記録を、隠し、外から、わからないように、している。

その「誰か」が——同じ存在なのか、別々なのか。

それが、まだ、わからない。

でも、ここまで、来た。

北の街が、もう、近い。


「北の街に、着いたら」と、鍵は、言った。「まず、熱源の、流通記録を、探す。それと——記録が、どこで、遮断されているか、確かめたい」

「了解です」と、ミナは、答えた。

アリアは、遠くの、稜線を、見ながら、「私は、街の、人の、声を、拾います」と、言った。

「どんな小さな、話でも、構いません。人が、何を、不安に、思っているか——そこから、わかることが、あります」


 馬車は、北へ、向かって、進んでいった。

道の先に、白い霧が、静かに、かかっていた。

その霧の、奥に——氷の街が、あるはずだった。

その街が、隠している、何かが、あるはずだった。

そして、その何かが——この旅の、答えに、つながっている、はずだった。


(第89話へつづく)

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