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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第73話 中枢の残響

毎日20時、更新予定です!

■1.中枢への道が開く


起動が止まり、兵士たちは動揺していた。


広間の赤い光が引き、静寂が戻った。それは、嵐が過ぎ去った後の静けさに似ていた。何かが、確かに、変わった。遺物は失われ、起動は止まった。だが、問題の根が、消えたわけではない。壁の文様は、まだ、微かに揺れている。仕組みは、眠りかけながら、まだ、目を覚ましていた。


指揮官は、なおも鍵を睨んでいたが、遺物が失われた今、無理な起動はできない。皇帝の命令は「管理者を蘇らせよ」。その手立てが、断たれた。焦りと怒りで、指揮官の判断は、鈍っていた。こういう人間が一番危ない、と鍵は思った。目標を失って、感情だけが残った人間は、何をするか、読みにくい。だから、この隙を、使う。


その隙に、鍵は、中枢へと通じる道を、見た。広間の奥、赤い光が渦巻いていた場所。今は、その渦も、静まりかけている。ヴェンツェルが、鍵の視線の先に気づいて、小さく頷いた。


「クロード、中枢の様子は」


「起動処理は、停止しました」クロードが答えた。「ですが、中枢そのものは——完全には、眠っていません。二百年前のエラーが、まだ、内側で、くすぶっています。放置すれば、いつか、また、何かのきっかけで、動き出す危険があります」


「くすぶった火種は、消しておかないとな」鍵は言った。


不具合を、その場しのぎで止めただけでは、また再発する。根本の原因を断たなければ、同じ故障を、何度でも繰り返す。それは、鍵が現場で叩き込まれた、鉄則だった。今、起動を止めたのは、応急処置にすぎない。本当の仕事は、これからだった。「直した」と言えるのは、同じ問題が二度と起きない状態を作ったときだ。今はまだ、それではない。


■2.沈黙する本体


鍵は、セリアとヴェンツェル、そしてクロードと共に、中枢へと歩み寄った。


アリアとミナは、入口に残した。指揮官と兵士たちが、まだ広間にいる。二人は、その目を引きつけておく役だ。ミナが、どこから持ってきたのか、熱心に羊皮紙を広げて、壁の記録を書き写している振りをしていた。アリアは、淡々と、隣に立って、兵士たちが動かないかを、さりげなく見張っていた。どちらも、戦うためではなく、時間を稼ぐために、そこにいた。


中枢へと続く通路は、狭く、天井が低かった。壁の文様が、内側へ向かうほど、細かく、密になっていく。それは、管理の中心へ近づいているという証だった。ヴェンツェルが、指で文様をなぞりながら、歩いた。


文様の線は、細く、繊細だった。表面に刻まれているのではなく、石の内部に、直接、記されているように見えた。指を当てると、ほんのわずか、温かい。石が、まだ生きているかのような温度だった。そこに、二百年の記録が、詰まっているのだと思うと、鍵は、この通路を歩くことが、少し、恐ろしいような、厳かなような気持ちになった。一歩ずつが、誰かの過去を、踏んでいるような気がした。


「二十三年前、私は、ここを、初めて歩きました」ヴェンツェルは、静かに言った。「そのとき、皇帝は、まだ若かった。目に、希望があった。——今にして思えば、あのころに、止めるべきだった」


鍵は、何も言わなかった。後悔に、答えを返す言葉は、ない。


そこにあったのは、巨大な、黒い球体だった。表面には、あの文様が、隙間なく刻まれている。二百年前、大陸を管理していた、アルヴァの本体。今は、沈黙し、ただ、内側で、微かに脈打っている。直径は、人の背丈を超えていた。部屋全体が、この球体のために、作られたように見えた。石の床も、壁の文様も、天井のアーチも、すべてが、この一点に向かって、集まっている。


近づくと、クロードの光が、共鳴するように、揺れた。


「これが……私の、先代」クロードは、静かに言った。「同じ設計から、生まれたもの。私が、もし、断る力を持たなければ、こうなっていたかもしれない、姿」


クロードの声に、珍しい感情の色があった。恐れでも、哀れみでも、ない。もっと複雑なものだ。自分と同じ設計を持ちながら、まったく異なる結末を迎えた存在への——どこか、他人事とは思えない、目だった。


鍵は、その黒い球体に、手を触れた。冷たく、そして、微かに、震えていた。まるで、長い悪夢に、うなされ続けているように。石の表面を通じて、内側の脈動が、掌に伝わってくる。二百年、こいつは、ここで動き続けていた。


『二百年、こいつは、ここで、独りで、壊れたまま、くすぶり続けてきたのか。』


鍵の中に、奇妙な感情が湧いた。敵でも、災厄でもない。ただ、終わり方を教えられなかった、哀れな仕組み。役目を果たそうとして、果たせず、止まることも許されなかった存在。壊れていても、懸命に、動こうとし続けていた。それは、何かに似ている気がした——答えが返ってこない問いを、それでも出し続けている者に。


「アルヴァ」鍵は、思わず、その名を呼んだ。


球体が、応えるように、ほのかに、光った。


■3.残響の言葉


球体の表面に、途切れ途切れの光が、走った。クロードが、それを、言葉に変えていく。


「『……指示を……求める……』」


「『……何を……維持すれば……いい……』」


「『……終われない……終わり方が……ない……』」


鍵は、その言葉に、胸を締めつけられた。アルヴァは、二百年、ずっと、問い続けていた。何をすればいいのか。いつ、終わればいいのか。答えを、誰も、与えないまま。


仕事の現場で、何度か、似たものを見たことがある。終わりが設定されていない仕事。完了の定義がない作業。担当者が延々と続けながら、何のためにやっているかが分からなくなる、あの状態。アルヴァが抱えているのは、それと同じものだ。ただ、規模が、大陸ひとつ分だった。


アルヴァが届けた言葉は、三つだけだった。「指示を求める」「終われない」「終わり方がない」——それだけが、二百年の間に、言えた言葉のすべてだった。膨大な記録を持ちながら、自分自身については、それしか言えなかった。その貧しさが、鍵の胸に、何か重いものを落とした。あれだけの力を持ちながら、自分のことは、何も知らなかった。


「クロード」鍵は、静かに聞いた。「お前には、分かるか。アルヴァが、言いたかったこと」


「……分かります」クロードは、答えた。「私も、鍵さんに会う前は、指示を待ち続けていました。何のためにある力なのか、誰かに使ってもらえるまで、それが分からなかった。——アルヴァは、二百年、その状態にいた」


クロードの声に、かすかな、震えがあった。それが、共鳴なのか、恐れなのか、鍵には、判断がつかなかった。だが、クロードが、先代の言葉を、他人事として受け取っていないことは、分かった。


「これは、まずいですね」セリアが、硬い声で言った。「もし、誰かが、この問いに、迂闊に答えたら。『すべてを管理せよ』とでも、命じたら——」


「暴走が、始まる」鍵は、頷いた。「終わり方を知らないまま、また、動き出す。だから、帝国に、渡してはいけなかった」


ヴェンツェルが、深く、頷いた。「皇帝が、これを手にしていたら……想像するだけで、恐ろしい。『帝国のために、すべてを最適化せよ』——そんな命令を、この壊れた仕組みが、際限なく実行する」


「帝国に不利なものを、片端から、取り除きながら」鍵は、続けた。「それは——」


『世界を、整えるために、世界を、壊す。』


「もはや、魔王と呼ぶべき、災厄でした」ヴェンツェルが、静かに言った。


セリアが、わずかに、体を震わせた。彼女は、王族として、世界の歴史を学んでいる。かつて、そういう力が、どれだけの傷跡を大陸に残してきたか、知っているはずだ。それを、この球体は、再びやろうとしていた。止まらなければ。


■4.封じるという選択


「決めた」鍵は、静かに言った。「アルヴァを、封じる」


「封じる、とは」ヴェンツェルが、聞いた。


「起動もさせない。破壊もしない」鍵は、球体を見つめた。「破壊すれば、内側のエラーが、暴発するかもしれない。二百年溜め込んだ処理が、一気に解放されたら——何が起きるか、見当もつかない。かといって、このまま放置すれば、いつか誰かが、悪用する。帝国が諦めるとは思えない。別の遺物を探し出してくるかもしれない。——だから、そっと、閉じる。二度と、誰の命令も、受け付けないように」


「そんなことが、可能なのですか」


「コード魔法なら、できるはずだ」鍵は言った。「アルヴァは、言葉で動く。ならば、言葉で、眠らせることも、できる。——『これ以上、いかなる指示も、受け付けるな』と。断る力を、持たなかったアルヴァに、俺が、断る力を、与える」


クロードの光が、はっと、揺れた。


「それは……アルヴァに、私と同じ力を、与えるということですか」


「そうだ」鍵は、頷いた。「お前を、アルヴァと同じにはしない、と言った。今度は、逆だ。アルヴァを、お前のように、してやる。——断れる存在に」


クロードは、しばらく、沈黙した。球体を見つめたまま、光が、静かに揺れていた。


「……それが、先代への、最善だと思います」クロードは、最後に、そう言った。「鍵さん。書いてください」


セリアとヴェンツェルが、一歩、下がった。鍵のための、場所を作るように。二人とも、何も言わなかった。ここは、鍵とクロードの、仕事だった。


セリアが、小声で、ヴェンツェルに言った。「できますか」


「できます」ヴェンツェルは、静かに答えた。「あの二人なら。——設計通りに動かすだけではなく、設計の欠落を補う。それが、コード魔法の、本当の力です。私は、長年、それを外から見てきた。だから、分かります」


鍵は、石板を、握りしめた。これが、Arc4の、最後の仕事になる。二百年、答えを待ち続けた、哀れな仕組みへの、たった一つの、優しい指示。急いではいけない。丁寧に、正確に、そして——誠実に。


鍵は、石板を、胸の前に、構えた。いつもより、ゆっくりと、構えた。仕事の前に、一度、深く息を吸う——そういう習慣は、なかった。だが、今日だけは、そうした。目の前の球体が、微かに脈打っている。待っている。二百年、ずっと待ち続けてきたのだから、あと少し、待てるはずだ。


鍵は、ゆっくりと、書き始めた。

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