↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/113

第65話 帝国が狙うもの

毎日20時、更新予定です!

■1.ヴェンツェルの本音


出発の前夜、鍵はもう一度、ヴェンツェルと向き合った。


宿の小さな食堂を借り切り、二人だけで向かい合った。テーブルの上に、ランプが一つ。ヴェンツェルは、出されたワインに手をつけなかった。鍵も同様だった。取引の話をするのに、酔った頭は要らない。


食堂の外では、宿の主人が後片付けをしていた。扉越しに、食器のぶつかる音が聞こえる。その生活の音が、この場の緊張と奇妙に混じった。夜の小さな食堂で、片方は帝国の顧問技術者、もう片方は異世界から来た術者——そんな取り合わせが、ランプ一つの灯りの下に向かい合っている。


情報の交換は、この数日で続いていた。鍵はコード魔法の考え方を少しずつ渡し、ヴェンツェルは帝国の内情を、少しずつ明かしていた。取引を重ねるうちに、この老技術者の輪郭が、見えてきた。信念を持った人間だ。ただし、その信念と現実の間で、長い時間をかけて消耗してきた人間でもある。


消耗の形は、人によって違う。見た目には出にくいものだ。だがこの老技術者の場合、話し方にそれが滲んでいる。慎重すぎる言葉の選び方、一瞬遅れる反応、息を吐くタイミング——長い間、言いたいことを言えずに来た人間の癖だ。鍵は、その癖をいくつか見てきた。組織の中で正論を持ちながら、それが通らなかった人間が、共通して持つものだ。


「一つ、はっきりさせておきたい」鍵は言った。「帝国が遺跡で手に入れようとしているのは、最後の遺物ですか。それとも、もっと別のものですか」


ヴェンツェルは、ランプの炎を見つめていた。しばらく黙り、それから、観念したように答えた。


「……最後の遺物では、ありません。宮廷が本当に欲しいのは、遺跡の中枢そのものです」


「中枢」


「遺物は、あくまで設計図の断片にすぎない。ですが遺跡の奥には——二百年前に沈黙した『管理者』の、本体が眠っている。宮廷は、それを再び動かそうとしている。かつて世界を管理した仕組みを、今度は、帝国の手で目覚めさせる」


鍵は、その言葉を一度、頭の中で繰り返した。


「アルヴァ、ですか」鍵は言った。


ヴェンツェルの目が、初めて驚きを見せた。「——その名を、どこで」


「セリア王女の書庫で」鍵は答えた。「二百年前の帳簿に残っていた。管理者、沈黙す、という記録とともに」


ヴェンツェルは、長く息を吐いた。「そうか……あなたは、すでに知っている」


■2.目覚めさせてはならない


「待ってください」鍵は言った。「その『管理者』——アルヴァは、二百年前に、抱えきれない矛盾で自壊した。壊れた仕組みを、そのまま動かせば、どうなる」


ヴェンツェルの顔が、こわばった。ランプの光の中で、その皺が深くなった気がした。


「……分かりません。宮廷は、それを『修復して』動かせると信じています。かつての栄光を、取り戻せると」


「修復の当ては、あるんですか」


「ありません」ヴェンツェルは正直に言った。「根拠がない。宮廷は、かつての力を前にして、可能性を信じたがっている。それだけです。だからこそ——皇帝は、あなたを欲しがっている」


鍵は、東で見た覚書を思い出した。「回収の対象を、遺物から術者本人へ」。あの文書が、別の宿で偶然に見つかったとき、自分が何かの計画に組み込まれていると感じた。今、それが確信になった。すべてが、繋がった。


「俺に、壊れた管理者を、直させるつもりか」


「そうです」ヴェンツェルは頷いた。「言葉で仕組みを操るあなたなら、沈黙した管理者を、修復できるかもしれない。皇帝は、そう考えている。あなたは、帝国にとって、最後の鍵なのです」


『皮肉な話だ。』


鍵は、内心で苦く笑った。自分の名は「鍵」。そして本当に、二百年の謎を開ける鍵として、求められている。名前が、いつのまにか、比喩ではなくなっていた。


だが、皮肉に笑っている場合でもなかった。帝国が、自分を道具として計画に組み込んでいる。それが本当なら、すでに何か手が打たれているはずだ。王都で、見知らぬ視線を感じたことが、一度ならずあった。偶然ではなかったのかもしれない。鍵は、それを頭に入れながら、ヴェンツェルを見た。老技術者の顔は、打ち明けた後の人間の、疲れた正直さがあった。


■3.暴走の恐怖


「もし」ミナが、青い顔で口を開いた。


鍵が夕食後に話を聞かせると言い、アリアとミナを部屋に呼んでいた。クロードも、壁際で光を抑えて存在している。ヴェンツェルはそれを承知の上で話した。


「もし、壊れたまま目覚めたら、どうなるんですか」


その問いに、答えたのは、クロードだった。


「推測を、述べます」クロードの声は、静かだった。しかし静かさの奥に、どこか切迫したものがあった。「アルヴァは、記録を集め、矛盾を正し、不足を補う仕組みでした。それが壊れたまま目覚めれば——正すべき矛盾を、逆に増やし続けるかもしれない。補うべき不足を、際限なく奪うかもしれない。制御を失った管理者は、世界を『整える』つもりで、世界を『壊す』」


クロードが、こういう「かもしれない」の言い方をするのは珍しかった。いつもは確率の高低で答える。だが今回は、確率の問題ではない。壊れた仕組みの振る舞いは、設計通りに動かない分、予測ができない。その不確実さが、クロードをして「かもしれない」と言わせていた。不確かな答えを口にすることが、いかにクロードにとって負担か、鍵には分かった。


部屋が、凍りついた。


誰も言葉が出なかった。アリアが、膝の上で手を組んでいた。ミナは、ランプの光をぼんやりと見つめていた。


「それは、もう」アリアが、掠れた声で言った。「災厄じゃないですか。まるで——魔王みたいな」


誰も、その言葉を否定できなかった。二百年前に沈黙したものを、壊れたまま呼び覚ます。それは、眠れる災いを、自らの手で解き放つことに等しい。しかも、解き放つのは、かつて世界を管理していた規模の「何か」だ。局所的な暴力ではない。世界そのものに干渉できる力が、制御を失う。


ミナが、小さく「怖い」と言った。声というより、息の漏れに近かった。アリアが、隣に座るミナの肩に、そっと手を置いた。言葉より速い動作だった。このチームが、この二年で積み上げてきた、目に見えない信頼の形だ。鍵は、その二人を一度見て、また前を向いた。


「帝国は、それを分かっているんですか」鍵は、ヴェンツェルに問うた。


「分かっている者も、います」ヴェンツェルは、苦しげに答えた。「ですが、宮廷の主流は、力に酔っている。かつて世界を統べた仕組みを、我が手に。その誘惑の前では、危険の警告など、臆病者の戯言にしか聞こえない。——私が、いくら訴えても、届かなかった」


鍵は、理解した。ヴェンツェルが国の掟に背いてまで自分に近づいた理由が、ようやく腑に落ちた。この老技術者は、暴走の危険を誰よりも早く察し、誰よりも深く恐れ、それを止められる唯一の人間として、鍵に賭けたのだ。他に選択肢がなかったからではなく、鍵が唯一の希望だったから。


「あなたは、止めに来たのか」鍵は聞いた。


ヴェンツェルは、初めて、力なく微笑んだ。長い時間をかけて消耗してきた人間の、疲れた、しかし正直な顔だった。


「……そう、なるのかもしれません。私は、自分の国が、取り返しのつかないことをするのを、見たくない」


■4.先を越されるな


「決まりだ」鍵は、立ち上がった。「遺跡へ行く。帝国より先に。そして——中枢が、誰の手にも渡らないように、封じる」


「封じる、ですか」ヴェンツェルが聞いた。


「動かすんじゃない。壊れた仕組みを、二度と暴走しないように、そっと閉じる。それが、いちばん安全だ」鍵は言った。「アルヴァが眠っているなら、眠らせたままにする。復元するよりも、封印する方が、今の俺にできることに近い」


「それは……アルヴァを、永遠に諦めることになる」ヴェンツェルは、静かに言った。「失われた文明の、復元は」


「諦める、というより、尊重する」鍵は言った。「二百年前、アルヴァは何かの限界で止まった。それを無理やり動かすのは、本人への敬意がない。止まる理由があったなら、それを受け入れてから次を考える」


ヴェンツェルは、長い間、考えていた。テーブルに両肘をついて、組んだ手の上に顔を伏せるように俯いた。それから、静かに頷いた。


「……行きます。私は、失われた文明を取り戻したかった。だが、取り戻すべきでないものも、この世にはある。それを、この目で、確かめたい」


「セリア王女も来ます」鍵は言った。「記録の専門家として」


「王族が……」ヴェンツェルは、驚いた顔をした。それから、少し考えて、頷いた。「心強い」


そのとき、部屋の扉が、慌ただしく叩かれた。


アリアが立って扉を開けた。フィルバートの使いだった。息を切らして、土埃のついた服のまま、書状を差し出す。


「帝国が——動きました。皇帝直属の部隊が、すでにヴェルトの鉱山へ向かっているとの報せです。数、およそ二百」


鍵は、書状を握りしめた。


競争は、もう始まっていた。考える時間は、終わった。


「急ぐぞ」鍵は言った。「クロード、最速のルートを」


クロードの光が、すでに動いていた。地図の像が、部屋の空中に展開される。ヴェルトへの道が、いくつかの線で示される。街道、山道、船路——それぞれの日程と条件が、光の文字で浮かぶ。


「山道を使えば、街道より二日早い。ただし、荷は最小限に」


「それで行く」鍵は即答した。「出発は、夜明けだ」


そのとき、ヴェンツェルが静かに立ち上がった。「私も、今夜のうちに準備をします」老技術者の目に、これまでと違う光があった。決意の色だ。長い間、国の道具として消耗してきた人間が、初めて自分の意志で動こうとしている。鍵は、それを見て、短く頷いた。言葉は要らなかった。


部屋に満ちた地図の光の中で、全員の顔が青白く照らされた。アリアも、ミナも、ヴェンツェルも、そしてクロードも——それぞれの目に、それぞれの覚悟がある。この数日で集まった仲間だ。それが今、同じ方向を向いている。

面白いと思ったらブックマーク・評価をいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。