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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第56話 帝国の関与

毎日20時、更新予定です!

■1.押収品を並べる


翌朝、鍵たちは早くに会所に集まった。


外はまだ薄暗く、空が白みかけているだけだった。アリアは窓を少し開けて外の様子を確かめてから、戸締まりを確認した。ミナは机の四隅に灯りを並べ、その上に布を敷いた。クロードは静かにその場に立ち、出番を待つように光を細く保っていた。


机の上に、サイラスの持ち物がすべて並べられた。


革袋の中の金属片。鍵のコードの写し。旅装に紛れていた小刀と、路銀。そしてもう一つ、腰帯の裏に縫い込まれていた、硬い紙の証。


アリアが手袋をはめ、証を丁寧に手に取った。「これは通行証ですね」眉がわずかに寄る。「でも、王国のものじゃない」


紋章が違った。王国の紋章は、剣と麦穂を組み合わせたものだ。だがこの証に押されているのは、翼を広げた鷲——鍵は見覚えがなかったが、アリアの顔つきがみるみる変わった。


「帝国の紋章です」アリアが低く言った。「それも、ただの商人が持てるものじゃない。官の通行証。私の父も、帝国との取引の話を持ちかけられたことがあって……何度も断ったんですが、その交渉相手が、同じ紋章を持っていました」


アリアは証を布の上にそっと置くと、手袋をはめたまま手を引いた。触れ続けたくない、というより、それ以上関わりを持ちたくないという気持ちが、その仕草に滲んでいた。父が断り続けた、あの長い夜のことを、アリアは鍵に一度だけ話してくれたことがある。帝国との商いは、一度つながれば、自分の都合では切れなくなる——それが父の言葉だった、と。


「官の中でも、どの部署か、分かりますか」


「……似ています、でも少し違う。格が高い」


鍵はクロードに証を写し取らせ、細部まで照合させた。


「発行元は、帝国の内務に属する組織です」クロードが言った。「意匠の様式から、情報を扱う部署だと推定されます。商人の通行証とは、印の格が異なります。官品の等級でいえば、相当上位の発行権限が必要です」


『行商人の皮をかぶった、帝国の役人か。』


鍵は静かに息を吐いた。サイラスは、金のために動く盗人ではなかった。国家が雇い、国家が動かしている手足だ。そうなると、行動のひとつひとつに、組織の意図がある。サイラス個人を追い詰めても、絵の全体は見えない。


金属片も、改めて検分した。手のひらに乗るほどの大きさで、ずしりと重い。表面のあの文様は、指でなぞると、わずかに窪んでいるのが分かる。刻まれたのではなく、鋳込まれたものだ。作った者は、この模様に意味を持たせようとしていた。近くで目を凝らすと、一見ばらばらに見える線が、ある規則に従って繰り返されているのが見えてくる。設計図の一部、あるいは何らかの命令を符号に落とし込んだもの——鍵には、コードの構造に似た秩序を感じた。意味を持った配列が、そこにある。


ミナが首を傾けた。「この模様、何かに似てませんか。前に見た……古文書の一部みたいな」


「そう感じるか」鍵はミナを見た。「クロード、この重さと硬さ、既知の金属と一致するか」


「一致しません」クロードは即答した。「王国にも、私の知る帝国の鉱物にも、該当する素材がありません。少なくとも、いま大陸で作られているものではない、と判断します」


「今のものじゃない」鍵は繰り返した。文字どおり、古代の遺物。誰かが遠い昔に作り、そして長く忘れられていたものが、今、帝国の手で集められている。なぜ、今になって。なぜ、帝国が。その問いは机の上に並んだ証拠が生み出した問いで、まだ答えはなかった。


■2.資金の流れを辿る


「口を割らないなら、金の流れで詰める」


鍵はそう決めた。人は嘘をつくが、金は嘘をつかない。サイラスは昨夜から沈黙したままだ。表情は読めないが、目の奥が僅かに揺れている——何かを隠しているのではなく、何かを計算している目だ。観察記録を書けるほど丁寧な人間が、今さら言葉で崩れることはない。


サイラスの路銀と、これまで押さえた密輸ルートの決済記録を、クロードに突き合わせさせた。


「古代の遺物」を運ぶ荷には、必ず対価が支払われている。その支払いを、一つずつ遡る。小さな両替商をいくつも経由し、名義を変えながら、金の出所は次第に一点へ収束していった。


「巧妙です」クロードが言った。「支払いは、必ず三つ以上の両替商を経由しています。一つひとつを見れば、ただの商取引にしか見えません。ですが、日付と金額の端数を追うと、同じ資金が形を変えているのが分かります」


クロードが光の板を広げた。資金の流れを図にしたものだ。木の枝のように広がった線が、遡るほどに束ねられ、最後は一本になる。数字が並んでいるだけなのに、見ているだけで、巨大な意志の輪郭が浮かんでくる。


「端数が指紋になったか」鍵は感心した。金額をきりのいい数字にせず、半端な端数のまま動かす。それが逆に、同一の資金を追う手がかりになった。「隠すのが上手いやつほど、几帳面な癖が出る。きちんとしすぎる」


ミナが図に描かれた資金の流れを指でたどった。無数の枝分かれが、遡るほどに束ねられ、最後は一本の幹になる。その幹の根元に、帝国の紋章があった。


「支払いの元は、複数の商会を経由していますが」クロードが言った。「最終的に、帝国の官需——国家が物資を調達する際の資金枠から出ています。個人の財布ではありません」


ミナが息を呑んだ。「国が、お金を出してたってことですか。官の予算で」


「密輸という言葉も、正確ではないかもしれません」クロードが続けた。「帝国から見れば、これは国家事業です。記録を残さないように動いているのは、他国の目をはばかっているから——ということになります」


「そういうことだ」鍵は答えた。「密輸に見えて、実態は国家の調達事業だった。帝国が、大陸中から『古代の遺物』を、金を払って集めている。記録を消しながら」


ミナが図から目を離して、サイラスをちらりと見た。サイラスは相変わらず黙って床を見ている。その膝の上で、指がわずかに動いていた。詰められながらも何かを計算し続けている、そういう手の動きだ。ミナが鍵の耳元で小さく言った。「この人、恐くない。なんか、疲れて見える」


鍵も同じことを感じていた。金と信念のために動く者とは違う、ただ命じられたから動き続けている者の疲弊——長い時間をかけて蓄積した、静かな疲れがサイラスの全身に滲んでいた。


サイラスは黙って床を見ていた。だが、否定はしなかった。鍵はその沈黙を確認した。


「相手が国家なら、私人が追いかけていい話じゃない」鍵は続けた。「でも、王国に影響が出ているなら、それは別の話だ。東の国境の記録が消えているのは、この国の問題だ」


■3.一企業の手に余る


鍵はサイラスの前に、証拠を並べた紙を置いた。


金の流れの図。記録の改ざんのパターン。通行証の写し。そして、サイラスが運んでいた遺物の記録。並べると、ひとつひとつは断片に見えたものが、一枚の絵になる。大きな絵だ。一企業の手に余る、大きな絵。


「あんたが誰の指示で動いているか、もう言わなくていい。証拠が全部語ってる」鍵は静かに言った。「帝国が古代の遺物を集めている。俺のコード魔法を研究している。そのために、東の国境の記録を組織的に消してきた。——ここまでは、分かった」


サイラスは、ようやく口を開いた。


「分かって、どうする。あんたは一介の商売人だ。相手は帝国だぞ」


その通りだった。鍵は反論しなかった。


帝国は、大陸の東半分を支配する国家だ。軍も、官僚機構も、資金も、スケールが違う。鍵には、剣も魔法の力もない。クロードはいる。アリアはいる。ミナもいる。それが全てだ。AIカンパニーは、記録を整え、仕組みを作る会社だ。国と国の争いを裁く力はない。これは一企業の手に余る。


『でも、見なかったことにはできない。』


鍵は机の上の証拠を、もう一度ゆっくり眺めた。通行証、金の図、改ざんの記録、コードの写し。ひとつひとつを個別に見れば、どれも小さな事実だ。だが繋げると、国家が何年もかけて積み上げてきた事業の全貌が見えてくる。この規模のものを、知ってしまった。知ったからには、黙っていることも、選択の一つになる。選ばないことを選ぶ、という選択だ。鍵はその選択を、できなかった。


アリアが腕を組んだ。「鍵さん。どうするんですか、これ」


「俺たちが動くんじゃない」鍵は静かに答えた。「ただ、見えたものを、見えるべき人間に届ける。それが、俺たちにできることだ」


鍵はノートを閉じ、アリアを見た。


「王都に戻る。これは、宰相府に上げるべき話だ」


アリアが頷いた。ミナが荷をまとめ始める。サイラスは、何も言わなかった。連行するわけではないが、ここを去れる状況でもない——そのことを、サイラス自身も理解しているようだった。


「一つだけ聞かせてください」アリアがサイラスに向かって言った。「あなたは、帝国が何をしようとしているか、知っているんですか」


サイラスは答えなかった。だが、一瞬、目を伏せた。知っている者の目だ、と鍵は思った。


サイラスは黙って床を見た。目を伏せた顔に、答えを隠しているのか、それとも本当に知らないのか——どちらとも取れる沈黙だった。鍵はその表情を読もうとして、やめた。計算し続ける人間の顔は、気持ちを映さない。映しても意味がないと、そういう人間は身体で知っている。


だが、その支度の途中、会所の役人が慌てて駆け込んできた。息を切らし、外の光で逆光になりながら、一枚の書状を差し出す。


「王都から、早馬です。宰相府のフィルバート様から、緊急の——」


鍵は書状を受け取った。封を切ると、そこには、短くこう記されていた。


『帝国より、正式な使者が王都に到着した。貴社の代表との面会を求めている。至急、帰還されたし』


鍵は、その一文を二度読んだ。早馬が来るほどの緊急度。そして、使者が指名したのは、宰相府でも、国王でもなく——「貴社の代表」だ。


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