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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第33話 エルム編まとめ:アリアがCOOに就任します

■1.帰り道の馬車


エルムを出て、三時間が過ぎていた。


馬車の揺れはゆるやかで、車輪が石畳を刻む音だけが続いていた。窓の外には秋の農村が広がっている。刈り取りの終わった畑、遠くに見える収穫台、荷車を引く農夫の背中。エルムの喧騒が嘘のように、景色は静かだった。


アリアは窓に頬杖をついて、外を見ていた。


何かを考えているのか、それとも何も考えていないのか、鍵には判断がつかなかった。ただ、いつもの「話しかけてください」という空気ではなかった。エルムを出てからずっとそうだった。


ミナは向かいの座席に座り、帳簿を読んでいた。読む、というよりは確認していた。数字を指でなぞりながら、何か書き込んでは消す、その繰り返し。


「共通フォーマット、完全に定着するまで半年はかかると思います」


ミナが独り言のように言った。顔を上げずに。


「エルム支社のテオが定期レポートを送ってくれる手はずになっています。月一回、最初は週一回でもいいかもしれません」


「週一でいこう」と鍵は言った。「最初の三ヶ月は密にやる」


「了解です」


ミナは帳簿に何かを書き込んだ。


クロードは馬車の隅に静かに座っていた。正確には「座る」という表現が合っているかどうかわからない。ただそこにいた。目を閉じているようにも見えたが、鍵が何か言えばすぐに反応することは知っていた。


鍵はノートを開き、エルム編の仕事を振り返り始めた。


最初の依頼は「七商会のデータ対立を整理してほしい」だった。それが気がつけば、共通フォーマットの設計になり、テオの支社長就任になり、アリアと父ソルの関係の話になった。業務改革というのはいつもそういうものだ。表の課題を解いていくと、裏に別の問題が見えてくる。


そしてアリアが、ここで育った子どもだったということも。


鍵は窓の外を見た。アリアがまだ同じ方向を見ていた。


「……ご苦労だった」


静かに言った。


アリアは少し間を置いてから、こちらを見た。


「何がですか」


「エルムでのこと、全部」


アリアは何も言わなかった。また窓の外に視線を戻した。でも、そのまぶたが少し動いたのを、鍵は見ていた。



■2.COOの提案


王都まであと一時間というあたりで、鍵はノートを閉じた。


「アリア、ひとつ話がある」


「はい」


アリアが窓から顔を向けた。話しかけていい空気になってきていた。


「正式に役職をつけたい」


「役職?」


「そう。会社として動いていくなら、誰がどの権限を持っているか明確にする必要がある。今はまだ全部あいまいだ。俺が決めて、お前が動いて、クロードが実行して——その構造を、ちゃんと文書にしたい」


アリアはすこし首を傾げた。


「私に、どんな役職をつけるんですか」


「COO」


「……コオ?」


「最高執行責任者。Chief Operating Officer。長いから略してCOOだ」


ミナが帳簿から顔を上げた。珍しい。


「どういう意味ですか、具体的に」


鍵は少し考えて、言葉を選んだ。


「俺が会社の方向を決める。どこに向かうか、何をやるか、誰と組むか、そういうことだ。でもそれを実際に動かすのはお前の仕事になる。依頼の受け付け、案件の進行管理、メンバーの指示系統、支社との連絡、契約の管理——全部だ。俺が『やる』と決めたことを、お前が『実行できる形にする』」


「……つまり、私が会社を回すということですか」


「そういうことだ」


アリアはしばらく黙って、馬車の天井を見た。


「私がですか」ともう一度言った。「私で、いいんですか」


「お前しかいない」


それだけ言った。余分なことは言わなかった。


アリアはまた少し黙った。馬車が小さな橋を渡り、水音がした。


「……わかりました。やります」


あっさりとした返事だった。


ミナが「おめでとうございます」と言った。これも珍しかった。帳簿を一度閉じて、アリアに向かってそう言った。


クロードが目を開けた。


「COOの権限範囲について、後ほど文書化が必要です」


「今からやる」と鍵は言った。「ちょうどいい時間がある」



■3.組織図を作る


「まず、組織図というものを説明する」


鍵はノートを開いた。馬車が揺れるたびに文字がぶれるので、太めに書くことにした。


「会社に誰がいて、誰が誰の上に立っているか、それを絵にしたものだ。箱と線で表す。見れば誰でも構造がわかる」


「箱と線?」


アリアが身を乗り出してきた。ミナも帳簿を膝に置いて覗き込んでいる。


鍵はノートの中央に四角を描き、中に「鍵(代表)」と書いた。


「まず俺がここ。会社の一番上だ」


その下に線を一本引き、また四角を描いて「アリア(COO)」と書いた。


「お前がここ。俺の下に直接つながる」


「なるほど」


「で、アリアの下に、それぞれの担当がぶら下がる形になる」


「私はどこですか」とミナが言った。


静かだったが、明確な質問だった。


「ミナはデータ担当だ。アリアの下につく」


「データ担当というのは、どう表しますか」


「そのまま書けばいい。『データアナリスト・ミナ』」


ミナは少し考えてから頷いた。不満があるのかないのか、表情では読めなかった。


「テオは?」とアリアが聞いた。


「エルム支社長。これもアリアの下だ。支社だから少し横に出す」


鍵は線を枝分かれさせて、テオの箱を書いた。ついでにその下に「エルム支社」と書き込んだ。


「では」とクロードが言った。


全員がクロードを見た。


「私の位置は、どこになりますか」


馬車の中に妙な間が生まれた。


「……クロードをどこに置くか」鍵は少し迷った。「お前は俺の指示で動くが、アリアの指示でも動く。それ以上に、全員をサポートする立場でもある」


「つまり、組織図に収まりません」


「そういうことになる」


クロードがわずかに首を傾けた。人間で言えば「うーん」という顔に相当するかもしれない。


「では、どう表記しますか」


「特別枠だ。『技術精霊・クロード』として、箱の外に横から矢印で入れる。全員に横断的につながる形にしよう」


「横断的」とクロードが繰り返した。「わかりました。その表記で問題ありません」


「良かったね、クロード。特別枠だよ」とアリアが言った。


「特別枠であることと、地位が高いことは必ずしも一致しません」


「わかってる。でも良かったと思う」


クロードは何も言わなかった。少し沈黙した後、「……そうですね」と言った。


ミナが「この組織図、正式な文書として発行するんですか」と言った。


「そうしたい。羊皮紙に清書して、全員が署名する」


「全員が、ですか」


「全員だ。テオには後で送る。クロードは……署名できるか?」


クロードが一瞬だけ止まった。


「試みたことがありません。ただ、指示があれば実行します」


「やってみよう」


アリアが「私も初めて会社の文書に署名します」と言った。声が少し、柔らかかった。



■4.文書化と発効


王都に着く少し前、鍵は清書を終えた。


馬車の揺れと戦いながら書いた割には、ちゃんと読める文字になっていた。ノートから一枚破って、正式な組織図として書き直す。羊皮紙ではないが、今はこれが精一杯だ。


全員の名前を書き込んだ最終版を読み上げた。


「代表・鍵。COO・アリア。技術精霊・クロード。エルム支社長・テオ。データアナリスト・ミナ」


「五人ですね」とミナが言った。


「五人だ」


「起業して五人体制になるまでの話は、普通もう少しかかると思いますが」


「普通とは比べない」


ミナはそれきり何も言わなかった。帳簿に戻ることもなく、ただ窓の外を見ていた。それが、ミナなりの感慨の示し方なのかもしれない、と鍵は思った。


「署名を」


鍵が最初に書いた。続いてアリアが、少し丁寧すぎるくらい丁寧な字で書いた。ミナが書いた。几帳面な小さい字だった。


クロードの番になった。


クロードは指先を文書に近づけた。接触した瞬間、かすかな光が走り、文字が現れた。手書きとも印刷とも違う、光が固まったような字だった。「クロード」とある。


「できるじゃないか」


「試みたことがなかっただけです」とクロードは言った。「実行を試みれば、できることは多いです」


鍵はその文書を手に取り、もう一度眺めた。


「完成だ」


「組織定義、完了しました」


クロードの声は静かで、いつも通りだった。でも、それだけを言って、あとは何も付け加えなかった。そのシンプルさが、なぜか今日は重く聞こえた。


アリアが文書を受け取り、じっと見た。


「……これ」


しばらく間があった。


「テオに見せてあげたい」


「見せよう」


「エルムに送りましょう」アリアは続けた。「次の定期便に同封できます。ミナ、スケジュール確認できますか」


「三日後の荷便があります」


「それで送ります」


鍵は頷いた。


「早速COOの仕事をしているな」


アリアは少し笑った。エルムを出てから初めて見た笑顔だった。


「そうですね」と彼女は言った。「なってしまったので、やります」



■5.次のArcへ


馬車が速度を落とした。


王都の外壁が見えてきた。石造りの巨大な門、その前に並ぶ検問の兵士たち、通行を待つ商人の列。見慣れた光景だが、エルムから帰ってくるたびに、ここが拠点なのだと確認させられる気がする。


「一つご報告があります」


ミナが帳簿を閉じて言った。


「エルム滞在中に預かっていた文書です。王都到着後に開封するよう指示があったので、今日まで保留していました」


「何だ」


「農業大国ヴェルトから手紙が来ています」


馬車の中が静かになった。


アリアが「ヴェルト?」と言った。「穀物の国ですか」


「大陸最大の穀倉地帯です」とミナが言った。「ここ数年、収穫量の変動が激しいと聞いています。内容は——」


「読もう」


「今ですか」


「今だ」


ミナは帳簿の間から一枚の封書を取り出した。質素だが、封蝋には見慣れない紋章が入っている。大地と麦穂を組み合わせたような印だった。


鍵はそれを受け取り、封を開けた。


中の文字を読んだ。短い文書だった。それでも、読み終わったとき、次にやるべきことの輪郭が見えた。


「……農業の問題で困っているらしい。力を貸してほしい、と」


「何の話ですか」とアリアが言った。


「次の仕事だ」


ミナが小さなノートを取り出し、ペンを構えた。COOになる前と変わらない動作だが、少し早かった。


クロードが静かに目を開けた。


「新しい案件の定義が必要ですか」


「もう少し待て。読んでから整理する」


「了解です」


馬車がゆっくりと動き始め、門の検問に向かって列に入った。石畳の音が変わった。王都の中に入る音。エルムを出発してから数時間、ここに戻ってくる。


「……ヴェルト、行くんですか」とアリアが言った。


「行くことになると思う」


「遠いですよ。山を越えます」


「知ってる」


アリアは少し考えてから言った。「では、準備します。COOとして」


「頼む」


門が開いた。馬車が王都の石畳に入る。


空は夕方の色に変わっていた。エルムのまちがどこかに消え、王都の屋根並みが両側に立ち並ぶ。喧騒が戻ってくる。人の声、市場の音、鐘の音。


鍵はヴェルトからの手紙をもう一度折りたたみ、ノートに挟んだ。


AIカンパニー、Arc4始動。


次は農業だ。


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