第24話 ギルドと正式提携します
■1.招集
封蝋が押されていた。
それも、冒険者ギルドの紋章——盾と剣が交差した、ヴァリアス王都でもっとも権威ある印章だった。
「これは……本物ですか」
アリアが封筒を両手で持ち、まじまじと見つめた。裏返してもう一度確認する。そしてまた表を見る。
「二度も確認してるぞ」
「だって」アリアが顔を上げた。「ガルド・ギルドマスターからの正式招待状ですよ。三週間前まで私たちを取りつぶそうとしていた人が」
「まあ、そうだな」
鍵は自分のカップに茶を注ぎながら言った。テオが封筒を横から覗き込んで、「僕も読んでいいですか」と聞く。アリアが無言で渡すと、テオは一行読んで目を丸くした。
「会議室に招く、って書いてありますね。幹部も同席するって」
「クロード」鍵は呼んだ。「この招待状の文章、分析してくれるか」
卓上の魔法石が淡く光り、クロードの声が静かに広がった。
「確認しました。正式な招集形式に則っています。ただし、議題は『協議』とのみ記載があり、具体的な内容の開示はありません。先方が交渉の主導権を持つ形式です」
「つまり、向こうが話したいことがある」
「はい。受け身で臨む形になります」
アリアが封筒をテーブルに置いた。
「行きますか」
「行く」鍵はカップを置いた。「全員で」
午後の陽光が窓から差し込むなか、AIカンパニーの四人——鍵、アリア、テオ、クロード——は王都北街区のギルド本部へ向かった。道の途中、セリアが合流した。前日に使者から連絡を受けていたという。「証人として同席してほしいと言われました」と彼女は言い、少しだけ複雑な顔をした。
「セリアさんも招かれていたんですね」テオが言う。
「ガルドは手続きを省かない人です。公正な場にするということでしょう」
ギルド本部の石造りの建物は、王都でも古い部類に入る。彫刻の施された正門を抜けると、受付の職員が待ち構えていた。「お待ちしておりました」と頭を下げ、奥の廊下へと案内する。
■2.ガルドの提案
会議室の扉は重かった。
分厚い木製の扉を開けると、長テーブルの向こうにギルドの幹部たちが並んでいた。四人。全員が礼服に近い装いで、表情は一様に硬い。そして上座に、ガルドがいた。
白髪を短く刈り込み、皺の深い顔に、あの鋭い目。先月、孫のライラを前にして初めて「礼を言う」と言った人間とは思えないほど、今日は威厳に満ちていた。
「来たか」
声は低く、短い。
「はい」鍵は答えた。「お招きいただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶は要らん。座れ」
五人は向かいの席に腰を下ろした。セリアは端の席に座り、羊皮紙とペンを準備する。
ガルドは正面を向いたまま、腕を組んだ。
「単刀直入に言う。コード魔法禁止令の動議を取り下げる」
アリアの息を飲む音が聞こえた。テオが隣で小さく「え」と言う。
ガルドは続けた。
「先月から、若手の職員たちがうるさくてな」
「コード魔法のことですか」鍵が聞く。
「そうだ」ガルドは苦い顔をした。「業務効率化の実績を聞いてからというもの、『学びたい』『見てみたい』と言い出す者が後を絶たん。魔法理論研究室の若手三人に至っては、独自に実験を始めたと報告が上がってきた」
幹部のひとりが、テーブルの上の書類を押しながら補足する。
「先月だけで、ギルド内の問い合わせが十四件。職員の自主研究申請が六件。ギルドマスターへの直訴が二件ございました」
「二件は多いな」テオが呟く。
「黙ってろ」アリアが肘で押す。
ガルドは低く喉を鳴らした。
「わしは長年、新しい魔法を管理してきた。野放図に広まれば何が起きるか、わかっているつもりだ。コード魔法への懸念は今も変わっておらん」
「はい」鍵は相槌を打った。
「だが」ガルドが目を上げた。「時代が変わった、と認めないわけにはいかん。わしがどう思おうと、若い連中は動いている。それを頭から押さえつけるのは、ギルドの役目ではない」
重い沈黙があった。
セリアがペンを走らせる音だけが続いた。
「わしが間違っていたとは言わん」ガルドは静かに、しかしはっきりと言った。「ただ、わしひとりの判断でこの技術を封じることはできん。そういうことだ」
鍵はテーブルの上で手を組み、ガルドを見た。
「わかりました」と言った。「では、一緒にやれることをやりましょう」
ガルドが眉を動かした。何か言いたそうにして、しかし黙った。幹部のひとりが「具体的な提案を伺いたい」と言ったので、アリアが書類を取り出した。
■3.協定の内容
「こちらが私どもの案です」
アリアが三枚の羊皮紙を並べた。
「三つの柱で考えています。第一が、コード魔法の共同研究。私たちが実用事例を提供し、ギルドが魔法理論の観点から安全性と体系化を担う」
幹部のひとりが書類を手に取った。「共同研究、というのは具体的に?」
「月に一度、研究報告会を開く形を提案しています。互いの知見を持ち寄って、記録として残す」
「第二が」アリアは次の紙を指した。「ギルドへの技術共有です。希望する職員への講習を定期的に実施する。ただし、参加資格と教育内容は私どもとギルドが共同で決める」
「管理はこちらも関与する、ということか」ガルドが言う。
「そうです。野放図にはしない。でも、閉じてもいない」
短い間があった。
「第三は」アリアが続ける。「ギルドが保有する魔法理論書のデータ化です。クロードに解析させれば、現在手作業で検索している膨大な文献へのアクセスが改善できます。これはギルドにとっても利益があると考えています」
「文献の外部持ち出しは認められん」幹部のひとりが言う。
「持ち出しは必要ありません」セリアが口を開いた。「ギルド内の作業室をお借りできれば、その場で処理します。原本はギルドの管理下に置いたまま」
幹部たちが顔を見合わせた。
「セリア殿が仲立ちをされるということか」
「証人として、必要であれば。ただ、これは両者の直接の協定です。私は立場上、適切に進められるかどうかを見届けるつもりでいます」
ガルドが低く唸った。
「データ化の優先順位は?」
「ギルドに決めていただいて構いません」鍵が答えた。「こちらは対応するだけです。使いたい文献から始めていただければ、実用性も確認しやすい」
「魔法石への負荷は?」
「クロード」鍵が呼ぶと、テーブルの端の魔法石が光った。
「現在の推定では、文献一冊あたりの処理時間は約二十分です。並列処理も可能なため、作業室に魔法石を複数設置いただければ、効率は上がります。ただし、机上の試算ですので実測値は別途確認が必要です」
幹部のひとりが何かを書き留める。
ガルドは長い間、書類を見つめていた。それから顔を上げ、鍵を見た。
「条件がひとつある」
「どうぞ」
「共同研究の成果は、ギルドと貴社の連名で記録する。どちらかの独占にはしない」
「それは当然です」鍵は言った。「最初からそのつもりでした」
ガルドの顔から、何かが少しだけ抜けた。険しさが、わずかに薄まった。それだけだったが、アリアが隣で息をついたのが伝わってきた。
■4.署名と乾杯
新しい羊皮紙が用意された。
セリアが内容を読み上げ、アリアが細部を確認した。二箇所、表現を修正した。ガルドがそれを読んで黙って頷く。幹部たちが順番に目を通す。
「よかろう」
ガルドがそう言い、インク壺と羽根ペンが上座に運ばれた。
彼はゆっくりとペンを取り、紙の一番上に名を記した。流れるような、しかし重みのある署名だった。
「次は貴社だ」
ペンが鍵に渡された。鍵は一度書類を読んで、署名した。アリアがそのとなりに副署する。セリアが証人欄に名を入れる。
「完了しました」クロードが言った。「協定の定義が確定しました。記録を保存します」
「魔法石が勝手に記録するのか」幹部のひとりが驚いたように言う。
「指示があれば」とクロードは答えた。「ただし、今回は主の許可を受けています」
「変な精霊だ」とガルドが言った。悪口ではなく、感想として言った。
鍵はペンを置いた。
ガルドが席を立った。鍵も立つ。
ガルドは手を差し出した。その手は大きく、節くれだっていた。長年の冒険者ギルド運営と、その前の実働の年月が刻まれた手だった。
「わしはまだお前のやり方が好きではない」
ガルドははっきりと言った。目はまっすぐに鍵を見ていた。
「それは覚えておきます」鍵は答えた。
「だが、使い道はある。そう判断した」
「ありがとうございます」
握手した。
アリアが隣で小さく目を細めた。テオはそれを見て、少し考えてから手を挙げた。
「あの、一つ聞いていいですか」
ガルドが視線を向ける。
「こういうとき、乾杯するんですよね?」テオは真剣な顔で聞いた。「正式な取り決めが成立したときって、お祝いの席を設けるのが習慣じゃないですか。ギルドの慣例として」
幹部のひとりが「まあ、儀礼としては……」と言いかけた。
ガルドが低い声で「用意させろ」と言った。
五分後、テーブルの上には果実酒の入ったグラスが並んでいた。ガルドが自分のグラスを持ち、対面の五人を見た。
「わしはこういうのは好かん」
「でも乾杯してくださるんですね」とテオが嬉しそうに言う。
「うるさい」
グラスが持ち上がった。幹部たちも、鍵たちも、セリアも。
ガルドは何も言わなかった。ただグラスを掲げ、かちりと当てた。
乾いた音が、石造りの会議室に響いた。
アリアが小さく笑った。テオが「おいしい」と言った。セリアがまた書き留めた——何を書いたのかは、聞かなかった。
帰り道、鍵は夕暮れの王都を歩きながら、クロードに聞いた。
「今日の件、どう評価する」
「定義の観点からは、良好な出発点です」クロードは答えた。「ただ、協定が価値を持つのは実行されてからです」
「そうだな」
「一点、記録に残しておきますか」
「何を」
「ガルド・ギルドマスターが最初に署名を入れました。先方の提案でありながら、主導して手続きを進めた。それは誠実さの表れとして評価できます」
鍵は少し考えて、言った。
「記録しておいてくれ」
石畳の道を、五人は並んで歩いた。空は橙と紺の境目で、遠くに王城の塔が見えた。
AIカンパニーとギルドの、共存の第一歩——それは紙の上に書かれた言葉ではなく、重い扉を押して会議室に入ったあの瞬間から、すでに始まっていたのかもしれない。
(第25話へつづく)
第24話|ギルドと正式提携します
■1.招集
封蝋が押されていた。
それも、冒険者ギルドの紋章——盾と剣が交差した、ヴァリアス王都でもっとも権威ある印章だった。
「これは……本物ですか」
アリアが封筒を両手で持ち、まじまじと見つめた。裏返してもう一度確認する。そしてまた表を見る。
「二度も確認してるぞ」
「だって」アリアが顔を上げた。「ガルド・ギルドマスターからの正式招待状ですよ。三週間前まで私たちを取りつぶそうとしていた人が」
「まあ、そうだな」
鍵は自分のカップに茶を注ぎながら言った。テオが封筒を横から覗き込んで、「僕も読んでいいですか」と聞く。アリアが無言で渡すと、テオは一行読んで目を丸くした。
「会議室に招く、って書いてありますね。幹部も同席するって」
「クロード」鍵は呼んだ。「この招待状の文章、分析してくれるか」
卓上の魔法石が淡く光り、クロードの声が静かに広がった。
「確認しました。正式な招集形式に則っています。ただし、議題は『協議』とのみ記載があり、具体的な内容の開示はありません。先方が交渉の主導権を持つ形式です」
「つまり、向こうが話したいことがある」
「はい。受け身で臨む形になります」
アリアが封筒をテーブルに置いた。
「行きますか」
「行く」鍵はカップを置いた。「全員で」
午後の陽光が窓から差し込むなか、AIカンパニーの四人——鍵、アリア、テオ、クロード——は王都北街区のギルド本部へ向かった。道の途中、セリアが合流した。前日に使者から連絡を受けていたという。「証人として同席してほしいと言われました」と彼女は言い、少しだけ複雑な顔をした。
「セリアさんも招かれていたんですね」テオが言う。
「ガルドは手続きを省かない人です。公正な場にするということでしょう」
ギルド本部の石造りの建物は、王都でも古い部類に入る。彫刻の施された正門を抜けると、受付の職員が待ち構えていた。「お待ちしておりました」と頭を下げ、奥の廊下へと案内する。
■2.ガルドの提案
会議室の扉は重かった。
分厚い木製の扉を開けると、長テーブルの向こうにギルドの幹部たちが並んでいた。四人。全員が礼服に近い装いで、表情は一様に硬い。そして上座に、ガルドがいた。
白髪を短く刈り込み、皺の深い顔に、あの鋭い目。先月、孫のライラを前にして初めて「礼を言う」と言った人間とは思えないほど、今日は威厳に満ちていた。
「来たか」
声は低く、短い。
「はい」鍵は答えた。「お招きいただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶は要らん。座れ」
五人は向かいの席に腰を下ろした。セリアは端の席に座り、羊皮紙とペンを準備する。
ガルドは正面を向いたまま、腕を組んだ。
「単刀直入に言う。コード魔法禁止令の動議を取り下げる」
アリアの息を飲む音が聞こえた。テオが隣で小さく「え」と言う。
ガルドは続けた。
「先月から、若手の職員たちがうるさくてな」
「コード魔法のことですか」鍵が聞く。
「そうだ」ガルドは苦い顔をした。「業務効率化の実績を聞いてからというもの、『学びたい』『見てみたい』と言い出す者が後を絶たん。魔法理論研究室の若手三人に至っては、独自に実験を始めたと報告が上がってきた」
幹部のひとりが、テーブルの上の書類を押しながら補足する。
「先月だけで、ギルド内の問い合わせが十四件。職員の自主研究申請が六件。ギルドマスターへの直訴が二件ございました」
「二件は多いな」テオが呟く。
「黙ってろ」アリアが肘で押す。
ガルドは低く喉を鳴らした。
「わしは長年、新しい魔法を管理してきた。野放図に広まれば何が起きるか、わかっているつもりだ。コード魔法への懸念は今も変わっておらん」
「はい」鍵は相槌を打った。
「だが」ガルドが目を上げた。「時代が変わった、と認めないわけにはいかん。わしがどう思おうと、若い連中は動いている。それを頭から押さえつけるのは、ギルドの役目ではない」
重い沈黙があった。
セリアがペンを走らせる音だけが続いた。
「わしが間違っていたとは言わん」ガルドは静かに、しかしはっきりと言った。「ただ、わしひとりの判断でこの技術を封じることはできん。そういうことだ」
鍵はテーブルの上で手を組み、ガルドを見た。
「わかりました」と言った。「では、一緒にやれることをやりましょう」
ガルドが眉を動かした。何か言いたそうにして、しかし黙った。幹部のひとりが「具体的な提案を伺いたい」と言ったので、アリアが書類を取り出した。
■3.協定の内容
「こちらが私どもの案です」
アリアが三枚の羊皮紙を並べた。
「三つの柱で考えています。第一が、コード魔法の共同研究。私たちが実用事例を提供し、ギルドが魔法理論の観点から安全性と体系化を担う」
幹部のひとりが書類を手に取った。「共同研究、というのは具体的に?」
「月に一度、研究報告会を開く形を提案しています。互いの知見を持ち寄って、記録として残す」
「第二が」アリアは次の紙を指した。「ギルドへの技術共有です。希望する職員への講習を定期的に実施する。ただし、参加資格と教育内容は私どもとギルドが共同で決める」
「管理はこちらも関与する、ということか」ガルドが言う。
「そうです。野放図にはしない。でも、閉じてもいない」
短い間があった。
「第三は」アリアが続ける。「ギルドが保有する魔法理論書のデータ化です。クロードに解析させれば、現在手作業で検索している膨大な文献へのアクセスが改善できます。これはギルドにとっても利益があると考えています」
「文献の外部持ち出しは認められん」幹部のひとりが言う。
「持ち出しは必要ありません」セリアが口を開いた。「ギルド内の作業室をお借りできれば、その場で処理します。原本はギルドの管理下に置いたまま」
幹部たちが顔を見合わせた。
「セリア殿が仲立ちをされるということか」
「証人として、必要であれば。ただ、これは両者の直接の協定です。私は立場上、適切に進められるかどうかを見届けるつもりでいます」
ガルドが低く唸った。
「データ化の優先順位は?」
「ギルドに決めていただいて構いません」鍵が答えた。「こちらは対応するだけです。使いたい文献から始めていただければ、実用性も確認しやすい」
「魔法石への負荷は?」
「クロード」鍵が呼ぶと、テーブルの端の魔法石が光った。
「現在の推定では、文献一冊あたりの処理時間は約二十分です。並列処理も可能なため、作業室に魔法石を複数設置いただければ、効率は上がります。ただし、机上の試算ですので実測値は別途確認が必要です」
幹部のひとりが何かを書き留める。
ガルドは長い間、書類を見つめていた。それから顔を上げ、鍵を見た。
「条件がひとつある」
「どうぞ」
「共同研究の成果は、ギルドと貴社の連名で記録する。どちらかの独占にはしない」
「それは当然です」鍵は言った。「最初からそのつもりでした」
ガルドの顔から、何かが少しだけ抜けた。険しさが、わずかに薄まった。それだけだったが、アリアが隣で息をついたのが伝わってきた。
■4.署名と乾杯
新しい羊皮紙が用意された。
セリアが内容を読み上げ、アリアが細部を確認した。二箇所、表現を修正した。ガルドがそれを読んで黙って頷く。幹部たちが順番に目を通す。
「よかろう」
ガルドがそう言い、インク壺と羽根ペンが上座に運ばれた。
彼はゆっくりとペンを取り、紙の一番上に名を記した。流れるような、しかし重みのある署名だった。
「次は貴社だ」
ペンが鍵に渡された。鍵は一度書類を読んで、署名した。アリアがそのとなりに副署する。セリアが証人欄に名を入れる。
「完了しました」クロードが言った。「協定の定義が確定しました。記録を保存します」
「魔法石が勝手に記録するのか」幹部のひとりが驚いたように言う。
「指示があれば」とクロードは答えた。「ただし、今回は主の許可を受けています」
「変な精霊だ」とガルドが言った。悪口ではなく、感想として言った。
鍵はペンを置いた。
ガルドが席を立った。鍵も立つ。
ガルドは手を差し出した。その手は大きく、節くれだっていた。長年の冒険者ギルド運営と、その前の実働の年月が刻まれた手だった。
「わしはまだお前のやり方が好きではない」
ガルドははっきりと言った。目はまっすぐに鍵を見ていた。
「それは覚えておきます」鍵は答えた。
「だが、使い道はある。そう判断した」
「ありがとうございます」
握手した。
アリアが隣で小さく目を細めた。テオはそれを見て、少し考えてから手を挙げた。
「あの、一つ聞いていいですか」
ガルドが視線を向ける。
「こういうとき、乾杯するんですよね?」テオは真剣な顔で聞いた。「正式な取り決めが成立したときって、お祝いの席を設けるのが習慣じゃないですか。ギルドの慣例として」
幹部のひとりが「まあ、儀礼としては……」と言いかけた。
ガルドが低い声で「用意させろ」と言った。
五分後、テーブルの上には果実酒の入ったグラスが並んでいた。ガルドが自分のグラスを持ち、対面の五人を見た。
「わしはこういうのは好かん」
「でも乾杯してくださるんですね」とテオが嬉しそうに言う。
「うるさい」
グラスが持ち上がった。幹部たちも、鍵たちも、セリアも。
ガルドは何も言わなかった。ただグラスを掲げ、かちりと当てた。
乾いた音が、石造りの会議室に響いた。
アリアが小さく笑った。テオが「おいしい」と言った。セリアがまた書き留めた——何を書いたのかは、聞かなかった。
帰り道、鍵は夕暮れの王都を歩きながら、クロードに聞いた。
「今日の件、どう評価する」
「定義の観点からは、良好な出発点です」クロードは答えた。「ただ、協定が価値を持つのは実行されてからです」
「そうだな」
「一点、記録に残しておきますか」
「何を」
「ガルド・ギルドマスターが最初に署名を入れました。先方の提案でありながら、主導して手続きを進めた。それは誠実さの表れとして評価できます」
鍵は少し考えて、言った。
「記録しておいてくれ」
石畳の道を、五人は並んで歩いた。空は橙と紺の境目で、遠くに王城の塔が見えた。
AIカンパニーとギルドの、共存の第一歩——それは紙の上に書かれた言葉ではなく、重い扉を押して会議室に入ったあの瞬間から、すでに始まっていたのかもしれない。
(第25話へつづく)
面白いと思ったらブックマーク・評価をいただけると励みになります!




