6-7.たかし忌 (急性骨髄性白血病・ハプロ移植編)
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
7月7日
それは私にとって、大事で大切な日の一つ。別に七夕だからではない。そんな楽しい日じゃない。とっても悲しい日である。
悲しい日は1年で3回ある。4月のママの命日、12月のかのんの命日、そして今日がたかしにいちゃんの命日である。
たかしにいちゃんは2年前の今日、天国に行った。たかしにいちゃんと遊べたのはたったの3ヶ月ちょっと。だけど、私にとってその3ヶ月も、たかしにいちゃんの思い出もとても特別な思い出。
たかしにいちゃんは私が院内学級に入学したとき、2年生だった。つまり、一つ上のお兄ちゃん。自分も重い病気で、つらかったんだろうけど、そんなこと人には見せずに明るく振舞い、みんなを励ましていた。とくにかのんと美鈴と私には優しかった。
ここに1枚の写真がある。4人で写っている写真だ。たった一枚の写真。冬ちゃんが撮ってくれた写真。この中で今、元気なのは私だけ。二人は天国へ。もうひとりは二人に呼ばれている。
たかしにいちゃんの家はもうこの街にない。隣町に引っ越してしまった。この街から電車で1駅のところである。
たかし母:「舞ちゃん、よく来てくれました。ささ、上がってください。今まで、たかしのクラスの子が来てたんですよ。ちょうど入れ違いになっちゃいましたね。」
たかしにいちゃんの同級生の子たちは良く知らない。それに、共通の思い出があるわけではない。だから実は誰もいないこの時間を狙ってきている。
舞 :「お邪魔します。これ、お土産です。たかしにいちゃんが好きだったイチゴ大福。」
たかし母:「あらあら、そんな気を使わなくてもいいのに。舞ちゃん、ずいぶんしっかりさんになりましたね~。今は3年生?」
舞 :「はい。もう、来年は10歳です。1/2成人式です。」
たかし母:「たかしよりもお姉ちゃんになったんだよね。」
たかし母がしんみりという。
舞 :「でも、たかしにいちゃんにまだまだ追いつけないです。今、思っても、あんなに他人のこと思いやれる人いないです。私たち3人どんなに勇気付けられたかわかりません。」
3人とは美鈴、かのん、そして私だ。
たかし母:「ほんとうにあの子は思いやりのある優しいいい子でした。親の私たちにも、心配かけまいと気を使ってくれました。自分の苦しさなんて表に出さないで。私たちがもっと早く気づいていれば助かったかも知れないのに。」
たかし母は泣き出してしまった。
舞 :「そんなにご自分を責めないでください。たかしにいちゃんの病気はどうしようもなかったです。早く気づいても... 運命という言葉はあまり好きではないですが、本当にどうしようもなかったです。」
たかしにいちゃんは脳腫瘍だった。しかもその腫瘍は脳幹にできてしまい、薬もきかず手術もできない場所だった。
舞 :「でも、たった3ヶ月ですが、私はたかし兄ちゃんと会えて本当に良かったです。いっぱい教わって。いっぱい勇気付けられて。とてもつらかった3か月ですが、一番充実した時期でした。」
たかし母:「ありがとう。あの子はなんのために生まれてきたのかと自分でも思うことがあるのですが、舞ちゃんの話を聞くとあの子がここに生きているって感じて、そして、あの子が生きたことによって人の人生に良い影響を与えたと聞くと、良かったと思います。」
舞 :「ええ、たかしにいちゃんは私の胸の中で生きています。本当に会えてよかったです。」
たかし母:「ううう....」
ちょっといたたまれなくなった。
舞 :「あの、たかしにいちゃんにお線香あげてもいいですか?」
たかし母:「ああ、ごめんなさい。どうぞどうぞ。こちらです。」
仏壇の前に案内された。仏壇の前に座り、たかしにいちゃんに祈った。
今日は梅雨の晴れ間で本当に夏のような暑さ。暑さのせいで、目じりから汗が流れている。
仏壇とお母さんにお辞儀をする。
たかし母:「美鈴ちゃんは元気?」
舞 :「ええ、元気ですよ。結構忙しいみたいで今年はいけないからよろしくって伝言預かってまいりました。」
何も本当のことを言う必要はない。心配かけるだけだ。本当は再発して、治療の副作用で、食べ物をうけつけず、嘔吐に苦しみ、熱にうなされ、背中が痛くて夜寝れない日々をおくっている。でもそんなこと話してもしょうがない。
たかし母:「そう、よかった。たかしの元にはかのんちゃんがいるから、舞ちゃんや美鈴ちゃんには元気でいて欲しいわ。」
そうよ。たかし兄ちゃん。かのんがいるんだから美鈴は持ってかないで。お願いよ。私をひとりにしないで。
舞 :「そういえば、たかしにいちゃんていろいろおとぎ話を自分で創作していたけど、どうやって作ってたんでしょう。今思うとあの発想力というのでしょうか、とっても不思議です。」
話題を思い出話に振った。今の現実の話はしたくない。
たかし母:「私も不思議に思っています。ええ、今も。あの子は、突然のように頭に浮かぶって言ってました。神がかるというんでしょうか。一気に書き上げるんです。」
舞 :「へ~。そうだったんですか。確かに、病室に閉じこもったなと思うと一気に書き上げてたような気がします。」
たかし母:「特に、『黒猫ニャーゴ』と『トリックエンジェル』がそうだったんです。朝起きたら、食べるものも食べずに一気に書き上げてたんです。まるで、消える前のロウソクのように。」
舞 :「...」
たかし母:「そういえば不思議なことを言ってました。『女の子が夢にでてきて教えてくれるんだ。その子が物語といたずらを教えてくれる』って。」
舞 :「不思議な話もあるんですね。」
たかし母:「あのこは最後までその子に会いたがってました。」
舞 :「夢の女の子に会いたいか。ちょっと妬けますね。きっと神様か天使ですね。今ごろ天国でその子に会って、また、いっぱいお話作ってますよ。」
やだ、自分で言ってて涙が出てきちゃった。
たかし母:「ええ、きっとそうですね。」
たかしにいちゃんのお母さんが涙ぐむ。
舞 :「あ、お約束の物語の朗読。聞いてくれますか?」
たかし母:「ええ、もちろん。」
私は「桜祭り」の話をした。「トリックエンジェル」は今のお母さんには酷すぎると思ったからだ。
読み終わった後、調子に乗って今の院内学級の話をしてしまった。
舞 :「そういえば、今、院内学級に変な子がきていて、やっぱり物語を読むんですよ。この前はビッグフロッグって物語だったんです。いたずら魔法使いが大きな蛙を召喚して学校をパニックに陥れるんです。」
たかし母の顔が「えっ」となった。
たかし母:「その話、たかしから聞いたことあります。今度、そういう話をつくろうって考えてるって。やっぱり、夢で女の子が話してくれたって。」
舞 :「不思議な話もあるんですね。」
なんだろう。胸がざわざわする。何か重大なことに気づいていない感じだ。「夢の女の子」また、ひとつわかんないことが出てきた。
思い出話が終わり、また、来年くる約束をしてたかしにいちゃんの家を辞した。
家に帰って、さっきのたかしにいちゃんちでの話を話をあらためて思い返した。
私は、たかしにいちゃんが残してくれたノートの物語を読み返してみた。普段はたかしにいちゃんのノートは大切にしまってある。院内学級で使っているのは私が鉛筆で写したものだった。だから、ちょっとだけ違っているところがある。
私は「黒猫ニャーゴ」を読み返してみた。
舞 :「いいお話。最後はニャーゴが死んでしまうけど、代わりにお友達ができる話。きっと二人は物語が終わった後、親友になってるんだろうな。私と美鈴みたいに。」
そうつぶやいて先を読む。
物語が佳境に入り、公園でいぢめっ子にいじめられている女の子を別の女の子とお母さんが助けるシーンだ。
確かたかしにいちゃんのノートには女の子に名前があった。でも、私は名前がない方がみんなの想像が広がると思って名前をつけないで書き写した。「女の子」としている。
(女の子:「こら~、女の子をいぢめるな~」)
女の子とお母さんが助けに入る。
(男の子:「やべ、しおんだ。逃げるぞ」)
舞 :「え?! しおん?」
偶然の一致だった。しおんという名前はそんなに珍しくない。このノートをもらったときは詩音と会う前だったから気付かなかったけど、しおんがこんなところにいた。
舞 :「じゃあ、お母さんは和恵ママかな。」
私は冗談でそう思った。
物語は進んでいく。
瀕死のニャーゴが病院について息を引き取った後自己紹介するシーンだ。
(女の子:「わたし、しおん。よろしくね。」)
そして、そのあとニャーゴを飼っていた女の子が自己紹介する。
(「わたしはポッチ。よろしく。」)
舞 :「え~~~!!」
私は思わず立ち上がった。
舞 :「どういうこと?! なんで物語に二人が出てきてるのよ?!」
私はあわてて、羽根のついたリュックから1枚の写真を取り出した。詩音とポッチと黒猫が写っている写真だ。詩音たちと出会ったときにもらった写真だ。
その写真の裏側に手書きで説明が書いてあった。
「ニャーゴと一緒に」
つづく