5-7.詩音のミニコンサート
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
詩音 :「対世界はバランスが大切なのよね。」
あの日以来、私は毎日のようにαベクトル空間にある「詩音の部屋」を通ってエルベとよばれる対世界で詩音たちに会っていた。でも、今日はめずらしく「詩音の部屋」に詩音が居て私に語りかける。
舞 :「バランス?」
詩音 :「そう。バランス。片方で行ったことは、もう片方でもやらないとバランスが崩れちゃうの。」
舞 :「う、うん。」
詩音 :「ここんところ、ずっとエルベじゃない。これはいけないことだわ。」
確かに、詩音に会ってからず~と詩音の世界に行っている。遊ぶのはいつもエルベだった。
詩音 :「だからね、今日はファンダルシアにいかないとね。」
舞 :「え?」
私がついていけないうちに、詩音は木箱を持って私の手を握り、こうさけんだ。
詩音 :「ファンダルシア!」
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目の前に花の丘公園が現れる。
舞 :「ここって?」
詩音 :「そう、舞ちゃんの世界。」
自分の世界に戻ってきた。
舞 :「詩音、怖くないの? だれも知らない世界」
詩音 :「うんにゃ。逆にだれも私を知らないから落ち着く。だって向こうじゃ私たち有名人だから。」
舞 :「そっか。くるみさんのお弟子さんだもんね。」
詩音 :「それもあるけど、色々やっちゃったから。」
舞 :「何やったの?」
詩音 :「例えば、星が見たかったから、花の丘公園の街灯全部消したり。」
舞 :「ええ?!」
詩音 :「他にも、学校に遅刻しそうになったんで、途中の信号全部青のままにしたり…」
舞 :「あのさ。それっていけないことだよね?」
詩音 :「うん、後でばれてママと担任の先生が一杯怒られてた。でも、そんなことやっちゃいけないってどこにも書いてないんだよ。私たち悪くないもん。」
舞 :「… で、詩音は怒られないの?」
詩音 :「うん、私を怒ると警察に捕まるから。みんなにこにこしてるよ。」
舞 :「そ、そう。」
詩音 :「それ以外にも、学校で飼ってるうさぎのお母さんがおなか壊しちゃって今にも死にそうだったから、救急車よんで花の丘病院に連れてったり。『おかあさんが大変なんです』って。あの時は私も怒られた。」
舞 :「そりゃそうでしょうね。」
詩音 :「うちは動物病院じゃないって。」
舞 :「それ怒るところ違う。」
詩音 :「でも、松井先生がちゃんと治療してくれた。」
舞 :「松井先生って動物も見れるの?」
詩音 :「うん、お父さんが動物病院の先生で小さいときから見てたから大体分かる。」
舞 :「はあ。」
詩音 :「でも、学校の飼育係でみんなのためにやったんだよ。ポッチなんかもっとひどいんだよ。家で飼ってるヘビが1週間餌食べないからって、東京のお医者さんに見せに行くってドクターヘリ呼んだ。」
舞 :「…」
詩音 :「で、見てもらったんだけど、実はただ冬眠してただけだったんだって。」
舞 :「・・・・。よかったね。」
冬ちゃんを見てるから多少常識はずれなのは慣れてるけど。ここまですごいと冬ちゃんがすごい常識人に思える。
舞 :「じゃ、どこ行こうか。取りあえず家に来る? 冬ちゃんたちびっくりすると思う。」
詩音 :「うんにゃ。行先は決めてある。」
舞 :「どこ?」
詩音 :「花の丘病院、西棟6階。特別小児病棟。」
舞 :「え、だめ、そこは当分言ってはいけないって。」
詩音 :「なんで?」
舞 :「えっと、心が少し風邪ひいてるから。」
詩音 :「それは変だよ。だって病気になったら病院に行くんだよ。さあ、行こう。」
舞 :「でも。」
詩音 :「大丈夫。草薙先生には許可もらってる。」
舞 :「詩音、草薙先生しってるの?」
詩音 :「うん、何回かあってる。」
舞 :「ちょちょっと、それって詩音こっちに来るの初めてじゃないってこと?」
詩音 :「そだよ。準備なしに対世界飛び込むなんてしないよ。」
舞 :「はあ。」
そう言って花の丘病院に向かった。
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西棟6Fに直接向かうとナースルームで草薙先生が待っていた。
草薙 :「舞ちゃん、おかえり。とうとう、その使い魔と出会ってしまったんだね。」
草薙先生が茶目っ気たっぷりにため息をつく。
詩音 :「草薙先生、失礼よ。まるで人のこと疫病神みたいに。」
草薙 :「ごめんごめん。」
舞 :「あの。私、来ちゃった。先生、怒らない?」
草薙 :「どれ、治ったか見てやろう。」
そういうと草薙先生は私の顔をじっと見る。
草薙 :「OKだ。いい目をしている。もう大丈夫だろう。ボランティアの再開を許可する。」
私はほっと溜息をついた。そしてうれしくなった。またボランティアができる。
草薙 :「とりあえず、二人ともカンファレンスルームへ。」
草薙先生が私たちを病院の会議室に案内する。
草薙 :「詩音ちゃんの正体を知っているのはここでは私と秋本先生、田中副師長の3人だけだ。松井先生もつかささんも知らない。信じられない話であり、他の人には知られない方がいい。そこで、詩音ちゃんは舞ちゃんのいとことしている。そのようにふるまってくれ。」
舞 :「はい。でも、どうして草薙先生は詩音のこと知ってたの?」
草薙 :「ラインベルグ症候群の診察のために詩音ちゃんが来たんだ。女王様の紹介状を持ってね。」
舞 :「ふーん、なるほどね。」
詩音 :「さあ、冬子さんに挨拶行かないとね。院内学級の部屋に行きましょう。舞ちゃん。」
舞 :「冬ちゃんは東棟の病棟だよ。」
詩音 :「大丈夫。すぐ飛んでくるわ。」
そういうと詩音は院内学級の部屋の中に入って行った。私と草薙先生もついていく。
そして、エレクトーンの前でごそごそする。このエレクトーンは時々響子先生が弾く以外は誰も使えない。詩音はエレクトーンのスイッチを入れる。
詩音 :「EL500かあ。ELS-1とは言わないまでもせめてEL900だったらよかったのに。まあ、しょうがないか。」
詩音は一人でブツブツいう。
舞 :「もしかして、エレクトーン弾くの?」
詩音 :「まさかあ。このエレクトーンはMIDI対応してるの。だから、このフロッピィがあれば問題ないわ。」
詩音が何を言っているのかまるでわからなかった。日本語とは思えない単語が続々出てくる。
詩音がフロッピィをエレクトーンに差し込む。
詩音 :「まあ、実際見た方が早いわね。」
詩音がリュックからマイクの付いているヘッドホンを取り出し頭にかぶると、エレクトーンのボタンを押す。
エレクトーンから音楽が流れ出す。
舞 :「うそ! 自動演奏!」
詩音はにっこり笑う。そして音楽に合わせて歌い始めた。
詩音 :「あかいめだまのさそり。ひろげた鷲のつばさ。あおいめだまの小いぬ。ひかりのへびのとぐろ。オリオンは高くうたひ。つゆとしもとをおとす。」
かのんが歌っていた「星めぐりの詩」だった。
突然、冬ちゃんが部屋に入ってきた。そして、詩音の前にぺったんずわりをして茫然とする。
詩音が続きを歌う。手に持っていた箱のスイッチを切り替える。詩音の声の質が少し変わった。
詩音 :「アンドロメダのくもは。さかなのくちのかたち。大ぐまのあしをきたに。五つのばしたところ。小熊のひたいのうへは。そらのめぐりのめあて。」
曲が終わり、草薙先生が拍手をする。
舞 :「この曲って、かのんが歌っていた悲しい曲のはずなのになぜか私には懐かしい。」
私もうっとりと詩音の詩を聞いていた。
冬子 :「うそです。ありえません。あってはいけないことです。冬子、信じません。」
冬ちゃんが目に涙を浮かべて声を上げる。
舞 :「冬ちゃん、どうしたの急に?」
冬子 :「まるで和恵さんが歌っていたみたいです。声そっくりでした。この歌は和恵さんがよく歌っていた歌です。舞ちゃんがおなかにいるときに歌っていた歌です。」
舞 :「え?」
和恵ママの歌?
詩音 :「は~い、一曲目は宮沢賢治作詞作曲の『星めぐりの詩』でした。続いて2曲目です。今度は振り付きで歌います。」
詩音が歌いだした。だけどもその曲はあまりに突飛な曲だった。
詩音 :「ネコペッタンコ、ネコペッタンコ、ネコペッタンコンコンコン。タコペッタンコ、タコペッタンコ、タコペッタンコンコンコン。グーゲン、モーゲル、グングン、モーグル、キャットンペッタンコ。」
舞 :「はあ?」
意味が全然わからなかった。歌詞の意味も、詩音がこの曲を歌っている意味も。でも、聞いたことない歌なのにすごく懐かしい。
詩音 :「パラペッタンコ、パラペッタンコ、パラペッタンコンコンコン。ハコペッタンコ、ハコペッタンコ、ハコペッタンコンコンコン。グーゲン、モーゲル、グングン、モーグル、キャットンペッタンコ。」
詩音 :「キャットペター、ラットベター、ゲッコベター、ワンコペッタンコンコンコン。」
冬子 :「そんな。この曲はネコペッタンコ! しかも声や踊りまで一緒です!」
詩音は冬ちゃんの声を無視して軽快な歌と踊りを続ける。
詩音 :「ネコペッタンコ、ネコペッタンコ、ネコペッタンコンコンコン。トロペッタンコ、トロペッタンコ、トロペッタンコンコンコン。」
人が続々と集まる。東棟からもナースセンターからも。子供たちも大人たちも。そしてみなこの不思議な曲と踊りを茫然とみている。
詩音 :「ペッタン、ペッタンコ~~~。」
曲が終わる。拍手が起こる。わけわからない。けどすごく耳に残る歌。
詩音 :「ノルウェー民謡 ネコペッタンコでした。」
冬ちゃんが涙を流して詩音に語りかける。
冬子 :「なんで、和恵さんの歌を知ってるんですか? 和恵さんがいつも歌っていた歌を。そして、和恵さんの声です。それにどうして舞ちゃんそっくりなんですか?」
詩音 :「えへへ。」
舞 :「冬ちゃん、詩音ちゃんだよ。」
冬子 :「あなたが詩音ちゃん?! 本当に、本当にいたんですね。」
詩音がこっくりとうなずく。
冬子が詩音にがばって抱きつく。
冬子 :「よく、会いに来てくれました。冬子うれしいです。う~ん、懐かしい和恵さんの匂いです。」
冬子 :「この歌も、舞ちゃんがおなかの中にいた時よく歌っていた歌です。」
だから懐かしいんだ。
詩音 :「そろそろ、きたかな。あ、きたきた。美鈴ちゃんこっち!」
入口に美鈴が茫然と立っていた。
美鈴 :「舞ちゃんが二人!?」
詩音は美鈴のところまで行くと手を引っ張ってもとのところにもどる。
詩音 :「じゃあ、3曲目。フォンミロニナ。美鈴ちゃんも歌うよ。」
美鈴 :「え、いきなり? 私そんな曲知らない!? ていうかあなた誰?」
詩音 :「そんなこと気にしない。今楽しまなきゃ。はい、これが歌詞カード。」
そういって紙を渡し、エレクトーンのボタンを押す。
詩音 :「タンタタ、タンタタ、タンタタ、タンタタ、タンタン ソレ!」
そう言って詩音は美鈴にマイクを渡す。茫然とする美鈴だった。だけど…
美鈴 :「鼻息荒く、大きな熊が、血走った眼で、襲いかかる♪」
詩音 :「ソレ!」
美鈴 :「誉れ高き~、フォンミロニーナ、片手でちょいと熊を倒し♪」
詩音 :「ソレソレソレ!」
美鈴は自分でも信じられない顔をして歌い続ける。まるで鈴を転がしたような美しい声で。しかも息もぴったりに詩音と踊り出す。
舞 :「どういうことなの? なんで知らない曲を歌って踊れるの!?」
美鈴は歌い終わると茫然としながら舞に話しかける。
美鈴 :「この曲、夢で何度も見た。舞ちゃんと一緒に教室でふたりで歌って踊ってる夢。ひかるちゃんやゴンタまで笑ってるの。そして、エレクトーン弾いている響子先生までもが笑ってみてるの。」
舞 :「なに、そのむちゃくちゃな設定。」
詩音 :「『対世界』の記憶の混濁ね。」
詩音がまたわけのわからないことを言う。
舞 :「でも、美鈴歌上手。詩音もうまいと思ったけど、美鈴の歌はまるで歌手みたい。こんなに歌うまいなんて知らなかった。」
美鈴 :「自分でもびっくり。」
詩音 :「美鈴ちゃんの歌がうまいことは向こうでは知られてるからね。だからもしかしてと思ったんだ。」
詩音がまたわけわからないことを言う。
詩音 :「じゃあ、4曲目。フルーツジュース!」
そういってエレクトーンのボタンをまた押す。再び軽快な音楽が鳴り出す。
詩音がまた意味不明の歌詞の歌を歌いだす。左手の指をVの字にして目の横に持ってきて踊り出す。
詩音 :「緑のメロンジュース~。黄色いバナナジュース~。わ~た~しのお勧めはトロピカルジュース。」
舞 :「何なのよ、この曲!」
今回も耳の残る曲だった。一番を歌い終わるとマイクを美鈴に渡す。美鈴はにっこりして二番をうたう。
美鈴 :「スイートアンドスイート、フルーツジュース。ウィ ラブ フルーツジュース♪」
舞 :「英語! なんで英語で歌えるの?!」
信じられないことに美鈴は英語で歌を歌い出す。
歌い終わると美鈴は言った。
美鈴 :「歌うってこんなに面白いんだ!」
美鈴が興奮している。
私もびっくりした。でも、私はもう一つ確認したかったことがあった。
舞 :「さっきの歌、和恵ママが歌ってくれたの?」
詩音 :「そだよ。よく歌ってるよ。」
舞 :「聞いてみたい。聞いてみたい!」
詩音 :「じゃあ、聞きに行こうよ。舞ちゃんが家に来ればいい! いつでも会えるよ。」
私は冬ちゃんを見た。冬ちゃんは一瞬困った顔をしたがすぐににっこり笑った。
舞 :「ううん。やっぱり今はやめとく。」
詩音 :「そ。じゃあ、また今度ね。いつでもいいよ。」
そして詩音は冬ちゃんのところに行く。
詩音 :「あらためましてこんにちは。楠木詩音です。母からの手紙は読んでいただけましたか? それで、今日はあらためて冬子ママの許可をいただきたく思います。舞ちゃんを我が家へ招待したいです。」
そう言って招待状を渡す。
冬子 :「は、はい。」
招待状を受け取った冬子はそう返事をするのが精いっぱいだった。
詩音 :「じゃあ、みんなで今の曲歌いましょう!。歌詞カードはここにあるから!」
そう言って詩音は強引にみんなを引っ張って行った。私たちは詩音の魅力に引きづり込まれていった。
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草薙 :「さすがだな。」
冬子、舞、美鈴の3人が帰った後、カンファレンスルームで詩音と草薙が二人で話す。
詩音 :「えへへ。」
草薙 :「あっというまに二人の興味をかのんちゃんから引き離した。舞ちゃんにはお母さん、美鈴ちゃんには歌という新しい興味を与えた。」
詩音 :「でも、さすが舞ちゃんね。冬ちゃんの気持ちを察して、すぐには返事しなかった。そこは見習わないとね。」
草薙 :「もし、あの時、舞ちゃんが行くって言ったらどうするつもりだったんだ?」
詩音 :「もちろん、連れていくわよ。そのために手紙事前に渡したんだもん。」
草薙 :「冬子さんがびっくりしないようにか。その手紙は天国から来たふりをしたママの手紙か。」
詩音 :「お、先生、さすが~。」
草薙 :「そして、今回のミニコンサート、選曲も絶妙。中毒性の高い曲ばかり選び、頭から離れないようにする。」
詩音 :「うん、夜寝るときかのんのこと考えないようにね。この頃毎晩、かのんの夢を見てうなされてるの。同じ夢を見させられるこっちの身にもなってほしいわ。」
草薙は苦笑する。
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あきら:「とうとう詩音ちゃんが現れたか。」
冬子 :「はい。」
あきら:「まあ、遅かれ早かれではあるかと思ったがな。」
あきらは舞が向こうに行けるなら、当然その逆もあるとは考えていた。
あきら:「それで、その招待状は受けるのか?」
冬子 :「はい、舞ちゃんに和恵さん会わせてあげたいです。でも怖いです。舞ちゃんが向こうに行ったら戻ってこないんじゃないかと思うと。」
あきら:「だよな。だけど、冬子の気持ちも舞が察している。大丈夫だ。舞の母親は冬子だ。向こうの和恵さんの手紙にも書いてあったように舞の母親の自信を持ってもいいんじゃないかな。」
冬子 :「はい。」
冬子は俯づいた。
つづく
ポッチ:「明けましておめでとうございます。」
詩音 :「今年もよろしくお願いします。」
ポッチ:「一か月ぶりの投稿よね。」
詩音 :「このまま連載打ちきりかと思っちゃった。」
ポッチ:「マーシャさん何してたの? 仕事が忙しかったの?」
詩音 :「それもあるけど、先週はお正月。先々週はクリスマスと週末だったじゃない。それで飲んだくれてたのよ。小説だけでなく、ホームページの更新もできてない。」
ポッチ:「あらあら。」
詩音 :「まったく、これだから大人って...」
ポッチ:「さて、気を取り直して次回の予告行きますか。」
詩音 :「次回は『タグオブウォー』です。
ポッチ:「久しぶりに院内学級の物語の話だよ。」
詩音 :「お楽しみに」