第33話
暁野ひなた@akenohinatadesu
突然ごめんね。今度ヒドゥンの大会があって、キミさえ良ければ代役で一緒に出てくれないかな?
それは暁野ひなたからの誘いだった。
マジか。ちょっとした撒き餌のつもりだったのに、大物しか掛からねえじゃねーか。エビで太陽が釣れちゃってるよ。
しかしどういう風の吹き回しなんだ。代役ってことなら俺以外にも幾らでもツテなんてありそうなもんだが。まあでもやるか。炎上のほとぼりも冷めてきたところだ。それにわざわざ俺に頼んできたということは何か深い事情があるに違いない。
…というのは建前である。
実際のところ、俺の胸の奥で燻っているのは、浅ましい生存への執着と純粋な好奇心だ。
こういうイベントは一気に注目を集められる機会であり、あの時の興奮をまた味わうことができる舞台でもある。
とはいえ以前のような炎上商法紛いの振る舞いをするつもりは無い。あれは俺の浅ましい思惑がありありと透けてしまう結果となった。
それは俺のやりたいこととは程遠かった。Vtuberとしてそういう思惑は徹底的にバレないようにするのが理想だと俺は思う。なので今回はわざわざ注目を集めようとはしないつもりだ。そうすれば醜い部分が透けてしまう心配はない。
どちらかというと、俺の中では覚えてきた立ち回りを披露したいという気持ちの方が強かった。昔初めて地元の大会に出場したあの時の気持ちに近いのだと思う。
掛かった獲物に食いつくように俺はキーボードを叩き、二つ返事で参加を表明した。
[構わねーぞ]
[ほんとに!?今日スクリムがあるんだけどお願いしてもいいかな?]
[今日かよ!?]
[言ってなかったっけ?]
[言ってねーよ。俺を何だと思ってるんだ]
[キミなら大丈夫かと思ったんだけど、大丈夫じゃなかったかな?]
[まあ大丈夫なんだが]
[流石だね!じゃあ後でまたこのサーバーに集合で]
流石だね!ではない。
何か良いように使われている気がしないでもないが、まあ俺にデメリットらしいデメリットも見当たらないので、仮に利用されていたとして、この状況はwin-winだ。
あと、これくらい緩い方が俺としても有難い所はある。
有難いとは思いつつも、つい打算的に物事を疑ってかかってしまう。そんな自分に我ながら少し辟易してしまうところもあるがそれより、この文脈において最も重要なことは、スクリムがすぐそこまで来ているということである。
スクリムとは本番さながらの練習試合のようなもので、本番での立ち回りを決める重要な要素である。本番前から既に勝負は始まっているのだ。
そうして俺はスクリムまで時間を潰していたのだった。
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「あ、キミ!ゴメンね~急に誘っちゃって」
普段の俺の配信では聞き慣れない、どこか落ち着きを感じさせる暖かな声が聞こえる。MetaMittoプロダクション所属、暁野ひなたの声であった。
スクリム配信ということで配信をつけながら、俺は所定の通話サーバーへ参加していた。
「別にいいんだがどういう風の吹きまわしなんだ?」
「いや~それがね…一緒に出場するつもりだった一人が代行?ぶーすてぃんぐ?が発覚しちゃって出れなくなったんだよね。それでどうしても代わりが見つからなかったからお願いしたってわけ!」
なるほど?確かに代行もブースティングも利用規約に反する行為であり、健全なゲームプレイを阻害する悪質なものだ。そんなことがあったのなら出場取り消しも止むないだろう。だからといって別に俺が代役でなくても良いと思うんだがそれはそれとして
「なるほどな。お前ら、ブースティングも代行もやめようね!」
「そうだよ!だめだぞぉ♡」
俺達が視聴者へ注意を促していると、またもや聞き馴染みのない声が聞こえてきた。
「ぁ…あの、お二人とも、よろしくお願いします…」
その声色は弱々しく、その人物の緊張が読み取れる。
「よろしくね!あっ、キミにはまだ言ってなかったね。この子はてすりちゃんだよ!いつも凄い可愛いコスプレしてるんだ~」
「いえ、それほどのものでは…。私、「てすり」という名前で普段はコスプレイヤーとして活動しています。初心者ですがよろしくお願いします」
弱々しい声の主は俺のチームメイトの一人だった。名前をてすり氏と言い、曰く人気のコスプレイヤーらしい。どうやらこの大会はVtuber限定の大会ではないようだ。この二人はインフルエンサーとして大会を盛り上げる枠と言ったところだろうか。
そう考えると俺の場違い感が凄いな。
「憂生イツカだ。よろしくな。俺もこの間始めた所なんだ。お手柔らかに頼む。」
「あっ…そうなんですね。」
「えっ、それって大丈夫なのかな?ちなみにランクは?」
俺の言葉が二人の耳を素通りしたような手ごたえのない反応。そしてランクを尋ねられた。
「ダイヤだ」
「なんだ~。というかダイヤあるじゃん!謙遜し過ぎだよ」
「ダイヤの下層だからプラチナと大差ないぞ」
「いやいや十分だよ!聞いてた通りハマってるみたいだね~ちなみに私はプラチナだよ」
「私はブロンズです…」
このゲームのランクはマスター、ダイヤ、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズの順に存在する。俺はこのゲームにドハマりした結果、ダイヤまで到達することが出来ていた。上から二番目のランクではあるが人口分布で言うと上位25パーセント程度。このゲームの人口の多さを考えるとそれほど珍しいものではない。
ただこの三人の中で一番ランクが高いのは俺ということになる。
「だったら試合中は俺が指揮を取っていいか?」
「うん、ラジャー!」
「お願いします…」
「正直ランクは飾りだと思っていい。とりあえずやってみようぜ」
そうして俺たちはスクリムのロビーに入ることとなった。
ゲームの中のロビーには多くの出場者が集まっており、程よい緊張感が高まっている。
GEN:あれ? イツカはん? 何でここに?
その中にこちらにメッセージを飛ばして来る人物がいた。彼はプロゲーマーのGEN。GEN氏とは以前イツカ杯で少し面識があるが完全にそれ以来である。
まさか俺を知り合いだと認識してくれていたとはな。というかGEN氏こそどうしてここに居るのだろう。このゲームは本業のゲームとは全くジャンルが違うはず。これもまたインフルエンサー枠ということだろうか。
暁野ひなた:やっほーGENさん。彼は代打で私達のチームに入ってくれてるんだよ!
俺が長々と考えていると先に返事をしたのは暁野ひなただった。
GEN:ひなたそ!?本日はよろしゅう
暁野ひなた:うん!よろしくね!GENさんも居るの知らなかったからびっくりしたよ~
GEN:有難いことにこの前の大会からVtuberの人とも交流させてもらう機会が増えまして
GEN:今回はゆら姉達とチーム組ませてもろとります
暁野ひなた:せんらちゃんも出てたんだ!?
揺舞せんら:出とりますよ~。ひなたん先輩にええとこ見せれるように頑張ります
暁野ひなた:せんらちゃん!お互い頑張ろうね!
突然俺の知らない人物が次々に現れる。やはりVtuberの世界は無限に広がっていくのだと感じる。しかし、GEN氏もゆら姉とされる人物も同じ関西弁だとどっちがどっちか分からんな。
自慢じゃないが俺は最初GEN氏が一瞬で改名したと思ってたからな。
気づいた瞬間「もしかして入れ替わってる~!?」って声に出しちゃったもん
俺の中で謎に印象に残るやり取りの後、俺達はマッチの開始に向けて軽い作戦会議を始めていた。
「ランドマークはどこが良いかな?」
「傾いた塔に降りようと思う。どうだ?」
「…はい」
「おっけー!」
スクリムにおいて、試合そのものの勝敗と同じか、あるいはそれ以上に重要視される儀式がある。それがランドマーク合戦だ。
このゲームにおけるランドマークとは、最初に降下してアイテムを集めるエリアのことである。広大なマップには、強力な武器や防具が高確率で手に入るエリアが点在している。当然、効率よく装備を整えられる場所には価値があり、そこにどのチームも降りたがる。
しかし大会において最もリスクが高いのが初動でカチ合って全滅という結果だ。なのでお互いの利益を考え、初動は予め決まった別々の場所に降りることになるのだ。
そしてその場所がどう決められるのかというとスクリムでの初動ファイトである。
スクリムであれば全滅のリスクは無いため、各チーム降りたい場所に降りる。そして勝ったチームがその場所を独占し、負けたチームは僻地へと追いやられる。
言わば縄張り争い。それがランドマーク合戦なのだ。
[ただいまよりスクリム一試合目を開始いたします]
そうこうしているうちに運営からアナウンスが流れてくる。
「緊張するね~」
「…はい」
「ああ、どんな感じなんだろうな」
ゲーム画面が試合へと切り替わる。いよいよ俺にとって初めてのスクリムが始まった。
広大なフィールドの上空、俺達のキャラが出撃するのを今か今かと待ちわびている。
「マップに刺さったピンが見えるか?そこに全員で降りるぞ」
俺達は目印に向かって一直線に降下を開始する。
「うお~!暁野ひなた。状況開始!」
「俺達の他に降りてるチームは…1チーム居るな」
「三人でなるべく近くに降りよう。武器を持ったらあいつらを潰しに行くぞ」
「了、了解です」
目印の高い塔に降り立った俺は戦うための武器を探す。
「きゃああ!」
すると突然VCから悲鳴が聞こえてきた。それはてすり氏の声だった。
「どうした!」
「今、撃たれました」
まずい。敵が近くにいるようだ。
「分かった、今カバーする。」
「ひなたもいくよ!」
俺達はてすり氏のカバーへと向かう。
「きゃああ!」
するとまたもや悲鳴が聞こえた。
「ごめーん!やられちゃった」
「ごめんなさい…私もです」
続けざまに二人が倒されてしまったのだ。
クソっ!カバーが遅れた!それでも立て続けに二人を一瞬で、どうなってんだ!
心の中でそう思いつつ俺は急いで戦地に赴く
アイテムボックスと化した二人の痕跡、まだ敵は近くにいる。
恐る恐る付近を探索していると建物の後ろから足音が聞こえる。
「そこか!」
先手を取るべく、身体を乗り出すと同時にトリガーを引く。
俺の銃弾は確かに敵の体を捉えていた。しかし、ヒットを確認した瞬間、敵の像がぶれた。
右へ動いた。─いや左か?
不規則すぎるリズム。俺が身体に照準を合わせる前に、目の前の影は反対方向へと切り返しながら、こち
らに銃弾を浴びせてくる。
『部隊壊滅 20位』
全員がやられたというリザルト画面が表示される。
「はああああ?嘘だろ!?」
余りに一瞬の出来事に困惑を隠せない。ただ、俺達は負けたのだ。
「ドンマイ!ドンマイ!」
「ごめんなさい…」
「悪ぃ、なんも出来なかった」
本当に何もできなかった。これはまずい。一番ランクの高い俺がこれではまず過ぎる。この大会、もしかすると俺が思っている数倍レベルが高いんじゃないだろうか。
「なあ、この大会。あんな奴らがゴロゴロいるのか?」
「う~ん居るともいうし。居ないとも言う」
なんとも曖昧な返事だ。サンタさんの存在を訊かれた時の親かよ。
「どういうことだ?」
「この大会ね、チームの実力バランスを公平にするために『ポイント制』が導入されてるんだよ。チーム全員の合計ポイントに上限があるんだ」
「ポイント制……?」
「そう。大体どのチームも、大きく分けて三つの役割の組み合わせで構成されてるんだよ。
一つ目はてすりちゃんみたいな初心者枠。これからこのゲームを盛り上げてくれる、伸び代たっぷりの枠。
二つ目は、私みたいな中堅のサポート枠。ある程度動ける経験者が、キャリーの補助をする役割。
そして三つ目が、キャリー枠。チームの要だね。
この三人がセットになって、初めて一つのチームとして成立するルールなんだよ」
暁野ひなたの説明を聞きながら、俺は自分の頬に冷たい汗が流れるのを感じた。
……嫌な予感がする。
「つまり俺がそのキャリー枠なのか」
「そうだよ!だからキャリー枠の人ならさっきみたいな人もいっぱい居るかも」
「本当に申し訳ないんだが、俺はそこまで強くはねーぞ」
「そうなの!?キミは凄いって聞いてたんだけど…まあでも大丈夫!少なくとも私よりはずっと強いし!」
いったい誰に聞いたんだ。そしてなんとも能天気な返事だ。こいつが良いのならそれでいいのだが、この大会、前途多難な予感がする。




