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早川萌はバスを降りると誰かを待つように、ベンチに座った。

空は青空、吹く風は爽やかで、自然と心が浮き立ってくる。


急いで手鏡を出し、髪の乱れを整えおかしな所が無いかチェックする。

そうしているうちに、もう一台別の路線のバスが停留所に止まった。

萌は止まったバスから降りてくる人達をじっと見つめる。

この停留所に降りるのは、ほぼ学生。しかも今の時間帯は登校するには少し早い時間で、降りる学生も少ない。


数人バスから降りると、すぐにドアが閉まり走り去る。

萌はお目当ての人が降りてこなかった事に、何とはなしに不安になった。


もしかしてお休みかしら・・・何かあったの?病気?それとも・・・ただの寝坊?


寝坊して慌てふためく待ち人の顔を想像すれば、不安は霧散し唇が弧を描く。



萌は、バス停から五分先の女子高に今年から通っている一年生だ。

いつもは、ちょうどいい時間帯のバスで通っていた。早くもなく遅くもないその時間帯のバスは、どの路線も学生達でかなり混雑していた。

だがある日、日直で早い時間帯のバスに乗った時の事だ。

車内は確かに空いていて、余裕で座れる。ゆっくりできていいじゃん・・・と思うも、早く起きなくてはいけないのが苦痛だ。

バスを降り、日直なんて面倒臭いなぁ、などと独り言を呟いていると、別の路線バスが止まり数人の学生が降りてきた。

そして、その一人の男子学生に目を奪われる。


高身長ですらりとした体躯。それが後ろ姿だったとしても、目を逸らすことが出来なかった。

バスが走り出した時に生まれた風に前髪が揺れ、ブルーグレーの瞳が一瞬だけ萌に向けられた時に見せた、その美しい容姿。

それは本当に一瞬で、彼は何事もなかったように背を向けて歩いて行った。


萌の足はその場に縫い付けられたかのように動かない。

目を見開き、まさに放心状態。だが、頭の中は忙しない位に色んな感情が入り乱れていた。


やだ・・・・うそ・・・・超カッコイイんですけど!

大好きなアニメの推しに匹敵するくらいのカッコ良さなんですけど!

え!マジ、リアルでアニメ越えてるし!!


興奮状態の萌は、散々心の中で叫んだ後、さりげなく彼の後を追うように早足で停留場を後にした。

それが、早川萌が綾瀬凛を初めて知り、一目惚れをした瞬間だった。






早川萌は、一般的に言うオタクだ。

中学時代、萌の周りには同じような趣味の子がいた為、二次元の推しを語りながら脳内での幸せで完結しており、リアル恋愛などに興味すらなかった。

目を引くほどに可愛らしい容姿をしていた所為か、結構な頻度で告白されていたのだが、全てお断りするくらい大好きなアニメの推しにどっぷり嵌っていた。

というのも、二次元に本気で恋をした弊害か、リアルの生々しさを受け付けなくなっていたのだ。

その所為か、女子達が好むようなカッコ良くて人気のある男子生徒の事や、アイドル関係の事には全く興味がなく、疎かった。

住んでいる地区がかなり離れているのにも関わらず、凛の噂が萌の住んでいる地区で話題になっていても、興味を示す事はなかった。


だが、凛の存在を知った時、脳内彼氏の推しとは違い実際に触れる事ができる・・・手の届く生身の人間に恋をした瞬間、まるで視界が一気に開けたかのような感覚に胸が高鳴った。

友人に凛の事を聞けば、学校中のほとんどが知る有名人だった事を初めて知った。

彼は二十分ほど先にある男子校に通っている事。

彼の登下校には、校門前で女子高生達が彼に声を掛けようとたむろっている事。

その集まった女子高生は、当校だけではなく他校からわざわざ通ってくる生徒も混じっている事。

そして、どんなに美人だとか可愛いだとか言われている女子でも、彼は見向きもしない事。


カッコイイ男に群がる女子達・・・まるで漫画やアニメの定番中の定番みたいな展開よね。

それに見向きもしないなんて、まさに激推しの「氷の騎士様」そのものじゃない!リアルでもいたのね、全てを超越したような存在が・・・・


そこからの萌の行動は早かった。

凛の情報を兎に角、集めた。

伊達にオタクはやっていない。いや、オタクではなくても好きになった人の全てを知りたくなるのは、誰でも一緒。

凛の情報は意外にもすぐに集まった。というのも、既に有名人だった彼。

リアルに興味がなかった萌は単に出遅れていただけの話。


彼は綾瀬凛というのね。私より一つ年上の高二。

あの進学校で有名な男子校に首位合格なんて、すごいわ。


生年月日、現住所、家族構成、友人関係・・・・などなど、個人情報をこれでもかと集める。

まぁ、この程度の情報など凛の追っかけにとっては常識。

隠し撮りされた写真が出回るのも当たり前。

自称「恋人」と名乗る女生徒も出てきている。


だが萌は静かに凛を見守っていた・・・・控えめに言ってだが。

その実、ほぼストーカーに近かった。

朝の登校時間、下校時間を合わせるのは当然で、住んでいる地区が全く違うのに、帰りは凛の自宅までついていった事など一度や二度ではない。かといって、凛に声を掛けるわけではない。

声を掛けたいけれど、今はできない。

凛が他人に冷たいのは有名だ。特に女性に対しては。


だから、彼の目に少しでも多く映りたい。顔を覚えてもらいたい。

なんか見た事ある顔だ・・・くらいでもいい。


なにせ彼は、本当に周りの存在には興味が無く、顔すら覚えていない事で有名だから。

ただ、常に警戒感だけは張り巡らせてはいるようだが、実害がなければ全て無視していた。

例えば、これは萌でも知っている有名な話がある。

文化祭などのミスコンで優勝するほど、美人な事で他校でも有名な女子高生がやたらと凛の周りをうろつき、気を引こうとしていた。

凛の行く先々に現れ偶然を装い声を掛けたり、お茶に誘ったり。

当然の事ながら凛の眼中に彼女が映る事は無く、相手にされることはない。

巷では美人だとちやほやされていた彼女にも一切靡く様子のない凛に焦り、公衆の面前で彼に告白したのだが・・・・

「誰?初対面の人間と付き合う気はない」

「え?私ずっと綾瀬君に声を掛けてたよね?昨日だって・・・」

「俺あんたの顔、初めて見たんだけど。・・・・あぁ、なんかここのとこ俺の周りで煩くしてた奴はいたな。実害がないから放置していたが・・・・」

当時の凛は、頻繁につき纏われ神経を尖らせていた所為か、態度も言葉もかなり刺々しかった。

自分の容姿に自信満々だった彼女は、見事撃沈。まさに公開処刑。

皆が見ている場であれば、凛も断れないだろうと踏んでいたのだろうが、とんだ見当違いもいいところ。ただ、恥ずかしい思いをしただけだったのだから。


己の容姿を自慢し、他者を見下していた彼女を良く思っていない女子達に、この事はあっという間に広められ萌の耳にも入ってきたのだ。

ただ、相手が凛だったとは知らなかったが。


そんな事があっても、我こそはと突撃していく女子もいれば、眼福とばかりに遠くから見ているだけの女子もいる。

だが皆心の奥底で思っている事は同じ。誰も映さないないその瞳に・・・自分を捉えて欲しい・・そう願っている。

萌もそんな中の一人にすぎなかった。



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