第18話:変わらない教室、変わっていく私たち
リリイベが終わり、いつも通りの日常が戻ってくる。
でも、“好き”を自覚してから何故だか世界の色が違って見えた。
登校し、授業を受ける。
いつもなら、お昼になれば会えるから寂しさは無かった。
でも今は違う。
午前の授業中も先輩に会いたくて仕方なかった。
お昼に入ると、いつもより早足で空き教室に向かう。
先輩がやってくる時間を待ってる間すらもいつもより長く感じた。
……まだかな。
——ガラガラ
ドアを開け、先輩がやってくる。
「おまたせ」
「ぜ、全然待ってないです!」
いつものように対面で椅子に座る。
先輩の顔を見るだけで、胸がざわついた。
あぁ、俺は本当に先輩の事が好きでたまらないんだ。
一度自覚してしまってからは、もう抑えきれなかった。
先輩の細かい仕草、色々な表情、その一つ一つに心が動かされていた。
「佐久間君?今日元気ないね、どうかした?」
「えっ、いや……全然いつも通り!元気ですよ!」
心配そうに先輩がこちらを見ていた。
「先輩と一緒に居るのに、元気無いわけないじゃないですか!」
遥が少しだけ目を伏せる。
「!? えっと……それって……」
しまった。
つい溢れ出てくる感情を、そのまま言葉にしてしまった。
先輩を傷つけないようにしないと……
「そりゃあだって、仲のいい“友達”と一緒にお昼を過ごせるんですから元気いっぱいですよ!」
遥の表情が一瞬曇った。
「そっか……“友達”か……」
ぽつりと、優には届かないくらいの声で呟いた。
「え?今なんて言いました?」
「ううん!なんでもない!」
あ……また、余計なこと言ったかも——
そのまま遥が続ける。
「私も佐久間君とこうやって過ごす時間、好きだよ」
そういう意味じゃないってことくらい、ちゃんと分かってる。
それなのに、心臓が勝手に跳ね上がってしまう。
「……俺もこの時間、好きですよ」
先輩の言葉を借りて、少しズルをした。
大きな盛り上がりはないけれど、ここには確かに青春があった。
そんな甘酸っぱい日常が何日か続いた朝、聞き慣れた声が背後から飛んできた
「おい、お前」
振り返るとニヤけ顔の陽介がそこにいた。
「どうかしたか?」
「どうもこうも、最近噂になってるぞ、お前」
「え?俺が?」
全く身に覚えがなく戸惑った。
「そうだよ、お前が最近、毎日昼休みに美人な3年の先輩と旧校舎から出てくるのを見かけるってな」
「え!?」
思いもよらぬ言葉に思わず絶句した。
「進展あったら言えって言っただろ~、水くせぇなぁ」
陽介は肘で優をグリグリしてくるが、それどころじゃなかった。
「なぁ、その噂ってどのくらい広まってるんだ……?」
「ん?大体の2年は知ってるんじゃねぇかな?この感じだと3年にも広まってそうだけど……」
マジかよ……
額から冷汗が止まらない。
先輩が俺とそんな噂広められてたら、絶対迷惑がかかる。
何とかしないと……
「じゃ、次こそは進展あったらちゃんと教えろよな~」
いつもなら何か言い返すところだが、今日はそんな余裕はなかった。
◇
お昼になり、遥はいつものように旧校舎へと向かう。
慣れた手つきで教室のドアを開ける。
中にはいつもの場所に優がいた。
優の姿があるだけで、少し安心する。
「佐久間君、おまたせ」
いつもなら元気よく「全然待ってないです!」と返ってくるのに、今日はなにも返ってこなかった。
「……佐久間君?」
優の顔を見ると、今までにないくらい神妙な面持ちをしていた。
「先輩.……」
ゆっくりと優が口を開いた。
「ここでお昼一緒に食べるの…….やめませんか……?」
……え?
予想外のセリフに、遥の頭が真っ白になる。
なんで?
どうして?
私、何か嫌われることしたかな……
上手く思考が回らない遥に、優は続ける。
「あっ……もちろん先輩のことが嫌いになったとか、そういうのは絶対ないです!絶対……」
少し安心した遥は、ようやく言葉が出た。
「じゃ、じゃあ、どうして……?」
「俺たち……噂されてるらしいです……」
「……噂?」
「はい……俺と先輩が毎日お昼に旧校舎から一緒に出てくるところを目撃されてるらしくて……」
完全に拍子抜けする返事に思わずくすっと笑ってしまった。
「それって、なにか問題あるの?」
純粋な疑問を投げかける。
「だって……先輩が俺とそんな噂立てられたら、絶対迷惑ですよね……」
今度は少し呆れたように笑ながら言う。
「私、全然迷惑じゃないよ?」
「え……?」
「むしろ、なんで迷惑だと思ったの?」
優は少し戸惑いながら
「だって、俺なんかと噂立てられたら……その……」
と返答に困っていた。
遥は数秒間をおいて、ほんの少しの勇気を振り絞る。
「私、佐久間君とだったら……嫌じゃないよ……?」
言ってから一気に顔が熱くなり、下を向いてしまった。
「え……先輩、それって……」
「それに、噂されても、そもそも私には佐久間君しか友達いないから 」
照れ隠しをするように自虐する。
「本当ですか……?」
「本当だよ、逆に、佐久間君は嫌じゃないの……?」
少しの間の後、すぐに答えが返ってくる。
「全然嫌じゃないです! むしろ...嬉しいぐらいです……」
後半、消え入りそうな声になっていたが、遥の耳には確かに届いていた。
「じゃあさ……これからもここでお昼、一緒に食べてくれる……?」
「……はいっ! もちろんです!」
この日、二人は直接言葉にはしなかったが、確かに距離が縮まった。
そして、ふたりになる場所も変わらないままだった。
今回の18話では、リリイベの余韻の中で、“好き”を自覚したふたりの日常を描きました。
優の「ここでお昼一緒に食べるの、やめませんか」という言葉は、彼なりの優しさと葛藤がにじむ場面でした。
遥との距離が近づいたからこそ、不安になってしまう——そんな繊細な感情が、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
そして遥もまた、自分の気持ちと向き合いながら、少しずつ前に進もうとしてくれていて。
ふたりの不器用なやり取りが、読んでくださった方の心に残れば幸いです。
次回も、変わらない場所で紡がれるふたりの日常をお届けします。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。




