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第17話:その気持ちに、名前が付いた

 ——リリイベ会場を後にした優は、どこかぎこちなかった。


「リリイベ、正直最初は人込み凄すぎてダウンしちゃいそうだったけど来てよかったよ!」


「そ、そうですか! ソレハヨカッタデス……」


 言葉がセリフみたいに棒読みになる。



 俺は、先輩のことが、一人の女性として好きだ。



 今まで自覚しないようにしていた思いをはっきり自覚した途端に、先輩の顔をまともに見られなくなった。


 でも、覚悟はできた。


 よりによって、自分の“推し”にまで背中を押されちゃったんだから。


 何をどう頑張ればいいかなんて分からないけど、とにかく後悔の無いように動こう。


 そう固く誓った。


「……先輩!これからどうしますか?」


 時刻はまだ16時を過ぎた所だった。


 まだ帰るには少し早い時間。


 もうちょっとだけ先輩と一緒にいたい。


「ん~、絶妙な時間だね。 帰るにはまだちょっと早い……かも?」


 優はすかさず言葉を返す。


「じゃ、じゃあ!もうちょっとだけ一緒にアキバ、回りませんか?」



 あまりの勢いに少し呆気にとられたが、くすっと笑い遥が返す。


「いいよ。私も、もうちょっと遊びたいな」


 遥も同じ気持ちだった。


 佐久間君ともちょっと一緒にいたい——。


 だって、あの日から交わせなかった“また”が、やっと実現したんだから。


「じゃあとりあえず、歩きますか!」


 目的もなくただぶらぶらする。

 

目に留まったお店に入って、結局何も買わずにそのまま出る。


 ただのなんてことない日常が、こんなに楽しいなんて知らなかった。


 そんな風にただの日常を楽しんでいると、ビラ配りのメイドさんが声を掛けてきた。


「よかったらお二人でどうですか~?」


 二人きりの空間に水を差されたようで、少しムッとした。


「あ、いや大丈夫です!」


 そう断りを入れる優の方を見ると、メイドさんの少し大げさに露出した胸元に視線が落ちていた。


 なぜか胸がざわついて、気づけば足が速くなっていた。


「先輩?なんか急に歩くの早くないですか?」


「ん?そうかな?」


 そういいながらも遥の足は止まらない。


「先輩もしかして、怒ってますか……?」


 ピタッと足を止める。


「怒ってないよ……ただ……」


「佐久間君も、そういうとこあるんだなって思っただけ……」


 自分でもよく分からないもやもやを、無理やりそう言い聞かせた。



 ——しばらくアキバ散策をしていると、日が傾き始め、時刻は17時半ごろになっていた。


「結構いい時間になってきましたね」


「ほんとだ……」


 二人の間に”解散”の空気が流れ始める。


 本当はこの後一緒にご飯でも、って誘いたかった。


 でも、まだ自覚したばかりの優にはそこまでの勇気はなかった。


「そろそろ帰りますか、また親御さんに怒られちゃうかもですし」


 本当の気持ちを抑えるように、冗談めかして言う。


「そうだね、そろそろ帰ろっか……」


 二人は駅へと歩き出す。


 その間、会話はあまりなく、寂しげな空気が漂っていた。


 駅に着き、改札をくぐり、解散の時間となった。


「あの、先輩」


 優が先に口を開く。


「また……イベントとか関係なく、今日みたいに一緒に出かけませんか?」


「……えっ?」


 思いがけないお誘いに遥は一瞬うろたえた。


「嫌なら全然……」


「い、嫌じゃない!」


 優が言い切る前に遥が遮る。


「私も……佐久間君と普通に遊びたい……」


「だからまた誘ってほしいな……」


 その言葉だけで、優のテンションは最高潮になった。


「絶対!絶対誘います!」


 そうして二人はどこか気恥ずかしさを残したまま、それぞれのホームへと向かった。



 帰宅後、優は遥とチャットで今日のお礼を言い合ったりしながら自分の気持ちと向き合っていた。


 ”先輩のことが好き”


 この感情を自覚してしまったことで、先輩との関係が崩れてしまわないだろうか。

 

この感情を先輩に気付かれたとき、先輩との距離が離れてしまわないだろうか。


 今の先輩との関係はとても心地が良い。


 だからこそこの関係を壊したくない気持ちも強かった。


 だが優はもう”その先”を望んでしまっている。


 一度自覚してしまった気持ちは、もう抑えられない。


 スマホを見れば、ついさっきまでやりとりしていたチャット履歴が残っている。


 それだけじゃ物足りなくて、引き出しからあの日の写真を取り出した。


「あぁ、俺もうこの時から……」


 写真に映る緊張しきった自分を見て、ぽつりと呟く。


 写真を大切にしまい、ベッドに潜り込む。


「先輩を傷つけないように、考えて動かないとな……」


 リリイベの余韻と気付いてしまった自分の本当の気持ちを胸に、そのまま眠りに落ちた。



 自室で今日の振り返りをしていると、部屋のドアがノックされる。


「陽翔?どうしたの?」


 部屋への訪問者は、弟だった。


「どうしたの?じゃないよ、約束」


「約束?なんかお見上げ買ってくる約束でもしてたっけ?」


「違うよ!今日のこと、聞かせてくれる約束だろ?」


「あっ……」


 すっかり忘れていた遥はばつの悪そうな顔をする。


「で?どうだった?」


「どうも何も、普通に食べ歩きして、イベント楽しんで、アキバ散策しただけだよ……」


 陽翔は少し考えたあと、


「……ねーちゃん、それってやっぱり”デート”じゃん……」


「デッ!?」


 思わず大きい声が出てしまう。


「だから、デートとかじゃないよ……普通に遊んだだけで……」


「いや、若い男女が食べ歩きしてお互いの好きなところ行ってブラブラしてって」


「それがデートじゃなかったら何がデートなんだよ」


「うっ……」


 弟のもっともらしい言い分に何も言い返せなくなる。


「しかも前日に一人ファッションショーまでしてさ……いてっ!」


 遥は顔を真っ赤にしながら弟の脳天にチョップを落とした。


「変なこと掘り返さないで……」


「わかったって。でさ、ねーちゃんは”佐久間君”のこと、好きなの?」


 全く反省してない弟はさらに話を掘り下げる。


「すっ、好き?佐久間君のことを?誰が?」


「ねーちゃんしか居ねぇだろ...」


 明らかに動揺している姉に、少し飽きれ気味の弟。


「まぁその反応だと当たりっぽいね」


「……好きとか、そういうのはよく分かんない……」


「じゃあさ、もし”佐久間君”が他の女子と仲良さそうにしてたらどう思う?」


 優が全然知らない女の子と楽しそうに会話しているところを想像する。


「それは……なんかちょっと嫌かも……」


「ほら、普通好きでもない人にそんなこと思わねーもん」



 私って、佐久間君のことが”好き”だったの……?



 気持ちの整理がまだ付かないまま、


「じゃ、俺彼女と電話してくるから。 またなんかあったら教えろよ~」


 と言い残して部屋を去っていった。


 何とも言えない感情のままベッドに横になる。


 ”佐久間君のことが好き”


 もしそれが本当だったら、今日時々感じていたモヤモヤも説明がつくかもしれない。


 間接キスしちゃうかもって緊張も。

 

 ちょっと膝が触れ合った時のドキドキも。

 

 もうちょっと一緒に居たいって気持ちも。

 

 メイドさんへの視線にヤキモキした感情も。



「……そっか、そういうことだったんだ」



 そのまま遥は夢の中へと落ちていった。

今回の第17話、「その気持ちに、名前が付いた」では、

優は“恋”だと自覚し、遥は“好きかもしれない”と初めて気づきかける──

そんな、すれ違いそうで、でも確かに近づいていく二人の想いを描きました。


リリイベを終えて、ほんの少し世界が変わって。

“また遊ぼう”と約束するだけで、ドキドキしてしまう。

このくらいの恋の進み方、僕はすごく好きです。


次回、二人の距離がどうなるか……どうぞお楽しみに!

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