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第16話:恋と呼ぶには十分過ぎた

 リリイベの会場となるアニメショップは、人の熱気で空気がこもってて息が詰まりそうなくらいだった。


「やっぱり、土曜は人がすごいですね」


「うん……ちょっと酸欠になりそうかも……」


 遥が浮かない顔をしていた。


「大丈夫ですか? 無理しないでくださいね、もしダメそうだったらすぐ出ましょうね」


「ううん、大丈夫。 折角ここまできて、コトちに会えるし……それに……」


 出かかった言葉を胸の奥に仕舞い込む。


 人込みを掻き分けながら、イベントブースのある一番上の階へと進む。


 イベントブースの周囲には、コトちのリリイベがあるにもかかわらず、人だかりは意外と少なかった。


「ふぅ、ちょっとマシになりましたね」


「うん、でもちょっと複雑だね……」


 しばらくするとイベントの待機列が出来始めたので、二人も並ぶことにした。


 待機列には20人ほど並んでいた。


「意外と人来てるね」


「そうですか? 俺はコトちなら100人くらい集められると思ってましたよ!」


「それは流石に……無理、とか言っちゃだめだよね」


 クスっと遥が笑う。


 たわいもないやり取り。それだけなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。


 10分ほど並んでいると開場し、中へと誘導された。


 会場はパイプ椅子が綺麗に並べられており、ステージ側には大きな白い布が用意されていた。


 どうやら、あの布にプロジェクターでコトちを映すらしい。


「中に入ると、ぐっとイベント感出てきたね!」


「そうですね!どんな事してくれるのか楽しみですね!」


 スタッフの案内で席につく。


 思いのほか間隔が狭くて、膝と膝が少しだけ触れた。


「あ、ごめんね!」


「俺の方こそ、すみません!」


 ただ少し膝が触れただけなのに、二人の心臓の音が重なって、自分のがどっちか分からなくなった。


 しばらくすると、スタッフさんの「もう間もなくはじまりまーす!」の声を合図に明かりが落ち、辺りが薄暗くなった。


 正面の白い布に、推しがでかでかと映し出される。


「みんな元気ー?元気な人もそうじゃない人も、今日もぼちぼちがんばろ~!」


 満面の笑みでいつものあいさつをする推しを見て、二人ともさっきまでの緊張はどこかへ行き、自然と笑顔になっていた。



リリイベ直前、桜庭コトネは初めての単独イベントに緊張していた。


「流石に単独イベは緊張するなぁ」


 いつもの部屋、いつものPC。


 でもカメラ越しに映る“リアル”な景色が、そこをまるで知らない場所に変えてしまう。


 どんな人が来てくれているのか確認したくて、カメラを眺めていると、


「ん? あの二人って……」


 そこには夏コミの時、眩しすぎるくらいの青春を見せてくれた二人が横並びで座っていた。


「あの二人、上手くいったんだ……」


 画面の向こうに、ふと気持ちがほどける。


「私も、ちょっと助けられちゃったかも。……ありがと」


「コトネさん、そろそろでーす!」


 通話越しにスタッフさんに呼ばれ、本番へと向かった。



「今日はみんなコトちのリリイベに来てくれてありがと~!」


 推しが目の前にいる。


 配信でも、動画でもない“本物”の存在に――


 二人はただ、声も出せずに見惚れていた。


「じゃあまず、コトちもみんなのこと知りたいから、ちょっと質問していってもいいかな?」


 推しが誰にしようかと視線を左右に動かしている。


 推しの目線が止まった。


 遥は推しとしっかりと目が合っていた。


「じゃあまず、後ろから2列目のカップルの彼女さんの方!」


 後ろから2列目のカップル...私たちも後ろから2列目だけど、カップルじゃないし他の人かな。


 誰が当てられたのか確認しようと周囲を見渡すと、視線が遥の方に集まっていた。


「……えっ?」


「そう!今キョロキョロしてるおねえさんだよ!」


 推しがはっきりと私の方を見ている。


 急激に顔が熱くなる。


 大勢の前で当てられた緊張と、彼女さんと呼ばれた恥ずかしさで頭が回らなかった。


 優の方をチラッと見る。


 優も顔を少し伏せて、頬を赤らめていた。


「じゃあ、おねえさんは今日どこから来てくれたのかな?」


「ひゃいっ! え、えと……〇〇区から来ました……」


「お~都内から来てくれたんだ! じゃあ彼氏さんの方はどこから来てくれてたのかな?」


 優が思わず吹き出した。


「お、俺ですか!?」


「君以外いないでしょ!」


「え、えと……〇〇区です!」


「二人とも○○区なんだ! じゃあご近所さんだね!」


 どぎまぎしている二人をよそに、推しは質問を続ける。


「二人とも、夏コミも来てくれたよね?印象的だったから覚えてるよ~」


「今日は“二人で”来てくれてありがとね!二人のこと、応援してるよ!」


 顔を真っ赤にしたまま小さく「ありがとうございます……」ということしかできなかった。


 周りのお客さんからも小さく拍手が送られた。


 恥ずかしすぎて逃げ出したくなる。


 そんな二人をよそに、質問は続いていく。


「じゃあ~次の人は~」


 何人かに質問をした後、


「よし! 皆のことも聞けたし、お次は~~~」


「ライブパート!」


 客席から歓声が沸いた。


 ライブは三曲行われた。


 盛り上がる系からバラード、最後はオリ曲。


 どれも生歌とは思えない程圧巻の歌声で、遥は思わず静かに聞き入ってしまった。


 優は推しの生歌にテンションが上がりながらも、横目で遥の方をチラっと見る。


 推しのライブに釘付けになっている遥の横顔は本当に綺麗で、気付けば優はそっちに釘付けになっていた。


 ライブが終わり、今回のイベントやアルバム制作の裏話が語られ、リリイベももう終わりが近づいていた。


「みんな今日は本当にありがとね」


「みんながこうして応援してくれたおかげでアルバムも出せたし、こうしてイベントも開催できた……」


「コトちの夢は、武道館でライブをすることです!」


「これからもその夢に向かって全力でがんばるから、みんなも着いてきて欲しいな……」


 推しが少し切なそうな顔でそういうと、客席から大きな拍手が巻き起こった。


「コトちー!」 「応援してるぞー!」 「どこまでもついて行くよー!」


 様々な激励が推しに送られる。


 桜庭コトネは震えそうになる声を抑えながら、口を開いた。


「みんな、ほんっっっっとにありがとね!」


「イベントはこれで終わりだけど、最後に握手会ならぬちょっとだけおしゃべり会もあるから良かったらみんなお喋りしようねー!」


 そう言って推しは一度スクリーンから去っていった。


「コトちの生歌!ヤバかったね!」


 興奮気味に遥が話しかけてきた。


「生歌であれって、ほんとヤバいですよね!やっぱりコトちはもっと有名になるべき存在ですよね!」


 二人はイベントの感想を語り合った。


 程なくしてお喋り会の列生成が始まった。


「先輩、お喋り会どうします?」


「ここまで来たし、もちろん参加したい!」


 先輩はまだ少しテンションが上がったままだった。


 いつもよりちょっとテンション高い先輩...良いかも…


 思いのほか感想会が盛り上がってしまい、気付けば列の最後尾しか空いてなかった。


「一番後ろになっちゃったね……」


 少し申し訳なさそうに遥がつぶやく。


「でも、一番最後だったら後ろに人もいないしちょっと長めに話せるかもしれませんよ?」


「そ、そうかな?」


 少し上目遣いで優を見上げる。


 心臓に悪いから本当にその顔はやめて欲しい……


 感想会の続きをしていると、案外すぐに順番が回ってきた。


「先輩、先行きますか?」


「ううん、佐久間君先行きなよ」


 日本人特有の譲り合いが始まった。


 まぁ、一番後ろならって話もあったし先に行かせてもらおうかな。


「じゃあ、俺先行きますね」


 推しの前に歩みを進める。


「あ、君!久しぶり~!」


「お、覚えててくれたんですね」


「もちろんだよ~、いきなりお礼言われてめっちゃ印象に残ってたからね!」


 夏コミでの自分の行動を思い返して、少し恥ずかしくなる。


「で、上手くいったみたいだね」


 推しがニヤッと笑った気がした。


「は、はい!おかげさまで友達になることが出来ました!」


 推しが一瞬ぽかんと口を開ける。


「友達……?」


「はい!あの日、コトちに背中を押してもらったおかげです!」


「そっか……友達か。うんうん!偉いよ君!よく頑張った!」


「お、俺は別にそんな……」


「でもさ……”その先”はいいの?」


「えっ!?」


 推しからの思いがけない言葉に一瞬声を失う。


「俺なんて……先輩とは不釣り合いですし……友達になれただけでも……」


「そう言うってことは、”そういう”ことじゃない?」


 図星を突かれ、今まで心の奥底から出てこないようにしていた感情が溢れだしてる。



 普段のクールな先輩。

 

 コトちのことになるとちょっとテンションが上がってしまう先輩。


 チャットだといつもより饒舌な先輩。


 寂しくて学校でも話したいと言ってくる先輩。


 私服だといつもより大人っぽく見える先輩。



 今までの遥との思い出が一気に押し寄せる。



 それは、”恋”と呼ぶには十分過ぎた。



 あぁ、やっぱり俺は先輩に”恋”していたんだ。


「前も言ったと思うけどさ、コトち、二人のこと応援してるからね!」


「……はい!ありがとうございます!」


 そう答える優は、どこか覚悟が決まったように見えた。


 気付けばリリイベの感想などを言う間もなく、お喋り終了時間になっていた。


「俺も!コトちの夢応援してます!がんばってください!」


 推しはクスっと笑い、「ありがとね」と答え優のお喋り会の時間が終了した。



 優が捌けたのを確認して、遥が推しの前へ移動する。


「おねえさん!久しぶり~!」


「お、お久しぶりです!」


「あれ?また緊張してる?」


 いたずらっぽく推しが問いかける。


「それでさ、前言ってた子と上手くいってるみたいだね」


「っ!?」


 予想していなかった言葉をかけられ動揺してしまう。


「は、はい!コトちのおかげで、初めて友達が出来ました!」


 やっぱり”友達”なんだね。


「コトちは何もしてないよ! 二人が勇気出して頑張ったから友達になれたんだよ!」


「いやほんとに私は何も……全部佐久間君のおかげで……」


 そっか、”佐久間君”っていうんだ。


「大丈夫、おねえさんもきっと気付かないうちにがんばってるから!」


「ちなみに、初めての友達はどう?」


 思いがけない質問に、優と一緒にいるときのことを思い出しながら答える。


「えっ? えっと……佐久間君と一緒にいると素の自分でいられる気がして」


「話しててずっと楽しくて、話せない日が続くと……胸の奥がぎゅってなる感じがして……」


「でもまた会えると嬉しくて……友達って良いなって思いました!」


 うんうん、それって多分……”恋”ってやつじゃないかな?


「そっかそっか、佐久間君はおねえさんにとって本当に大切な存在になったんだね」


「はい、そうだと思います……!」


 気付けばもう終了時間が迫っていた。


「さっき言った気持ち、忘れないでね」


 推しが少し真剣な表情でそう言った。


 言葉の真意が分からず、頭の上にはてなマークを並べていると終了の時間がやってきた。


「また報告待ってるからね~!」


「は、はい!」


 訳も分からず取り敢えず返事をしたところで、お喋り会は終了となった。


 画面越しに映る二人の後姿を見ながら、推しは小さく笑った。



 

リリイベ終了後、桜庭コトネは自室で一人悶えていた。


 スタッフさんとも解散し、通話を抜け、ヘッドセットを外し、大きく息を吐いた。


「ふぅ、流石に緊張したし、疲れたなぁ」


「でも、あの二人見てたらちょっと元気もらえたなぁ……」


「つかなんなのあの二人!あの二人の話だけで一本ドラマ出来上がるでしょ!」


「あ~尊すぎる~、続きはどこで読めますか?気になりすぎるよ~」


 桜庭コトネのオタクの部分が全開になっていた。


「次のイベントも絶対、お喋りタイムはタイテに入れよ……」



 桜庭コトネは静かにそう決心した。

今回のリリイベ編、いかがでしたか?

人前で“カップル扱い”されてあたふたしたり、推しとお喋りしたり…イベントとしての盛り上がりはもちろん、二人の心の動きも大きな回でした。


優にとっては、自分の中にあった気持ちが“恋”だったとちゃんと気づけた回。

遥にとっては、その気持ちが初めて芽生えた回。

同じ時間を過ごしていても、ほんの少しだけ違うスピードで、でも確かにお互いのことを想い始めてる、そんな二人です。


あと、コトち視点での裏側も書けて楽しかった!

やっぱり、推しってすごい。

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