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初めての冒険者ギルド




「ほんっとーにごめんなさい!」


 ビッグボアの亡骸を尻目に、少女は深々と頭を下げる。


 年齢はラグナと同じくらいだろうか。セミロングの銀髪に、服装はシャツと短パン、その上に軽い革の装備といった、動きやすさを重視した出で立ちだ。

 この少女が街中を歩けば、すれ違う人間はきっと振り返って二度見することだろう。

 美少女だから、という理由もある。だが、それ以上に目を奪われるのはその背に背負った大剣だ。

 身の丈よりも大きな抜き身の大剣。その先端は地面で削られ、刃こぼれを起こしている。


 ――異質。この少女の第一印象を一言で表すならそれだ。


「いや、俺が斬られたわけじゃないし、そんなに謝らなくても……」


「でも、私のせいで血まみれに……。そうだ! 確かこの辺にハンカチが……」


「…………」


「…………」


「……きれいな赤黒い色のハンカチだな?」


「うう……ごめんなさい……。さっき自分の体をこれで拭いたんだった……」


 凶悪な武器を持ち歩いているという点から、性格もそれ相応のものかと思いきや、外見通りかわいらしく、おっちょこちょいな一面が見て取れる。

 なんともアンバランスな少女だ。――いや、むしろ釣り合いが取れていると言うべきか。


「そういえば……あなたはどうしてこんなところに?」


「それは割とこっちが聞きたいことではあるな」


「私は冒険者だから。このビッグボアの牙が必要って依頼を受けてここに来たの」


 言いながら、少女は腰からナイフを取り出し、ビッグボアの解体を始める。

 素人目にもわかる見事なナイフ裁きだ。瞬く間に目的の牙を取り出すとラグナの方へ振り向き、話を続ける。


「でも、あなたは冒険者じゃないでしょ? それにこの森は今、たち……」


「……たち?」


「い、いや、なんでもなかった。……とにかく、冒険者でもないのに、どうしてこんな危険なところに?」


「俺の場合はまあ……端的に言えば事故だ。師匠に渡された瞬間転移の魔道具でステイトの街付近に転移するはずが、何かの手違いでこの森に飛ばされたんだよ」


「それは多分……正常に機能しているんじゃないかな。ここから南に三キロほど歩いた場所にステイトの街があるから」


「! そうなのか!?」


 まさかこんな森に目的地の場所を知る人間がいるとは思わず、思わぬ幸運にラグナは目を瞬かせる。


 だが、三キロも離れているのはいかがなものか。地図上で見れば三キロという距離はちょっとした誤差程度だろうが、実際の距離で考えると三キロも離れているものは『付近』とは言えない。

 いったいどんな間違いをすれば、転移の座標を三キロも間違うのか。見た目とは裏腹に、結構雑なところがあるウィズならやりかねないことではあるが。

 この少女と出会えていなければステイトの街にたどり着けなかった可能性があったため、これは文句を言ってもいい案件だろう。


「……もしかして、あなたの言うお師匠さんって……ウィズって人?」


「へ? そうだけど……」


「なら……あなたの名前はラグナ?」


「……な、何で知ってんだ?」


「やっぱり! 黒髪だからそうなんじゃないかと思ってた!」


「ど、どゆこと……?」


 なぜか初対面の人間に名前を知られているラグナ。

 状況が理解できず、目が点になる。


「これから冒険者ギルドに行って冒険者登録をするんだよね?」


「そのつもりだけど……なんでそこまで知ってんだよ!? なんで? 怖い!」


 さらにその上、この先の行動まで読まれる始末。

 謎は深まるばかりだ。


「それじゃあ一緒に行こう! 冒険者ギルドまで案内してあげる!」


「それは助かるけど……その前に色々と聞きたいことが――おわっ!?」


「急ごう! ギルマスが待ってる」


「ちょ、待、話を……力強っ」


 ラグナの手を強引に引っ張り、少女は駆ける。

 そしてそのまま、ラグナは三キロの道のりを走り続けることとなった。




     ▼△▼△▼△





「着いた! ここがステイトの街の冒険者ギルドだよ」


「ゼェ……ハァ……ちょっと……休ませてくれ……」


 無事に到着したようだが、それどころではない。

 強制的に走らされて、スタミナはもう限界だ。


「シーラがただいま戻りましたー!」


「だめだ……俺の話を聞いちゃいねぇ」


 ラグナの制止を気にも留めず、少女は元気よく冒険者ギルドの扉を開ける。

 そういえば名前を聞いていなかったが、少女の名前はシーラというらしい。

 ラグナはシーラに引きずられる形で、初の冒険者ギルド入場を果たした。


「おかえりなさい、シーラさん」


 シーラを出迎えたのは、冒険者ギルドの受付嬢と思われる人物。

 受付嬢はシーラに引きずられているラグナを一瞥すると、


「……そちらの方は?」


「ギルマスが言ってた、ウィズさんのお弟子さんだよ」


「……なんだか、今にも死にそうな顔をしていらっしゃいますけど」


「え? あっ! ごごごごめんなさい! 大丈夫!?」


「……な、なんとかな……」


 まるで今気づいたかのようなシーラの反応に、ラグナは若干引き気味で答える。

 普通、人一人引きずっていたら重さで気づくものなのではないだろうか。それに気づいていないとなると、いったいどれほどの馬鹿力なのか。


 ラグナは家を出発してから僅か十数分で、世界にはこんな奴がいるのかと、早くも世界の広さを思い知った。


「……私はギルドマスターを呼んできますね」


「あ、はい、お願いします。……本当にごめんなさい、ラグナくん」


「別にいいよ……。そんなことより、なんで俺のことを知ってるんだよ?」


「それは……一週間前にウィズさんがこの冒険者ギルドに訪ねてきて、『近いうちに私の弟子がここに来るだろうから、その時はよろしく頼む』って頼みごとをされたっていうのをギルマスから聞いて」


「……さっきから言ってる、そのギルマスってのは?」


「ギルドマスター。簡単に言えば、この冒険者ギルドで一番偉い人かな」


「……なるほどな」


 一週間前にウィズが外出していたとは、気付きもしなかった。

 確かに、自分と瓜二つの分身を作れるウィズなら、ラグナに気づかれずに外出することも可能だろう。

 そして、あらかじめこの冒険者ギルドにラグナのための根回しをしに来ていた。

 たったの一年で白金冒険者(プラチナランク)になれなんて無茶ぶりをしておきながら、甘さを捨てきれないのがいかにもウィズらしい。


「――お前さんがラグナか」


 受付の奥の扉から姿を現したのは、スキンヘッドのイカつい男。その辺の冒険者よりも強者のオーラがあふれ出ている。

 一見どこぞの用心棒にしか見えないが――


「あの人はウォルム。ああ見えてこの冒険者ギルドのギルドマスターだよ」


「……おいシーラ。ああ見えては余計だ」


「あはははは」


「そんなことより、お前は早く(それ)を納品してこい」


「あ! そうだった!」


 慌てて受付に走っていくシーラ。

 見ていて飽きない少女だが、落ち着きがなさ過ぎて心配になる。

 ギルドマスターはそれを見て、ハァ……とため息をつくと、親指で背後の扉を指し、


「……とりあえず、お前さんは奥に来てくれ。そこで話をしよう」





      ▼△▼△▼△





 ラグナが案内されたのは応接室。そこに置かれていたソファに、机を挟んでギルドマスターと顔を合わせる形で座る。


「――さて、まずは自己紹介を。俺の名前はウォルム=レイン、このギルドのギルドマスターだ。さっきシーラに教えられただろうが一応な。そして、俺の横に立っているのが受付のオカリナだ」


「よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします」


 受付嬢に頭を下げられ、ラグナも思わず頭を下げる。

 この、下手なことは言えないような空気は正直苦手だ。


「お前さんのことは『頂の魔法使い』から聞いてるから自己紹介の必要はない」


『頂の魔法使い』、ウィズの二つ名だ。

 実際にそう呼ばれているのを見ると、世界最強というのは本当だったんだなと、改めて実感する。


「あまり詳しいことは聞いていないがお前さん、冒険者になりたいんだってな」


「……まあ、成り行きで」


 まるでラグナの方から冒険者になりたいと言い出したような言い分だ。

 ウィズはいったい、彼にどんな説明をしたのか。非常に気になるところである。


 「ここに、お前さんの冒険者証がある」


 ギルドマスターが机の上に置いたのは銅色のプレート。そこに、ラグナの名前が彫り込まれている。


「本来はもう少し面倒な手続きが必要なんだが、それも『頂の魔法使い』が先に済ませている。これでお前さんはすぐにでも冒険者として活動できるわけだ。が――」


 ラグナが冒険者証に手を伸ばすと、ギルドマスターはそれを拒むように冒険者証を取り上げ、


「――お前さん、本当にラグナか?」


「……というと?」


「俺は『頂の魔法使い』から弟子であるラグナのことを聞いただけで、実際に見たことがあるわけじゃない。それに、ここに『頂の魔法使い』の弟子が来るという噂は広まっていてな、目立ちたがり屋がラグナと名乗って現れる可能性がある。故に、お前さんが本物のラグナなのかわからないんだよ」


「つまり……俺が師匠(ウィズ)の弟子である証拠を出せと?」


「ああ」


「……」


 腕を組み、ラグナは思考する。

 ウィズの弟子である証拠を出せと言われても、そんなものがあるのだろうか。

 パッと思いつくのは、ウィズからもらった鞄くらいのもの。だが、それを見せたところで何の証拠にもならない。


「……ま、いきなりこんなことを言われても証拠なんてそうそう出せるものじゃないだろう。そこで、だ。――俺と戦うってのはどうだ?」


「「……はぁ?」」


 いきなりのぶっ飛んだ提案に、ラグナと、そしてなぜか受付嬢までもが驚きの表情を浮かべる。


「ちょ、ギルマス!? そんな話、私聞いてませんけど!?」


「お前さんがもし、本物の『頂の魔法使い』の弟子なら、実力もそれ相応なもののはずだ」


「……だから、戦って証明しろってことか」


「そういうことだ」


「ギルマス! 無視しないでください!」


 かなり無茶苦茶な言い分だが、理にかなっていると言えなくもないような気がする。

 それに、考え方を変えればウィズ以外の人間と戦えるいい機会だ。


「……わかった。それで証明できるならそうしよう」


「決まりだな。というわけでオカリナ、裏の訓練場を貸し切るぞ。観客を集めてもらっても構わねぇ」


「……まさか、初めからそのつもりで私を呼んだんですか?」


「さあ、どうだかな」


「……はぁ、わかりましたよまったく……。あまり無茶はしないでくださいよ?」


「善処する」


 あきれたような顔で「……どうだか」と呟くと、受付嬢は若干急ぎ足で応接室を出て行った。

 それを見届け、ギルドマスターは立ち上がると、


「さ、お手並み拝見だ」


 と、楽しそうに笑った。

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