ラグナVSギルドマスター
「おい、ギルマスの前に立っているあのガキは何者だ?」
「聞いてなかったのか? なんでも、あの『頂の魔法使い』の弟子なんだとよ」
「こりゃ、面白くなってきたな」
訓練場の中央に立つ、ラグナとギルドマスター。その周りには、噂を聞き付けた冒険者や街の住人が観客として集まっている。
「……悪い、まさかここまで人が集まるとはな。こういうのは苦手か?」
「……さあ? 経験がないからなんとも」
「そう言えるなら大丈夫だな」
くつくつと笑うギルドマスターを一瞥し、ラグナはふと、観客の方へと目を向ける。
すると、その中にいた銀髪の少女と目が合った。
「ラグナくん! ギルマスは一応元金級冒険者だから! 頑張って!」
「……って言ってるけど、そうなのか?」
「ああ。と言っても金級冒険者だったのはもう何年も前の話だ。今は大分衰えてる」
冒険者の金級は、銅、銀、金、白金とある内の上から二番目。相当な実力を持っていなければ到達することもできないランクだ。
衰えていると謙遜してはいるが、低く見積もっても銀級の上位くらいの実力はあるだろう。
「……こほん。審判は私、オカリナが務めさせていただきます。ルールは簡単。どちらかが負けを認めるか、もしくは気絶すれば試合終了。魔法の使用はあり。真剣などの殺傷能力の高い武器の使用は無しですが、木製の武器なら使用は認めます。そしてもちろん殺しは無しです。お二人とも、準備はよろしいですか?」
「俺は問題ない」
「同じく」
「……念のため聞いておきますが、ラグナさん。本当にその装備でよろしいのですか?」
「ん? ああ……」
ラグナを不安そうな目で見つめる受付嬢。
それもそのはず、ギルドマスターは革の防具を着ている上、木製の剣を携えているのに対し、ラグナはごく普通のシャツとズボン、そして武器は未所持である。
心配されるのも当然の格好だ。
「これでいい……と言うかこれがいい。装備で守りを固めても動きづらくなるだけだからな。……それに多分、着たところであまり意味がないだろうし」
「……なるほど、わかりました。あまり無茶はしないでくださいね。……ギルマスも」
「わかったわかった」
「……それでは、これより試合を始めます」
受付嬢が右手を上げると辺りは静まり返り、二人は臨戦態勢をとる。
そして――
「……始め!」
「まずは小手調べだ」
開始の合図と同時に、初めに仕掛けたのはギルドマスター。木剣に魔力を流し、ラグナに高速で接近、真正面から斬りかかる。
「へぇ……硬いな」
「……それが取り柄なもんで」
ラグナはそれを、魔力をまとった左腕で防ぐ。〈身体強化〉も同時に行い、体内への衝撃もカバー。
「確かにこの硬さなら防具は必要ないな。――だが、回避せずに受けたのは間違いだ」
「――っ、これは……!」
攻撃を防いだ腕に外傷はない。だが、謎の痺れにより思うように動かなくなっている。
まるで、電気でも流されたような感覚だ。
「離れろ!」
「っとと、危ない」
動く右手から、すかさず魔力の弾を撃ち出す。
ほぼゼロ距離での反撃だが、ギルドマスターは驚異的な反応速度で躱し、ラグナから距離をとった。
「あんたの魔力……雷属性か」
「ご明察、なかなか痺れるだろ」
――雷属性の魔力。その性質は自然の雷とほとんど変わらない。
そのため、ギルドマスターが持っている木剣は常に帯電しているようなもの。触れれば当然感電する。
魔力での防御は物理的な攻撃には効果てきめんだが、こういった魔力の性質そのものを完全に防ぐことは難しい。
「受け続けてもらっても結構だが、いつまでもつかな!」
言い切って、ラグナの視界からギルドマスターの姿が掻き消える。
「こっちだ」
背後から聞こえてくる声。
そして直後、畳みかけるような連撃がラグナを襲う。
袈裟斬り、斬り上げ、胴打ち、上段突き連打、からの回転斬り。
「おいおいどうした。『頂の魔法使い』の弟子の実力はその程度なのか? それとも、お前はラグナを名乗る偽物だったのか?」
言いながら、ギルドマスターは攻撃の手を止めない。それどころか少しずつ、攻撃の速度が上がっていく。
「そんなんじゃあお前をラグナと認めるわけには――おわ!?」
「……チッ、避けたか」
ラグナは隙をついて土手っ腹に一撃を入れる――つもりが、またもや超人的な反応でギルドマスターに回避された。
「……なんで動ける? 全身が痺れて動けねぇはずだが――」
「――――」
「……ああ、いや、言わなくていい。今わかった」
魔力の性質そのものを防ぐのは難しいとは言え、防ぐ方法が無いわけではない。
方法は三つ。
一つは、同じ属性を持つこと。同じ属性の魔力を持つものに魔力をぶつけても体にはその耐性が出来上がっているため、効果は薄い。
二つ目は、相性の良い属性の魔力で防ぐこと。例えば、土属性の魔力は雷を通しづらい性質を持つため、ギルドマスターの攻撃には有効だ。
そして三つ目は、相手の魔力量を大きく上回る魔力で防ぐこと。かなりの力技だが、体を分厚い魔力で覆ってしまえば、魔力を当てられてもその性質を無視することができる。
ラグナが行ったのは三つ目の方法。これにより電撃はラグナの体には届いておらず、もちろん無傷だ。
「……化け物だな、お前さん。それほど濃い魔力を見たのは初めてだ。その体にいったいどれほどの魔力が秘められているのやら……」
「師匠が言うには、俺は師匠よりも魔力量が多いんだと」
「それは……聞きたくなかったな……」
ギルドマスターは唖然とし、額に汗を滲ませる。だが、その目はまだ闘志に満ち溢れている。
「俺も一つ、わかったことがある」
「……なんだ?」
「あんたに俺の攻撃が当たらない理由だ。雷属性の魔力を体に流し、自分の体に負荷をかけることで潜在能力を超えるスピードを引き出しているんだろ」
「……正解だ。そこまでバレているとはな」
人は普段、三割程度の力しか使えていないとされている。百パーセントの力を使うと、肉体がその力に耐えきれず壊れてしまう。そうならないために、脳が自動的に力を制御しているのだ。
ギルドマスターはそれを、自身の体に電気と同じ性質を持つ魔力を流すことで無理やりに引き出し、それにより体が壊れないように体を魔力で強化。
それに加え、通常は脳や脊髄から送られてくる電気信号を体に纏った雷属性の魔力から直接体に伝えることで、ギルドマスターが纏っている魔力にラグナの攻撃が触れた瞬間、体が自動的に反射して、その攻撃を避けるようになっている。
よって、生半可な攻撃はギルドマスターには当たらない。
「……さて、どうする? お互いに碌に攻撃を当てられないとなると、まともな試合にならないが」
「……嘘だな、あんたはまだ全然本気を出していないだろ」
「そりゃ、お互い様だと思うが?」
「当然」
ラグナが人差し指をクイッと上に向けると、空中に複数の〈魔力弾〉が生成される。そして、それをギルドマスターに向けて一斉放火。
一直線に飛んでいく、複数の〈魔力弾〉。ギルドマスターはそれを軽々と回避し、
「随分となめられたもんだ。その程度、避けられないわけが――」
反撃に出ようとして――思考を一転、咄嗟に横へと飛び退いた。
「……あっぶねぇ!」
コンマ一秒前、ギルドマスターがいた場所を背後から〈魔力弾〉が通過する。反撃に出ていれば直撃していたことだろう。
「この魔力の弾、追尾してくるのか……! それも、一発一発に込められている魔力も尋常じゃねぇ」
ラグナは自身から半径二十メートルの範囲であれば、自身の魔力を自由自在に操ることができる。
範囲外に出れば操作不能になり、逃れることは可能だが、この訓練場の広さは直径五十メートル程度。そのためラグナが中心に立てばほとんど逃げ場はない。
〈魔力弾〉が何かにぶつかるか、もしくはラグナ本人を倒すまで、この〈魔力弾〉の追尾は終わらない。
「シンプルだが、厄介極まりないな……。こんなところで見せる予定はなかったが……しょうがない」
ギルドマスターは立ち止まり、背を向けていた〈魔力弾〉を真正面に見据えると、木剣で居合の構えをとり、
「――”紫電一閃”」
残像を生み出すほどの速度で〈魔力弾〉の横を通り抜け、直後、すべての〈魔力弾〉が霧散した。
目にも止まらぬ早業。まさしく一閃の出来事だ。
「……まさか、ただの魔力の弾にこれを使う羽目になるとはな。体にかなりの負荷がかかるからあまり使いたくはなかったんだが……。いや、負担がかかるのは体だけじゃないか」
ギルドマスターの手元を見れば、中心から砕けて折れた木剣が。今の高速移動に耐えられなかったらしい。
「……降参した方がいいんじゃないか?」
「まさか、これからだろ。俺は別に剣がなくとも戦える」
砕けた木剣を投げ捨て、両腕を前に構えてファイティングポーズ。
体に纏う魔力が目に見えて増加し、まだまだやる気は十分といった風だ。
「お前さん、さっきから妙な戦い方をしているな」
「妙な戦い方?」
「魔法じゃなく、魔力だけを使って戦ってるだろ。そろそろ魔法を見せてくれてもいいんじゃないか? 見せてくれよ、『頂の魔法使い』の弟子がどんな魔法を使うのか」
ギルドマスターの言う通り、ラグナはずっと魔力の操作のみで戦っている。
この試合はラグナがウィズの弟子であることを証明するための試合。
だから確かに、魔法を使えばそれが一番の証拠材料になる。
だが――
「それはできない」
「……何故だ? 俺が使うに値しない相手だからか?」
「違う」
「……なら、何故使わない?」
別に、出し惜しみをしているわけじゃない。魔法を使って証明できるなら、とうの昔にやっている。
単純な話、ラグナは――
「――俺は、魔法を使えないんだ」




