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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第四章 看板娘は抱きしめる
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夕暮れの窓辺で その5

 カーライル王国の王都、カルネリア。その中心にほど近い貴族街で。


 ようやく屋敷に戻って来た、アルフレッド・アリアスティーネ・アイゼンベルグ筆頭公爵家嫡子は、大きなため息を吐いた。


 馬車から億劫(おっくう)そうに降りた彼を、大勢の使用人が出迎える。いつもと変わらない景色の中、彼は取り立てて気を遣うこともなく、建物の中へ。


「お帰りなさいませ。アルフレッド様」

「今戻った」


 玄関脇で執事頭が頭を下げていた。何も言わずとも彼の後ろに付き従った執事の長に、アルフレッドは疲れた声で答える。


「ご苦労。湯の用意を頼めるか」

「既にご用意しております」

「助かる。……留守中変わったことは?」


 幅の広い屋敷の階段を登りながら、白髪の老紳士に問いかける。紙の束を片手に公爵家嫡男は耳を傾けた。


「王女殿下からお茶会のお誘いが。最近公の場では顔を合わせていないから、そろそろ必要では、と」

「……ああ、先程本人にも言われた。たまには(ふみ)のやり取りでもしないと、また婚約者として不適格、などと騒ぐ輩が出そうだ。気を付けよう」

「殿下とは、今日もお会いになられたのですか?」

「昼間少しだけ、だな。お互い密な連携が必要な局面だ。城にいれば情報共有の場はいくらでも作るさ。もちろん公にはできないが、いちいち茶会の約束など取っていられんよ。考えておこう、他には?」


 広い屋敷だから、私室に着くまでにもそれなりに時間がかかる。付き人は皆持ち場に戻り、傍には彼の傍にいるのは執事頭一人になっていた。


「ブランカに送っていた”影法師(シルエット)”が報告に戻っております」


 その言葉に、アルフレッドは目線を上げた。


「そうか。どこにいる?」

「アルフレッド様の私室に。周辺は全て人払いをかけました」


 執事が上げた右手の先に、彼の私室のドアを見た。


「分かった。皆にはすまないが、しばらく近づかないようにと伝えておいてくれ」

「畏まりました」


―――


 いつでも誰かしら近くに居るアルフレッドだが、私室のドアを閉めれば、彼はようやく一人になれる。


 しかし、この時ばかりはそうもいかないことを、彼は知っていた。

 派手すぎず、しかし価値ある調度品が並べられた部屋。そこで一人佇む彼は、低い声で唸った。


「今戻った。報告を」

「はっ」


 返事は上から聞こえた。

 声の響いた方を見ようとした瞬間、目の前に影が舞い降りる。この家に入った時から外面を取り繕う必要もないから、アルフレッドはつっけんどんに言った。


「屋根裏か。……掃除は行き届いていないだろうに」

「潜めれば問題ありません」

「……報告を」


 ソファにドカリと腰を下ろしたアルフレッドは、目の前の”影法師(シルエット)”に目線を向けた。

 彼が身にまとう真っ黒なローブは、それだけで異質な物だ。

 薄暗い部屋では闇に溶け込み、輪郭を分かりづらくする役割を担う外套は、”影法師(シルエット)”に支給される、言わばトレードマークのようなものだ。男はフードを目深に被ったまま、低い声で答えた。


「非常に危険な状況です。戦端が開かれていないのが不思議な程に」

「……教会か?」

「はい。ブランカには既に複数の龍神聖教会(ドラゴニア)が堂々と歩き回り、対して我々”影法師(シルエット)”も監視を強めています。敵は我々の正体まで掴んでいないようですが、何らかの監視があることに気付いている節があります。こちらから仕掛けぬよう厳命していますが、攻撃を受ければ対応せざるを得ません」


 教会は今のところ、自分たちの正体を隠そうとはしていない。

 長く白い修道着をまとって、支援を名目に町を闊歩(かっぽ)する。少なくとも、他の町の場合はそうだった。

 蚤の市の日、旅人に変装して偵察を行った彼自身も、そうだと分かる人間を何人も見たそうだ。


「……その中心には一人の少女がいる」

「はい。先日の人攫いの一件で失敗していますから、教会も慎重になっているのでしょう。ごく一部を除き、彼らが”白猫”に接触した気配はありません」

「……知らぬは当人達だけ、か。まったく、呑気でうらやましい限りだ。そう言えば、例の人攫いの残党どもはどうなった?」

「捕らえられた一人を除き、町の外で殺されたようです。死体は見つかりませんでしたが、痕跡を複数確認しています」

「……散々利用しておいて、使い潰したら口封じ。胸糞悪いことこの上ないな」


 言葉とは裏腹に、取りたてて口調を変えることのないアルフレッドは、ソファの向かいのテーブルに紙の束を放った。黒ローブが「これは?」と静かに問いかける。


「騎士団からの正式な要請が入った。……どうやら噂が無視できない段階に達したようだ。父上……、いや今は宰相閣下と言うべきだな。宰相閣下が倒れてから、陛下や騎士団の強行を止められる側近がいなくなってしまったからな」

「グレイ騎士団長からの要請、ですか」

「あの方も色々とうるさい。例の娘を連れて来い、言うなれば招集命令が下りた形だ。……アイゼンベルグ公爵領ブランカ。その領主代理として私が行く訳だが、護衛は騎士団の者が担当するよう圧力がかかった」

「なるほど。軍部は監視でも付けた気分なのでしょう」


 テーブルの上の書類に目を通し始めた”影法師(シルエット)”を見つつ、青年は腕を組んだ。


(おもむ)くにあたって、一通りの情報は頭に入れておきたい。お前の報告書は後で読み直すが、気を付けるべき点はあるか?」

「やはり教会の襲撃でしょうか。……ああそれと、”白猫”の保護者が切れ者です。下手をすると足元を(すく)われかねませんから、ご注意を」

「保護者? ああ、人攫いの騒動の時に報告のあった女か。お前が言うなら相当だな」


 予想外の助言だったのだろう。アルフレッドがソファから身を起こす。


「裏でかなり上手く立ち回っているようです。人攫いの騒動の際には、ブランカの冒険者や衛兵が、ある種彼女の私兵のように動いています」

「何だそれは……。ただのギルドの一職員なんだろう?」

「場合によっては、教会よりこちらの方が厄介かと。我々が”白猫”の情報を知っていると分かれば、彼女は警戒するはずです」

「……分かった。留意しよう」


 そう呟いた青年は、一拍置いて苦笑した。何も言うことはなかったが、黒ローブが疑問に思ったことが分かったのだろう。アルフレッドは力なく手を振った。


「いや、話を聞いていたら、どうも伯母上の事を思い出してな。今考えると、あの人の”女狐”の渾名(あだな)も言い得て妙だったな、と」

「リリエラ様ですか」

稀代(きたい)の悪女だなんだと言われているが、その実、あの人も上手く立ち回っていただけだろう? まあ結局、あの人は軟禁された挙句に殺された訳だが」

「十三年も前の話です。私もその頃はまだ王都におりませんでしたし、アルフレッド様もまだ九歳かそこらでは?」


 呆れたような声に青年は笑みを消す。代わりに出てきたのは苦々しい舌打ちだった。


「そうだ。あの頃から教会との反目は続き、今や内戦間近だ。北部がスタンピードの連続で崩壊しかけていると言うのに、南に兵を常駐させておかなければならないせいで我々は碌な支援もできん。まあ、そこまで含めて、全て陛下の筋書きなんだろうが……」


 アルフレッドはぐっと口を引き結んだ。


「たかが”白猫”一匹、されど”白猫”一匹だ。戦の発端にならぬよう、十分注意する必要がある。”影法師(シルエット)”にも支援についてもらう予定だから、そのつもりでいるように」


 黒ローブは何も口にしなかった。しかし、彼が小さく頷くのを、アルフレッドは見逃さなかった。


「ブランカ、か」


 ただの田舎町のはずが、注視しなくてはいけない場所になりつつある。懸念が現実にならなければ良いが、とアルフレッドは再びため息を吐いたのだった。

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