大人たち、考える その1
2019/10/04 追記
扉絵を掲載しました(作:香音様)
最近ケトは忙しい。
起きたらまずは、朝食のお手伝いだ。今日のメニューは目玉焼き。卵のからを入れないように割るのが難しい。綺麗に割れて、おひさまが二つ花開いたので、今日のケトはご機嫌だ。
エルシアと手を繋いでギルドに行った後は、お勉強の時間である。
ロビーの丸テーブルを陣取って、紙とペンの前に座り込む。今はマーサに算術とお金の勘定を教わっているところだ。
切っ掛けは、読み書きが一通りできるようになったころ、エルシアが絵本を買ってくれると言ってくれたことだった。それはもう喜んだケトだったが、ここで一つ問題が発生した。
絵本を買うために必要なお金がいくらか、ケトにはよく分からなかったのである。もちろん高いらしいことは察しがつく。しかし、果たしてそれが、十ラインで買えるのか、百ラインなのか、もっと多いのか、それが見当もつかなかったのだ。
お金はエルシアに払ってもらうから、確かに少女が知っておく必要はないかもしれない。だが、せっかく買ってもらうのだから、どれくらいのお値段か知りたいものだ。
うんうん唸っていたケトを見かねたらしいマーサが、計算とお金の数え方を教えてくれることになったのがつい先日のこと。
計算のお勉強をすると宣言した時、エルシアとマーサが満足そうに視線を交わしていたのがよく分からなかったが、細かいことは気にしない。もうすぐ蚤の市が催されるらしいから、できればそれまでに、一人でもお勘定をできるようになりたいものだ。
読み書きよりもずっと難しいお勉強に飽きてきた辺りで、ガルドスが依頼から戻って来る。彼には、剣のお稽古をつけてもらっているのだ。
ちなみにケトは”おけいこ”の意味がよく分かっていない。多分”けっとう”に近いものだと思っているが、もしかしたら違うかもしれない。
エルシアがこしらえてくれた、普通より短めの木剣を手に中庭へ飛び出す。
このところ、ガルドスはケトの剣を上手く受け止めてくれるようになった。どうやるのか分からないが、木剣を受け止められた時に、いつも剣先が滑るのが不思議だ。
だから最近、剣が滑らないように、力を加減してみたり、文字通り飛び上って不意打ちしてみたりするのが楽しい。ガルドスは変な声を上げながら、何とか防いでみせるのだ。たまに思いっきりひっぱたいて、大きな体をふっ飛ばしてしまうのだが。
ロンメルがいるときは、魔法のお勉強をすることもある。
こちらは中々上手くいかない。手のひらに水でできた球を思い浮かべようとして、何度中庭を水浸しにしたことか。この間は薪割りに使ってみようとして、べちゃんこの木くずを沢山生み出してしまった。
そもそも魔法は色々と小難しいのだ。指向性がどうとか、収束がどうとか、たかだか九歳の子供に言われても分かるわけがない。
ちなみにそういう時、ガルドスは中庭の端っこで素振りをするか、昼寝をするかのどちらかだ。彼はどうやら大人なのに分からないらしい。
お昼にマーサのポトフを平らげたころ、ギルドのドアに括り付けられたベルがカランコロンと音を立てる。
「ケト! あーそぼ!」
来てくれたのは、サニーとティナ。端っこにはジェスもいる。
人攫いの一件以降、折を見ては孤児院の面々が遊びに来てくれるようになったのだ。大概やって来るのはお昼過ぎ。そこからは外に繰り出す日課が出来つつある。
ケトは椅子からぴょこんと飛び降りると、エルシアのいるカウンターに駆け寄った。
「はい、ケト。暗くなる前には戻ってくるのよ?」
「分かった!」
エルシアに猫の刺繍の入ったカバンを出してもらう。もそもそと鞄を肩にかけてあげる傍らで、エルシアはいつも言い聞かせるのだ。
「危ない所は?」
「近づかない!」
「知らない人には?」
「ついて行かない!」
よろしい、と笑ったエルシアに、ケトはちゃんと、行ってきますと、挨拶をするのだ。そして最後におまじない。頭を優しく撫でながら、エルシアはケトに囁く。
「貴女に幸運のあらんことを。行ってらっしゃい」
ケトが外へと飛び出せば、いつもの四人組が完成だ。
今日は何をして遊ぼうか。もちろんサニー達には、孤児院の運営の足しにするために、お金になりそうな資材を集める目的がある。そんな薪集めでも、この四人にかかれば色々なお遊びに化けるのだ。
夕刻になるとギルドに戻って、エルシアに今日あったことを報告する。
ティナと絵本のお話をしたこと、サニーに編み物の道具を売っているお店を教えてもらったこと、ジェスと一緒にダンゴムシを捕まえたこと。話のタネは尽きることがないし、エルシアはうんうん頷きながら聞いてくれる。
家に帰って夕食と水浴びを済ませれば、あとはもう寝るだけだ。エルシアと二人ベッドに入って身を寄せ合う。
ケトはこの時間が大好きだ。エルシアにせがんで、昔話を語ってもらったり、子守歌を歌ってもらったりする。毎回、今日こそは最後まで起きていようと思うのに、エルシアの腕の中が心地よくて、いつも途中で目が閉じてしまうのだ。
季節は夏。いくら北の町とは言っても、半袖で寝ても蒸し暑い。
エルシアは物入れに毛布を仕舞い込み、代わりに薄い布をかけて寝るようになった。町はもうすぐ、蚤の市の時期を迎えようとしていた。




