大人たち、考える その2
「なんだガルドス、またケトちゃんにふっ飛ばされたのか」
「おう……」
「怪力がお前の取柄だったのになあ……」
ガルドスは無言でジョッキを傾けた。
普段より少しばかり苦いエールを飲み下しているところを、隣のエドウィンが呆れたような、気の毒なものを見るような視線で見ている。
大男の額には白い包帯。年端もいかぬ少女に吹き飛ばされた後、受付嬢に手当てしてもらったものだ。
日はとっくに沈み、子供は家に帰る時間。
ガルドスはたまにこうして行きつけの酒場に行って、仕事を終えたエドウィンと酒を飲むことがある。隅っこのカウンターに腰かけて、二人でエールをあおるのだ。
「……結局、いつの間にか驕っていたってことなんだろうな。”銀札”に昇格してから、あまり苦戦もしなくなってきて、気が緩んでいたのかもしれん」
彼の呟きをエドウィンは黙って聞いていた。
孤児院から出たばかりで、日銭を稼ぐのが精一杯だったひ弱な少年はもういない。はじめて依頼を受けてから八年が経ち、ガルドスはいっぱしの冒険者としての実力を身に付けていたはずだ。
少なくともガルドス自身そう思っていたし、事実として、このギルドの常連の中では三本の指に入るくらいにはなっていた。そのはずだった。
その自負を壊されたのが、スタンピードの時だった。
町有数の手練れなどと言われながら、何一つ守ることのできなかった自分。いくら抵抗したところで、数の暴力による蹂躙は想像していた以上に絶望を掻き立てられた。
剣を失くし、立ち尽くすしかなかった彼を救ってくれたのは、年端もいかぬ少女。その細い足が地を割り、目の前に立っていた時の衝撃は計り知れない。
当時のガルドスに、呆然と立ち尽くすことは許されなかった。しかしそれも、今考えれば逆に救いだったのだろう。
魔物の怪力を跳ね除け、光の奔流で一掃した少女は、しかしその強大な力を全く使いこなせていなかったのだ。見た目にふさわしい戸惑いと経験不足は戦場において致命的なもので、そのお陰でガルドスはその援護に神経を集中させられたのだから。
エドウィンが慰めるように口を開く。
「でもよ、少しはケトちゃんの馬鹿力を相手できるようになってきたんだろう? そもそも剣術のけの字も知らない子だ。誰かが教えてやらなくちゃ、どれだけ力があっても、ろくに体を動かすこともできないだろうし」
「あの年頃は成長が早い。きっとケトはすぐに俺を超えるよ」
ピクルスをつまんで、ため息を一つ。まさかこの年になって幼子に負けて落ち込む日が来るとは、ガルドス自身も想像していなかった。
「……とは言うがな、ガルドス。力勝負だけじゃないだろう。ここに来て、まさかの強敵登場なんだぞ?」
「うぐっ」
エドウィンに痛い所を突かれ、ガルドスは呻いた。エールをもう一杯頼んで話を逸らそうとしたが、その前にエドウィンからの追撃が来た。
「……お前、結局エルシアさんとはどうなんだよ? 八日も旅してきたんだろ。なんか進展あったのか?」
「……何もなかった」と不甲斐なく呟くと、呆れた声が返ってくる。
「そりゃあお前、何もなかったじゃなくて、何もしなかった、だろ。あんまりヘタレてるとケトちゃんにとられるぞ?」
ガルドスには言い返す言葉もない。
そう。少女の帰郷の旅で、自分は何もしなかった。エルシアとケトが関係を深めていく様を見守っていることしかできなかったのだ。
自分が何年もかけて築いてきた仲は、それなり以上に深いという自信はあった。それをたった二か月かそこらで越えていく少女に、情けなくも嫉妬する自分がいたのは事実だ。
しかしその一方で、親を失った子同士、寄り添って前を向く二人を守ってやりたいと思う自分がいたのも認めなくてはいけない。旅の間ガルドスは、傷つきながらもただひたすらに生きようとする二人の邪魔をしないように、ずっと気を配っていた。それが間違っていたとは、今でも思えない。
物思いにふけっていたガルドスは、エドウィンの「しかしなあ」という声で現実に引き戻された。
「エルシアさんもエルシアさんだ。こう言っちゃなんだが、似たような境遇の子なんて、孤児院には沢山いるはずだ。なのにあのケトちゃんだけは、どうみても特別扱いじゃないか。なんか理由でもあるのか? もしかして女好きだったりするのか?」
だとしたらお前は絶望的だな、と身も蓋もなく笑ったエドウィンをじろりと睨みつける。
「分からん……。エルシアはああ見えて、昔からどこかで壁を作る奴のはずなんだがなあ」
あの娘は一見して、明るく、頭が良く、しっかりしてるように見える。事実、大多数の冒険者達から見た時の看板娘の評判は抜群に良い。
しかし、ガルドスは彼女の歪さを知っている。
「あいつ、普段猫被ってるはずなんだ……。他人と距離を置いて、関係を深めることを嫌がる奴だったのに。それをケトだけは易々と越えちまった……。本当に何がそうさせたんだか」
エドウィンにしてみれば、それを良く知っているガルドスは十分に懐に入り込んでいるように見えるのだが、当の本人は至って深刻な顔をしていた。
一応エドウィンだって、エルシアという女性の二面性は薄々察している。多分、彼女の中で何かの基準があるのだろう。その基準以上は断じて人が立ち入ることを許さない。人当たりが良いように見えて、どこかで人と接することを拒絶している。矛盾の塊のような女性だ。
「ま、それはそれとして、どうするんだ? ”金札”に昇格したらエルシアさんに告白するって言ってたが、この有様じゃ、いつになるか分かんないぞ」
「それを今言うか……」
ガルドスはエールを飲み干した。確かにその話は、酒の勢いでエドウィンに話した覚えがある。余計なことを言ったと改めて後悔してしまった。
「小さい頃にギルドのランク制の説明を聞いて、エルシアさんが『”金札”かっこいい!』ってはしゃいだんだっけ? で、初心なガルドス君はそれを鵜呑みにしたと」
「おおおやめてくれ……」
「もうちゃちゃっと告白して振られてこいよ。ガキの頃の話を今まで引きずるとか、乙女かお前は」
「う、うるせえ……」
とうとう居たたまれなくなって、ガルドスは頭を抱えた。頭にクラリときて、ああこれは二日酔いだと、うめき声を上げた。
「失礼。少し尋ねたいのだが」
情けなく突っ伏した大男に、カウンターの隣から声をかけられたのはその時だった。
先程来たばかりの客だっただろうか。エールのジョッキを前にして、落ち着いた色の旅装束に身を包んでいる男だ。
「あんた、見かけない顔だな。旅人さんかい?」
エドウィンが、ガルドスの頭越しに声をかける。見慣れない男は、打ちのめされたガルドスを見て笑いながら答えた。
「ああ、この町に来たばかりでな。もし良ければ、この酒場のおすすめが何か教えてほしいんだ」
頭越しにぽんぽんとやり取りされる言葉を聞き流しながら、ガルドスはようやく水を飲み下す。ひんやりと喉元をすぎる心地良さに、ようやくひと心地つく。
旅人がエドウィンに勧められた串焼き肉を頼んでいる間に、ガルドスはようやく体を起こして男に視線を向けた。
「……しかし、何だってわざわざこんな辺鄙な町に来たんだ? ええと……」
「ラッドと呼んでくれ。前々からスタンピードの被害を受けた町の話を聞いていて、ずっと気になっていたんだ。ほら、今は北が物騒だろ? 流石に行く勇気まではなかったんだが、ブランカは蚤の市をやると聞いたもんでな。そこまで復旧が進んでいるなら大丈夫だと思って、来てみたって訳さ」
「なるほどな。ああ、すまん。俺はガルドス、こっちのはエドウィンだ」
確かに最近、ブランカへの来訪者が多い。
それは物資が乏しくなったブランカを商機と捉えた商人であったり、スタンピードの噂を聞きつけた旅人だったり、その目的も多岐に渡る。
ラッドと名乗った男が酒場の中をぐるりと見回していた。
「しかしすごいな。ブランカはついこの間、魔物の大群に襲われたばかりなんだろう? 正直、もっと酷い惨状を想像していたよ」
「まあ、とんでもない目にあったのは確かだな」とエドウィンが答える。
旅人の感想ももっともだ。いくら城壁があるとはいえ、魔物の大群を相手にして、この程度の被害で済んだのは奇跡のようなものなのである。
「実はな、最近カーライル国内でスタンピードが頻発しているようなんだ。この町は無事だったようだが、いくつかの村は壊滅しているようでな。」
「その噂は俺達も聞いたよ。まったく、スタンピードが頻発って何の冗談なんだか」
思わずエドウィンが身を乗り出す。ガルドスも興味を引かれて、旅人の方へ体を向けた。
脳裏によぎるのはケトの故郷のこと。あの村にもスタンピードの爪痕が残されていた。それから今は地下牢にいるはずのランベールの故郷、クシデンタも酷い有様らしい。少女や人攫いの話から察するに、ブランカが襲われる数か月前にはあの惨状だったと考えるのが自然だ。
ラッドはエールのジョッキ片手に、含みのある目で二人を見た。声を潜めて口を開く。
「……しかし、理由が分からないっていうのも妙だよな。スタンピードと言えば、食料の厳しくなる冬に、魔物が食い物求めて山を下りてくるってのが普通だろう? ところがこの町は春になって襲われた。そうでなくても起こった回数が多すぎる。どう考えても変だろう?」
そう言えば、エルシアも同じことを疑っていた。彼女の依頼でオーガの巣穴の偵察に行ったのは記憶に新しい。
いつの間にか酔いがすっかり抜けていた。考え込み始めたガルドスとエドウィンだったが、「まあ、あんまり心配するなよ」というラッドの言葉に我に返る。
「流石に、同じ町を何度も襲う馬鹿はいないだろ。しばらくはこの町は安心できるんじゃないか? ま、放浪者の勝手な考えだけどな」
ラッドはいつの間にか運ばれてきていた串焼き肉を片手に、ずいと身を乗り出した。
「それよりも、だ。この町はどうやって魔物を撃退したのか、俺はすごく気になるんだ。今日一日町を歩いてみたんだが、町の中は被害なしって言うじゃないか。まるで奇跡だ。もしその方法が分かれば、俺みたいな旅人が伝えて回ることで被害を押さえられるかもしれないだろ?」
「ああ、それはなあ……」
思わずガルドスは口ごもってしまった。エドウィンの視線を感じながら考える。
ラッドの言うことはもっともだ。戦闘の規模を考えれば、この町の被害は奇跡的と言っても良い。その方法が知りたいという疑問も当然だろう。
問題は、その奇跡を為したのがおかしな少女一人だという点だ。
明らかに異常な力を持つケト。その存在を町の外に話してもあまり良いことに結びつくとは思えない。特に最近人攫いの騒ぎがあったばかりとあれば、流石のガルドスでもありのままを伝えるのは抵抗があった。
急に黙りこんだ二人を見て少し驚いた顔をしたラッドだったが、やがて申し訳なさそうに話し出す。
「ああ、すまない。もしかして話しにくいことだったか?」
「いや、それは……」
「無理して話さないでくれ。実は色んな噂話が出回っているものでな、ついつい野次馬根性が働いちまった。知っているか? 酷いものだと、突然出てきた小さな女の子が一人で魔物をやっつけちまった、とかいう噂まであるんだ。笑っちまうだろ?」
うおうと思わず口に出しそうになって、ガルドスは慌ててジョッキに口をつけた。自分たちが話さなくても、ケトのことは想像以上に外に出回っている。だからどう、という訳ではないが、ガルドスは漠然とした不安を覚えたのだった。




