路地裏の攻防戦 その8
日が傾き始めた路地裏を、看板娘は駆ける、駆ける。
わざわざ職員の制服に着替えたのは、遠目でも自分の居場所を目立たせるためだ。もう少し人数が集まればギルドに籠って情報収集に努めるという選択肢もあるのだが、少しでも人手が欲しい現状、のんびりと座して待っているつもりはなかった。
とは言え出来るだけ情報が欲しいのも事実。伝令役を任せたミドには、自分が通るであろう大まかなルートを伝えてある。この制服なら通行人の目にも止まりやすいし、ミドだって後が追いやすいだろう。
息を切らして駆けずり回りながら、エルシアは声を張り上げた。
「それじゃ……!」
「そう、マーサさんとロンメルさんから伝言だ! 町の全ての門をギルドからの緊急要請で封鎖してもらった。突破なんてそうそうできないぜ!」
ミドが怒鳴るように答える。あちこち駆けまわったと言うのに、さほど辛そうには見えないのが、彼の体力の多さを物語っていた。
「でもよ、本当に町の、それも東側にいるのかよ! もし他のところにいるなら取り逃がしてもたっておかしくないぞ!」
ガルドスが横から口を挟むが、エルシアはその心配がないことを確信していた。
「大丈夫よ……! ケトが、空に、魔法を、撃った時点で、はあっ、はあっ!」
説明しようとしたエルシアだったが、息が切れてしまってロクに口が動かない。最近こんなことばかりだ。いい加減体を鍛えた方が良いかもしれない。
「ちょっと休めって……」というガルドスの呆れた声を聞きながら、エルシアは渋々足を止めた。膝に手をついて息を整えつつ、自分に苛立ちをぶつける。ああもう、これでは満足に会話もできやしないじゃないか。
町の北東部に展開している冒険者は五人。更に戻ってきた常連達にも声をかけている。それからマーサとロンメルの二人。それぞれに担当する地区を割り振った上で、とにかくしらみつぶしに道を駆けて欲しいとお願いしている。
「だけどよ、こんなことで本当に効果あるのか……!?」
ガルドスが訝し気に受付嬢を見やった。ぜえぜえ言いながら、ようやくエルシアは声を返すことができた。
「けほっ。……ケトが空に魔法を放った時点で、人攫いたちは自分の場所を暴き出されたも同然よ。なら、ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠すのが定石ってものよ。門を封鎖したから、奴らの向かう場所は自ずと制限される。後は浮足立たせてあぶり出すまでよ」
「でも、身を隠す場所なんて西側にも北側にもいっぱいある。どうして東町にいるって分かるんだ?」
ミドが不思議そうな顔でエルシアを見返す。
その疑問はもっともだ。町の西側でさらった少女を、わざわざ東から運び出す理由が二人とも思いつかないのだろう。
膝に当てていた手を放して、ようやくエルシアはまっすぐ立ち上がった。
「簡単な話よ。今のブランカの人通りを考えてみて?」
ブランカには、東西南北に門がある。その内、王都に繋がる南門が最も人通りが多く、次点で、隣町に繋がる西門が挙げられる。
攫った子供を歩かせるにしても、袋に入れて運ぶにしても、多くの人目に付く道は避けるはずだ。もっともエルシアは今回の連中が門を使うことはないと睨んでいるのだが。
「そして、最有力候補の北門だけど、今は被害を受けた畑の復旧のせいで一時的に人の出入りが激しい。衛兵さんも普段より一人多めにしてシフト組みなおしたって言っていたし。なら街道が細くて、人通りの少ない東門を目指すのが自然でしょう?」
エルシアの説明に「おお!」とミドが感心したような声を上げる。恐らく内容はあまり分かっていないのだろう。
ガルドスが呆れたような顔をしているのはなぜだろう。そこは感心するところじゃないかと、エルシアは声を大にして言いたい。
「相っ変わらず、クルックル頭回る奴だなお前」
「毎回思うんだけど、なんでそこで呆れた顔するのよ……」
だが、これはエルシアが想定した中でも一番単純な連中の動きだ。
子供たちが見たという、灰褐色の髪をした壮年の男。そこから、敵の中に普通以上に頭が回る人間がいると考えていたのだ。
だからこそ、他にいくつかの可能性を思いついていたエルシアには、少し拍子抜けでもあった。警戒していた罠や奇襲の類が一切ない。人通りの少ない東門付近から逃げると見せかけて、裏をかくような気配も感じない。
最初に思いついた動きを、疑いもせずに行っているような幼稚さ。この状況に置いては下策としか言いようのない手を、あえて取っているような違和感。
何か罠がある? それともそうせざるを得ない理由がある? どちらかは知る由もないものの、恐らくいるであろう”金札”が、初心者のようなヘマをするとも思えないのだが。
「いずれにせよ、これは好都合だわ……」
呟きながら、エルシアは腰にさしたショートソードの柄を触った。敵が素直に動いてくれるなら、それに越したことはない。
息は整えたし、恐らくはそろそろ連中も動き出すことだろう。こちらも態勢を整える必要がある。
「ミド、また伝言お願いできる?」
ミドがギョッとしたような顔をする。
「嘘だろ、またかよ!? 人遣い荒いってエルシアさん!」
「これで最後だから頑張って。後で何かご褒美あげるから!」
ウインクしてやると、ミドがエルシアを二度見した。目を丸くしている顔は、まだ”多分”十五歳の年齢通りの幼さだった。
「……お、おう! 何でもやってやるぜ! それで? 誰に伝言すればいいんだ?」
ガルドスがさらに呆れた顔をしていた。それには目もくれず、エルシアは説明を続ける。
「東門の近くの壁際、一軒だけ高い建物があるでしょ。鍛冶屋さんの隣のやつ」
「それって、石材倉庫の裏手のやつか?」
「そう、それよ。建物のてっぺんにすぐにミィを連れて行って。 『弓矢を準備して、”黄色”』って伝えておいてね。それが終わったら全員に片っ端から『東門へ。ただし大袋を持った男が居たら、知らせて』って」
「そんなにかよ! あーもう、ご褒美期待してるからな!」
ぶつくさ言うミドを宥めすかして、とにかく走りださせる。その後ろ姿を憐れんだ顔で見つめながら、ガルドスがボソッと呟いた。
「……お前、ミドに何あげようとしてるんだ?」
「食堂の定食無料券」
「やっぱりかお前! 本当にひでえな!」
ガルドスが喚くのを聞き流し、エルシアはぐっと手を握りしめた。
「ケト……!」
エルシアは唇を噛んで走り始めた。喚いていたガルドスも、エルシアの左手が胸元のお守りを掴んでいるのを見て、口を閉じて駆け出した。




