路地裏の攻防戦 その6
「どこにいるのよ、ケト……」
エルシアは焦燥に駆られて呟いた。
人見知りのケトのこと。てっきり自分の家か、ギルドに飛び込んだものだとばかり思っていたのに、そのどちらにいなかったのだ。
こうなると、エルシアには少女がどこに行ったのか見当もつかなくなる。
ケトの考えていることなら大抵のことは分かっているつもりだったはずなのに。ケトの姉を名乗っておきながら、所詮はこの様だ。まだまだ自分は彼女を分かっていない。
孤児院の玄関まで戻ってくると、院長が心配そうに立っているのが見えた。小走りで駆け寄り「見つかった?」と問いかけると、ダリアは首を横に振った。
「表通りにも、共同浴場の方でも、それから市場でも見なかったそうよ」
「そんな……。それじゃああの子、本当にどこ行っちゃったの……」
自分の声に苛立ちが混じるのが分かった。
「落ち着きなさいな、シア。他に心当たりはあるかい?」
「後はもう、故郷の村くらいしか思いつかないわよ。他にあるとすれば……」
嫌になって誰もいない故郷に逃げ帰った? それとも他の場所? 必死に彼女の行そうな場所を思い返してみた。しかし、その思考はすぐに断ち切られることになる。
「せんせいっ、はあ、はあ、ケトが、ケトが……!」
通りの向こうから大声をあげながら、サニーとティナが走ってきているのが見えたのだ。サニーは必死な顔をしているし、ティナに至っては半泣きだ。明らかに尋常ではない様子を見て、エルシアは不安がどんどん膨らんでいくを感じた。
胸騒ぎが止まらない。院長も慌てたように二人に駆け寄っていった。
「どうしたの? そんなに血相変えて」
「せんせい……!」
ティナが院長に縋りつくその横で、サニーが一生懸命説明しようと口を開けたり開いたりしていた。
「どうしよう……、先生、どうしよう!」
「一体どうしたって言うんだい?」
ティナの黒髪を撫でながら、院長はサニーを見つめた。
「えっと、だから……、ああもうっ! どこから話したらいいの!」
「大丈夫。落ち着いて、深呼吸してみなさい」
「それどころじゃ……」
「そんなに慌ててたら、余計に時間がかかるよ。大丈夫だから、ほら、吸って」
サニーが胸を押さえながら、息を大きく吸った。
その裏で、エルシアも深呼吸を一つした。恐らく自分もかなり慌てている。何を聞いても取り乱すなと言い聞かせて、赤髪の少女の言葉を待った。
「ほら、もう大丈夫でしょう? 何があったか、教えてもらえる?」
サニーは一瞬言葉を詰まらせた後、必死な顔で訴えた。
「う、うん。えっと、……そう、ケトが攫われちゃいそうなの!」
思わず栗色の瞳を見開いたエルシア。
その視界に、はるか向こうの西の空を貫く光が映った。
―――
よく考えてみると、最近ガルドスはあまり遠地の依頼を受けていない。
近場で済ませられるような依頼を受けて、空いた時間をケトとの鍛錬で費やす、そんな日常が出来上がっている気がする。
今日はエルシアもケトも休みだから、時間を気にすることもない。だというのに、彼は近場の害獣駆除の依頼を受けてしまった。
どうやら自分でも気付かぬうちにいつもの癖になっていたようだ。そのせいで、つい先ほど依頼が終わってしまい、昼過ぎだというのにギルドに戻ってきてしまっていた。
収入が安定しない冒険者だが、ガルドス程の腕になればそこそこの貯金もたまる。確かに急いで依頼を受ける必要もないのだが、ぽっかりと空いた午後の時間。無意味に費やすのももったいない。
ギルドの入口のドアをゆっくりと開ける。
エルシアの代わりとして、カウンターを陣取っているマーサに相談してみよう。半日くらいで終わりそうな依頼を受けるのもいいかもしれない。
何なら道中で会ったミーシャと一緒に行くのも良さそうだ。彼女はまた寝坊したらしい。孤児院にいた頃からそうだったが、相変わらずとことん朝に弱い奴だった。
二人して掲示板を見に行こうとしたその時だった。
ガルドスの後ろから、蝶番をもぎ取らんばかりの勢いでギルドのドアが開け放たれ、ベルがけたたましく来客を知らせた。
「おいおい……」
あんなに激しくドアを開けるのは誰だ。ただでさえ立て付けが悪いのに、扉を壊すつもりか。
注意でもしてやろうかと、来訪者を確かめたガルドスは目を丸くした。
「エルシア?」
エルシアは今日非番だったはずだ。どうかしたのか、と聞こうとしたガルドス。しかし、その言葉は声にならなかった。
エルシアが怒っていることに気付いてしまったのだ。それも近年稀に見る怒り方だ。彼女の据わりきった目に気付いて、ガルドスは鳥肌が立った。
「……ガルドス、ランベールを見た?」
「いや、今日は見てないが……?」
鋭い声で問いかけられて、思わず首を横に振る。
「そう」と答えながら、普段着の看板娘が鋭い視線を室内に巡らせた。ロビーで思い思いに過ごす冒険者たちをぐるりと見渡した後、つかつかと部屋の中心に歩いて行く。
彼はふと、看板娘の後ろから小さな影が二つ、ちょこちょこと付いて来ていることに気付いた。二人とも見覚えがある。確か孤児院の子だ。訝しむような視線をミーシャと交わすガルドスを他所に、エルシアが口を開いた。
「皆、悪いんだけど、手を貸してほしいの」
―――
昼過ぎのこの時間、冒険者が五人もギルドにいてくれたのは、本当に運が良かった。フロアの中心でエルシアは声を張り上げながら、エルシアはそんなことを思う。
「おいエルシア。どうしたんだ、そんなに血相変えて」
ガルドスが戸惑ったように近づいてくる。他の常連さんもこちらに視線を向けていた。
「ケトが攫われた。助けるのを手伝ってほしいの」
低い声でそう告げると、ガルドスの表情ががらりと変わり、ミーシャが身を乗り出した。
「ケトちゃんが!? 大変じゃない!」
後ろでスイングドアが開く音が聞こえる。予想通りと言うべきか、「エルシア」とマーサがこちらに歩み寄って来ていた。
「マーサさん」
「さっきケトちゃんの居場所を聞きに来たのはそういうことなんだね」
「ええ。あの後、そこにいるサニーとティナが知らせてくれて」
「それは、冒険者への正式な仕事の依頼にするつもりかい?」
マーサがこれを聞くのは当然だろう。冒険者への依頼はギルドに頼むのが決まりだ。例え職員であっても、それをすっ飛ばして直接頼むことは許されていない。暗にきちんと然るべき手順を取ってくれと言っているのだ。
頷きながら、エルシアは考えを口にする。
「ええ。依頼にするわ。でも、正規の手続きを取る時間が惜しいの。ズルをして申し訳ないんだけれど、ごめんなさい、先に動かせて。今回の報酬は私の今月のお給金と貯金から出すわ」
「……だからと言って、あたしゃ頷けないんだけれどねえ」
立場のことを考えれば、エルシアも同じだ。こういう依頼をする人間を止めなければいけないのが、本来のギルド職員の仕事でもあるのだから。だが、今ばかりはそうも言っていられない。エルシアは精一杯真摯に訴えかけた。
「もちろん、これがやっちゃいけない事っていうのは分かっているの。でも時間がない。私の勘だけど、人攫いたちはまだ町の中にいて、夕方になる前に脱出しようと動くはず。町の外に出られたら追う術がなくなる」
先輩の目をしかと見据えて、エルシアは主張する。しばらく見つめ合う時間が流れた後、マーサは「まったく」と苦笑した。
「こうなるとあんたは何も聞かないからねえ。後始末はちゃんとするんだよ」
「ええ、もちろん」
一も二もなく頷くと、マーサは微笑み、くるりと階段に向かって歩きはじめた。エルシアに背中を向けたまま、思い出したように声を上げる。
「それはそうと、エルシア。人手が必要かい?」
「え? え、ええ。一人でも多い方が心強いわ」
恰幅の良い体を揺らしながら、先輩は手をひらひらと振った。
「分かったよ。他ならぬ後輩の頼みとあっちゃあ、あたしらも手伝わなくちゃね」
「マーサさん……」
「マスターを呼んで来るよ。先に動いてな」
「あ、ありがとう……!」
心からの感謝を込めて、深々と頭を下げる。隣でガルドスが呆れたように呟いた。
「相変わらず、とんでもない人望だよなお前」
「皆が優しいだけよ」と返してから、エルシアは冒険者たちを振り返る。
「今聞いた通りなんだけれど、緊急の依頼をお願いしたいの。報酬の額は少ないかもしれないけれど、どうか手が空いてれば手伝ってほしい」
オドネルが奥のテーブルで腕を組みながら、何故か呆れたような顔で笑っていた。
「今の話を聞いて断ろうとは思わないさ。いいから早く言ってくれ」
ミーシャが深く頷き、ガルドスが隣でジロリと看板娘を見た。
「だってよ。良かったなエルシア」
「……ええ」
ぐっと拳を握りしめたエルシアの横で、ガルドスが腕を組んだ。
「それで? 俺たちはどうすれば良い? 我らが受付さん」




