赤月さん、着付けてもらう。
夕食をご馳走になり、お風呂を済ませた後、ことちゃんと部屋でまったりと過ごしていた時でした。
戸で隔てられた向こう側、廊下から声をかけられました。
「小虎ちゃーん」
「千穂ちゃーん。ちょっと、用事があるんだけれど、部屋に入ってもいいかしら」
声の主はどうやら、詩織さんと花織さんのようです。私とことちゃんは顔を見合わせてから返事をします。
「はい、大丈夫です」
立ち上がった私はお二人を招くために戸を静かに開けました。
「ゆっくりしていたところにごめんねぇ」
「少しだけ、時間を貰ってもいいかしら。確認したいことがあってね」
お二人は横に広く、縦幅が狭い箱を二つ持って、入ってきます。
部屋の戸を閉めてから、詩織さんと花織さんは同時ににこりと笑いました。
「お祭り当日を迎える前に、軽く着慣れておいた方が良いと思ってね。二人の巫女装束を持ってきたの」
「つまり、サイズ合わせをしようかと思って」
「この後、白足袋と草履のサイズも確認させてもらうつもりよ」
なるほど、確かにサイズは合わせておいた方がいいですよね。私達はお二人の言葉に頷き返しました。
「宜しくお願い致します」
「うん、宜しくね。でも、それほどまで気負わなくて大丈夫よ」
穏やかな口調で告げて花織さんはふふっ、と笑いました。周りに一瞬、花が咲いたように見えましたが、気のせいでしょう。
「そうそう、巫女装束を取り扱う上で三つの重要なことがあってね」
二人は箱を置いて、そして蓋を開きます。
そこにはしわ一つない白衣と緋色の袴が綺麗に畳まれた状態で仕舞ってありました。
「一つ、投げないこと。巫女装束はとても大事なものだから、脱いだ時には投げ捨てないようにしてね」
「二つ、置かないこと。巫女装束はとても清浄なものだから、脱いだ時にはちゃんと綺麗に畳んでね」
「三つ、またがないこと。巫女装束は神の力が宿るとされているものだから、足でまたぐような非礼を働かないようにね」
「この三つを十分、気を付けること」
「は、はいっ……」
「気を付けますっ……」
ことちゃんの声が少し震えていたのは、よく脱いだ服をそのまま、ぽーんと投げ捨てる癖があるからでしょう。
私も一人の時は、「後でやろう」となってしまう時がたまにあるのでその気持ち、分かります。
特別なものを着ている、と強く意識しなければなりませんね。
「それじゃあ、さっそく着てみましょうか」
「ふふふっ、緊張しなくていいからね。私達が手取り足取り、ちゃーんと教えてあげるから」
楽しげな笑みを浮かべながら、二人は私達に迫ってきます。
ごくり、と唾を飲み込みつつ、私とことちゃんはお二人に巫女装束を着付けてもらうことにしました。
それから、十五分後。私達はあっと言う間に巫女装束を着ている状態となっていました。
「うーん! 眩しい! 可憐! 似合う!! 可愛いこそ、正義……!」
「いいわね。とても、いいわ。具体的には初々しい感じと清廉な感じが共存しているわ!」
詩織さんと花織さんは両手を叩きながら絶賛してくるので、何だか気恥ずかしいです。
私とことちゃんはお互いに顔を見合わせ、そして小さく照れました。
「うぅむ……。ちょっと動きにくい感じはするけれど何だか、ぴしっと背が伸びる気がする。道着とは少し、違うかも」
「うん、そうだね。気分が入れ替わったような心地がするね」
二人で感想を言い合いつつ、着心地を確かめてみます。
「あっ、そう言えば、私……。髪が肩くらいまでしか伸びていないのですが、大丈夫なのでしょうか? 確か、巫女さんって髪が長い人がほとんどですよね……?」
ふと気になったので、お二人に訊ねてみれば、心配するなと言わんばかりに爽やかな笑みを浮かべ返してきました。
「心配しなくても大丈夫よ。髪が短くても、ご奉仕している方は多くいるし」
「それよりも大事なのは清潔感だし」
私は思わず、安堵の息を吐きだしました。少し気になっていたので、特に問題が無いならば良かったです。
「でも、どうしても気になるなら、髢を貸すわよ?」
「かもじ、ですか? す、すみません。勉強不足でして、それって一体どのようなものでしょうか」
初めて聞いた言葉なので、窺うように訊ねてみます。
「髢、もしくは垂髪と言ってね。つまりは付け毛のことよ」
「なるほど……」
一つ、学びました。
かもじ、髢ですね。
すると、部屋の戸の外、つまり廊下側から声がかかりました。
「──姉ちゃん。言われた通りに鏡台を持ってきたんだけれど」
大上君の声です。驚いた私はびくっと身体を震わせます。
何故、大上君が、という言葉を紡ぐ前に詩織さんと花織さんが返事をしました。
「ああ、やっと持ってきたのね。……二人とも鏡を見て、自分の姿を確認したいでしょう? だから、伊織に鏡台を持ってくるように頼んでおいたの」
「ちょうど、着替え終わったところだから、入ってきても大丈夫よ」
「──それじゃあ、失礼しまーす」
戸が開き、廊下には鏡台を抱えている大上君と付き添っていたのか、白ちゃんが立っていました。
二人とも、お風呂上りなのか浴衣に着替えているようです。
「ご苦労様、伊織。そこに鏡台を下してくれる?」
「……」
しかし、詩織さんの言葉に、大上君は反応しません。彼の視線はじっと私に注がれており、そして瞬きすることなく凝視してきていたからです。
何かを察したのでしょう。後ろにいた白ちゃんが大上君から鏡台を受け取り、そして部屋の隅に置いてくれました。
「おーい、伊織~?」
「大丈夫~? ちゃんと息してる~?」
双子のお姉さん達は弟の様子を訝しげに思ったのか、右手をひらひらと彼の顔の前で振っています。
しかし、静止した状態から微塵も動きません。
大上君、大丈夫でしょうか。呼吸をしているか、確かめるために私は一歩だけ大上君に近付き、様子を窺います。
「お、大上君……?」
「に……」
ぽつり、と言葉を溢しました。息はしているようです。
「に?」
「に……」
大上君の身体が前方に崩れるように倒れていきます。四つん這いの状態になりつつ、彼は右手の拳で畳を叩きました。
手は痛くはないのでしょうか。真っ赤になってしまいますよ。
「──似合い過ぎるよぉぉっ、赤月さぁぁぁんっ!!」
そして、家全体に響く声量で絶叫しました。
一応、載せておいた方が良いと思いまして。
今回のお話で参考にさせて頂いたのは「図解 巫女」という本です。