赤月さん、大上神社を案内してもらう。
私達は大上君の案内と説明を受けながら、「大上神社」の境内をゆっくりと歩いていました。
「──そういう伝承があって、五穀豊穣の神様が祀ってあるんだ。それで、その神様の御使いが『狼』だと言われていてね。その由縁から、絵馬に描かれている絵やお守り、御朱印、おみくじには狼の絵姿が描かれているんだよ」
さすがは神社の次男坊なだけあって、大上君は『大上神社』の伝承などの説明がとても上手いです。ついつい聞き入ってしまいます。
大学で、皆の前で発表をしている時と姿が重なりますね。発表の時も堂々としていて、とても格好良かっ──いえ、何でもありません。
私は脳内で思ったことを拭うように、小さく咳払いをします。
「そういえば、神社の入り口辺りに佇んでいたのも狛犬とはちょっと違っていたような……」
私が何となく、不思議に思っていたことを言葉にして告げると大上君は当たりだと言わんばかりに、にこりと笑い返してきました。
「正解だよ、赤月さん。さすが、観察眼が鋭いねっ!」
「い、いえ……」
「赤月さんが気付いたように、大上神社には一般的な狛犬じゃなくて、石製の狼像が置かれているんだ」
そう説明しつつ、大上君は右手で石製の狼像を示します。
確かに狛犬と比べると、全体的に身体が細く、顔付きも違います。
今まで、大学のフィールドワークで様々な神社を巡ってきましたが、このような姿の狛犬──いいえ、狼像を見るのは初めてです。
探求心が沸き、つい詳しく知りたいと思ってしまえば、心がうずうずしてしまいますね。
「へぇ、珍しいな」
「ううむ……。確かに、狛犬とはちょっと違う……かも?」
大上君の説明を受けた白ちゃんとことちゃんは、神社の入り口辺りに置かれている石製の狼像に視線を向けて、なるほどと言わんばかりに頷いています。
狼像をじっと見つめていた私は、ふと新たな疑問を抱きました。
「この狼像って、もしかして……ニホンオオカミですか?」
私が訊ねれば、大上君はどこか嬉しそうに頷き返します。まるで、「気付いた」ことを喜んでいるようにも見えました。
「そうだよ。今は絶滅してしまった、『ニホンオオカミ』……。明治の時代に絶滅してしまったと言われているけれど、それらしいものを見たという目撃情報は結構あるんだ。だから、俺達が知らないだけで、もしかするとどこかの山奥で生きているのかもしれないね」
小さな願望のようなものを言葉に乗せつつ、大上君は少しだけ切なそうに告げました。
しかし、寂しげな表情はほんの一瞬だけで、こちらを振り返った時にはいつも通りの大上君に戻っていました。
「ちなみに、百年ちょっと前までならば、この辺りの地域でも『ニホンオオカミ』の目撃例があったらしいよ。俺のひいひいお祖父さんが子どもだった時に山奥で見たって話をよく聞かされたなぁ」
「えっ……」
「今はもちろん、そんな目撃情報はないけれどね。……せいぜい、野良犬か猪か、もしくは鹿の目撃情報しかないよ」
そう言って、大上君は苦笑しました。
「……あっ! もしかして、大上君の苗字って……!」
私はとある重大なことに気付きました。いえ、もしかすると、という予測にしか過ぎません。
ですが、大上君は私が言いたいことが分かったようで、これまた嬉しそうな笑みを浮かべます。
「赤月さん、いいところに目が付くね。うーん、好きだ……」
「今、最後の言葉、要ります!?」
「好意は積極的に伝えていくことを信条としているからね!」
でもね、と大上君は少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべました。
「『大上』という名前と、『狼』に関係があるのかは秘密、かな」
「ええっー……」
「ここまで勿体ぶっておいて……」
「何て奴なんだ……」
非難が殺到したことで、大上君は肩を竦めつつ三人を宥めます。
「ごめんってば。まぁ、別に大層な理由があるわけでもないし、絶対に確かだと断言出来る名前の由来というわけじゃないからね」
大上君はそう言いますが、途中まで言われると気になってしまうのが人の性というものです。
「気になります……」
「……うっ、赤月さん……。可愛過ぎる上目遣いで訴えてくるのは、ずるいよぉ……くぅぅっ……。……あっ! 勿体ぶっちゃったお詫びに大上神社名物の『おおかみ饅頭』を三人にご馳走するから、それで勘弁してくれないかな?」
「饅頭!?」
饅頭、というその一言に、真っ先に反応したのは案の定、ことちゃんです。
先程、お借りしているお部屋に置かれていたお茶菓子を食べまくっていたというのに、まだお腹に余裕があるようです。
「その名の通り、狼の形をしている饅頭でね。餡子のほかにカスタード味もあるよ」
「おお……!」
目を輝かせることちゃんの隣で、白ちゃんはどこか仕方なさそうな表情を浮かべて苦笑しています。
「最近、大上神社に若い参拝者の方が多いのは、ネット上でこの『おおかみ饅頭』やお守りが取り上げられたかららしいよ。味もそれなりに美味しいことは保証する」
「ネット上で?」
「うん。神社巡りを趣味にしている人が『大上神社』に訪れてね。それでその人が運営している個人サイトにうちを紹介する特集みたいなのを書いてくれたんだよね。いやぁ~、どこの誰かは知らないけれど、本当感謝だよね。おかげで参拝者は増えたし。……まぁ、最寄り駅から距離がある田舎だから、交通の便はかなり悪いけれど」
大上君はそう言って肩を竦めます。
確かにタクシーやバスなどを使わないと、ここへ辿り着くのは難しいでしょう。私達も大上君のお母さん、伊鈴さんの運転でここまで来たので。
「とりあえず、こっちに休憩所があるから、そこで饅頭とお茶を頂こうか」
大上君はおいで、おいでと手招きします。
「饅頭は! 一人! いくつまでですか!」
普段、大上君相手に敬語なんて使わないことちゃんが、真剣な表情で右手を上げつつ訊ねます。
「え? う、うーん……。たくさん食べたいなら、用意するけれど、夕飯が入らなくなるかもしれないよ? それに今日の夕飯は焼肉だって、母さんが言っていたし……」
「や……き、に……く、だと……!?」
衝撃を受けたと言わんばかりに、ことちゃんは強張った表情で固まります。
「我が家では誕生日か大晦日にしか、食べることが出来ない焼肉を人様の家で!? いいのか……!? そんなご馳走を頂いて、本当にいいのかっ!? ば、罰とか、当たらないよな!?」
「うん。母さんが結構な量の肉を買っていたから、たくさん食べてくれると助かるな。でないと、残った分は俺が消費しなくちゃいけなくなるからね……」
「くぅ……。それならば、饅頭は控えめに頂くことにしよう……」
どうやら、ことちゃんの中でお饅頭よりも焼肉をたらふく食べたい欲の方が勝ったようですね。
そんなことちゃんと大上君のやりとりと眺めつつ、私は小さく苦笑してしまいました。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
大変申し訳ないのですが、私生活が忙しくなり、更新が不定期になりそうです。
時間がある時を見計らって、更新していこうと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。