赤月さん、大上君の父に会う。
大上君の案内のもと、四人で大上神社を巡っている時でした。
「──伊織」
ふと後ろから声がかけられたため、大上君だけでなく一緒にいた私達も足を止めて、振り返ります。
振り返った視線の先には、白い着物に紫色の袴を穿いている中年くらいの男性が立っていました。
先程、大上君に教えてもらった「社務所」から男性はちょうど、出てきたばかりのようです。
その方がどうやら大上君を呼び止めたようで、私達と視線が重なると男性は柔らかい表情を浮かべ、にこりと笑いかけてきました。
まるで緩やかな空気を纏っているように、雰囲気がとても静かな方です。
この方が誰なのかと訊ねなくても、お顔を見れば、私の隣に立っている人と似ていることに気付きます。
「父さん」
予想していた通り、大上君が男性のことを「父」と呼びました。
「もしかして、一緒に連れている子達がお手伝いに来てくれた同じ大学のお友達かな?」
「うん、そうだよ。……右から紹介するね。赤月千穂さん、冬木真白君、山峰小虎さんだよ。さっき、家に着いたばかりなんだけれど、夕飯の時間まで暇だったから神社を案内しようと思って連れてきたんだ」
大上君が私達を右手で指し示しつつ、彼のお父さんへと紹介してくれました。
「初めまして。お邪魔しています」
「今日から宜しくお願い致します」
「お願いします!」
私が頭を下げつつ、挨拶をすると白ちゃんとことちゃんもそれに連なるように大上君のお父さんへと挨拶しました。
「やぁ、初めまして。伊織の父、織助です」
そう言って、大上君のお父さん、織助さんは柔和な笑みを浮かべます。なんと言いますか、落ち着いている大人な雰囲気が漂っている方ですね。
大上君のお父さんは神社で宮司をしている方だと聞いていたので、厳格な方だろうかと勝手に思っていました。
「忙しい中、手伝いに来てくれてありがとう。……今年はただでさえ、伊澄が──長男が不在で、人手が足りなくて困っていたんだ。だから、君達が来てくれて、本当に助かるよ」
「い、いえっ。ですが、神社でのアルバイトは初めてなので、色々と教えていただけると嬉しいです」
「ああ、もちろんだとも。こちらこそ、宜しくね」
にこにこと、とても人懐こそうな笑みで織助さんは答えました。
普段、「赤月さん! 赤月さん!」と騒いでいる大上君を見ている私としては、目の前にいるこの方は本当に大上君のお父さんですかと訊ねたくなるほどに落ち着いていらっしゃいます。
大上君もいつか、このくらいに落ち着いた雰囲気を持って欲しいです。
簡単に言えば、自制心を鍛えて欲しいです。
「それじゃあ、俺は赤月さん達に神社や周囲を案内してくるから」
「し、失礼します」
私達はもう一度、織助さんに頭を下げます。
「うん、ゆっくりと見て回っていいからね。僕は本殿の方にいるけれど、何かあったら、呼んでくれて構わないよ。今日は祈祷もないし、参拝者の方も少ないから」
織助さんはひらひらと右手を振ってから、私達を見送ります。
まだ、神社でのお勤めが残っているのでしょう。織助さんは本殿の方に向かって歩いて行きました。
「伊織の家族を紹介してもらってきたけれど、織助さんで全員かな?」
白ちゃんが何気なく、気になったことを大上君へと訊ねます。
「え? ううん。俺の家族は両親の他に、遠くの大学に行っている兄とさっき家の中で会った双子の姉達、それから祖母の七人家族だよ。祖父は五年くらい前に亡くなったんだ」
「そうなんだ」
「祖母も紹介したいんだけれど……。うーん、大上家の中で一番自由な人だから、今はどこにいるのか分かんないなぁ」
「どういうことですか?」
私が思わず聞き返してしまえば、大上君はどこか困ったような笑みを浮かべます。
「祖母はとても気さくなんだけれど、本当に自由な人でね。仕事や用事がない時はふらふらと外に出ていることが多いんだ。神社の本殿にいたり、山で山菜を採っていたり、あぜ道を散歩をしていたり。……まぁ、夕飯の前には家に戻っていると思うから、その時に紹介するね」
「分かりました」
自由な人と言っていますが、大上君のおばあさん、一体どのような方なのでしょうか。少し気になりますね。
「──ああ、でも」
小声で呟いた大上君は少し、視線を神社の本殿の方に向けました。その瞳は何故か、細められています。
「……赤月さんと会わせたら……きっと、『占い』が当たったと言うだろうなぁ」
その瞬間、ぶわりと強い風が私達の間を吹き抜けていったため、大上君が発した言葉は一時的に聞こえなくなってしまいました。
「あの、大上君。今、何か言いましたか……?」
通り抜けていった風は一瞬で、目を開ければ先程と何も変わらない光景がそこには広がっています。
それでも大上君が最後に呟いた言葉が聞き取れなかった私は、顔を上へと上げつつ訊ねます。
しかし、大上君は苦笑を返すだけでした。
「何でもないよ。ただの独り言。……気にしないで?」
そう言って、彼は自身の唇に人差し指を添えて、小さく笑いました。一体、何と言ったのでしょうか。
「さて、大上神社案内ツアーを再開しようか」
ですが、大上君が話題を変えたので、それ以上を聞き返すことは出来ませんでした。
「こっちの方に樹齢三百年の御神木があるんだよ。あと、泉があってね。泉の真ん中に石の器が置かれているんだけれど、指定の位置からお金を投げ入れることが出来れば願いが叶う、なんて言われていて、参拝者に人気の場所なんだよね」
「何だと! くっ、小銭を持ってくれば良かった……」
ことちゃんが悔しそうな表情を浮かべて、自身の服のポケットに小銭が入っていないか確かめはじめましたが、やはり入っていなかったようです。
「ほら、赤月さん。行こう?」
大上君が私へと手を差し出してきます。
自分よりも大きな手です。
前までは触れることに躊躇っていましたが、今はもう、以前のような躊躇いが薄くなってしまったのは何故でしょうか。
「……その御神木や泉に逸話などがあるなら、ぜひお聞きしたいです」
私は小さく笑ってから、大上君から差し出された手に自分のものを重ねました。
「なるほど、つまりは大上神社でのフィールドワークということだね。──いいよ。……父さんほど詳しくはないけれど、これでも神社の次男坊だからね。それなりに大上神社については知っているし、神社にまつわる全ての逸話や伝承をたくさん話してあげるよ」
「ふふっ、宜しくお願いしますね」
握り返され、そして引かれた手はとても温かくて、そして何故か──ひどく寂しさを覚えるほどに、懐かしい心地を感じていました。