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赤月さん、神社を案内される。

 

 大上君のお姉さん達は部屋でゆっくりしていて良いと言っていましたが、じっとしておくことが出来ないのが私──ではなく、ことちゃんです。


 ことちゃんは畳の上をごろごろと転がっては起き上がり、お茶を飲んでお菓子を食べて、そしてまた畳の上に転がります。

 それを繰り返すこと、もう何度目でしょうか。身体全体から暇だということが伝わってきます。


「何か、お手伝いすることとかないかなー。力仕事なら、手伝えるんだけれど」


 唸るようにそう言ったことちゃんに対して、私は小さく苦笑を返します。


「ことちゃん、力持ちだもんねぇ」


 幼馴染三人の中で、最も筋肉量が多いのが運動部に入っていることちゃんです。私はもちろん、最下位です。せいぜい、重たい本を数冊一気に持てるくらいです。

 白ちゃんも腕は細いですが、筋肉量は平均くらいだそうです。


「ことちゃん。くれぐれも料理を手伝うようなことをしちゃ、駄目だよ?」


「わ、分かっているって。……私もさすがに人様の家で、台所を爆発させたくないからな」


 ぎくっと肩を揺らしたことちゃんは私から視線を逸らしていきます。

 実はことちゃん、料理が大の苦手なのです。


 実家にいた際に料理をしたのですが、台所の天井が少し焦げるようなことをしてしまったようで、家族の方からは料理禁止令が出ているそうです。


 そんなわけで、大学生になってからはほとんど、白ちゃんに料理を作ってもらうか、買ったものを食べているそうです。

 私もたまにことちゃんに作った料理を持っていくととても喜ばれるので、こちらとしても嬉しいです。


 そんな話をしていると、襖の向こう側から声をかけられました。


「赤月さん、山峰さん。今、襖を開けても大丈夫かな?」


 襖の向こう側から、どこか控えめに聞こえてきたのは大上君の声です。


「はい、大丈夫ですよ」


 私がすぐに返事をすれば、少しだけ遠慮がちに大上君が襖を開けました。その後ろにはどうやら白ちゃんもいるようです。

 借りた部屋に荷物を置いてきて、こちらへとやって来たといったところでしょうか。


「夕食の時間まで、部屋にいるのも暇だと思うから、せっかくだし神社や家の周囲を案内しようと思うんだけれど……どうかな?」


「あ、いいですね。大上君さえ良ければ、ぜひ案内してもらいたいです」


「同じく、賛成」


 私に同意するように、暇を持て余していたことちゃんも頷きつつ、立ち上がりました。


「ぐるっと歩くだけだから、身軽で大丈夫だよ」


「はーい」


 そんなわけで私達は大上君の誘いに乗ることにしました。





 大上君のお家が「大上神社」という神社であることは知っていましたが、詳しくは知らずにいたので、案内してもらえるととても助かります。

 お祭り当日に向けた、予習ですね。


 先程、駐車場から大上君の家へと向かう途中で、下の道から見えた大きな鳥居をくぐります。


 入った瞬間、肌を撫でていく空気が変わった気がしましたが、私の気のせいでしょうか。


「……?」


 そういえば、大上君のお母さん、伊鈴さんも神社は山が近いのでとても涼しい場所だと言っていましたね。

 神社を囲むように木々が周囲を覆っているので、他の場所よりも涼しく感じたのかもしれません。


 前方を視界に入れれば、「朱色」を基調とする神社が神々しく建っていました。確か、朱色は魔除けの色だと聞いたことがあります。

 とても美しく、荘厳と呼べる佇まいに、思わず深い吐息が漏れてしまいました。


 でも、どうして、懐かしい心地がしてしまうのでしょう。


 今、目にしている光景は間違いなく、初めて瞳に映した光景だというのに。

 ひどく、懐かしくて、寂しくて、そして心の奥が少しだけ苦しく感じてしまうのです。


「赤月さん?」


 私が一歩も動くことなく、神社を眺めているとそれに気付いた大上君が私の肩を軽くぽんっと叩いてきました。


「あ……。何でもないです。……ただ、広いなぁって」


 私達以外にも参拝者はいるようで、立ち止まっては神社の写真を撮る人もいるようです。


「……確かに、思っていたよりも広いな……」


 ことちゃんが同調するように呟き、少し強張った顔で周囲を見渡します。彼女にとって神社は子どもの遊び場みたいな感覚があるのです。


 何故なら、地元にあった無人の神社の境内には子ども用の遊具などが置かれていたので。

 昔はよく、私達三人、もしくはそれぞれの兄弟と一緒に地元の神社で遊んだものです。


 なので、ことちゃんはこの場の静けさに対して、少しだけ緊張してしまったのでしょう。


「あはは、そんなに気負わなくてもいいよ。どこかの有名な神社みたいに特別、格式高いってわけじゃないから。んー……地元密着な神社だと思ってもらえれば」


「なる、ほど……?」


 理解しているような、していないような表情でことちゃんは頷き返していましたが、緊張は削がれたようです。


 実は私も少しだけ緊張してしまいました。

 アルバイト自体は初めてではないのですが、神社でのアルバイトは初めてなので、何か失敗したらどうしようなどと思ってしまいます。


「それじゃあ、境内をぐるっと歩きつつ、簡単に説明していくよ。何せ、お祭り当日はこの場所で手伝ってもらうことになるからね」


「出店も出るんだっけ」


 白ちゃんが訊ねれば、その隣を歩いていることちゃんの目がきらんと光りました。さすが、食べ物には目がないですね。


「出るよ。まぁ、出店が出るのは境内じゃなくて、さっき通った鳥居の向こう側、石の階段の下に続いている参道沿いに並ぶ予定だよ。……今日はお祭り四日前だから、さすがに出店の準備はまだやっていないけれどね。……あ、お祭り当日は忙しいとは思うけれど、もちろん休憩の時間はあるから、その際には出店に寄っても大丈夫だからね」


 大上君がそう答えれば、視界の端でことちゃんが右手を握りしめたものをぐっと自身へと引き寄せていました。

 よほど、出店が嬉しいのでしょう。


 大上君は右手でとある方向へと指し示しつつ、説明を始めました。


「ここから、右側に見えるのが『手水舎』。参拝者が身を清めるための場所だね。そして、更に右側の奥の方に見えるのが『神楽殿』。……そう、言わずもがなお祭り当日に、俺が神楽を舞うところだよ……」


 大上君の声が急に低くなったので、気になって顔を見てみれば、遠い目をしていました。


「そして、左側に見えるのが『社務所』と『授与所』だね。ここではお守りやお札を授与したり、御朱印や祈祷の受付をしているよ。そして、鳥居から真正面に見える一番大きな建物が『拝殿』で、その奥に続いているのが『本殿』だね」


「ふむふむ」


「な……る、ほ……ど?」


「へぇ……」


 これでも一応、歴史関係の学部に入っている私ですので、大上君の説明はするすると頭に入ってきます。


 大学の講義の中で、実際に現地へ行ってフィールドワークをするというものがありましたが、その際に見て回った神社とそれほど大きな違いがあるわけではないようです。


 

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