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赤月さん、大上君の家に驚く。

  

 大上君の家の中は、想像以上に広くて驚きました。思わず、感嘆の溜息が出そうなほどです。


 板張りの廊下ですが、常に掃除が行き届いているのか、ぴかぴかに光っています。気を付けておかないと、つるっと滑ってしまいそうなほどにつるつるです。


「あわわ……重要文化財の建物の中を歩いているみたいですね……」


 歴史や民俗学を学んでいる者として、思わず心の奥がうずいてしまいます。


 建物自体は確かに古いのですが、それでも目立つような傷などはなく、大事に手入れをされて、現在まで使われてきたことが窺えます。


 家の中の匂いは懐かしいような、落ち着くような、そんな不思議な匂いがしました。

 そして、人の気配がほとんどないのか、とても静かです。


 そういえば先程、廊下を歩いている最中に見かけたのですが家の中に、囲むように小さな庭園がありました。

 確か今、目撃したお庭は石や砂などで山水を表現している枯山水と呼ばれるものではないでしょうか。


「……」


 なんかもう、凄すぎてこれが一般家庭のお家のお庭だと思えないのですが。


「あの……とてもすごいお家ですね、大上君」


 私はきょろきょろと周囲を見渡したい気持ちを何とか抑えつつ、部屋へと案内してくれる大上君のお姉さん達の後ろを歩きます。


「自分の家だと、慣れちゃっているから有難みなんて感じないけれどね。手入れが大変なだけの、古い家だよ」


 大上君はそう言っていますが、まんざらでもなさそうな顔をしています。

 私が大上君関係で褒めたり、喜んだりすると、どんな小さなことでも笑顔を返してくれるのは相変わらずなようです。


 すると前方を歩いていた花織さんと詩織さんがこちらをちらりと見つつ、どこか得意げに話し始めました。


「家自体は古いけれど、お風呂やトイレは使いやすいようにリフォームされているものだから安心してね~」


「お父さんが子どもだった頃は、薪で焚く五右衛門風呂だったらしいけれどね~」


「ちなみに、その五右衛門風呂は今も使われているわ」


「大上家が経営している古民家の宿があるんだけれど、そこに移動したの」


「宿泊するお客さん自ら薪で火を熾して、風呂を焚く……という感じのお宿です」


「いやぁ、古民家ブームは健在だねぇ」


「それ、別に古民家ブームは関係ないんじゃない?」


 双子のお姉さん達は息がぴったりに言葉を交わしていきます。ですが、私はとある部分に驚いていました。


「大上君のお家、宿泊もやっているのですか?」


 隣を歩いている大上君へと顔を見上げてみれば、彼は小さく肩を竦めていました。


「うーん、正確に言えば、オーナーは母さんだよ」


「えっ」


 大上君のお母さん、伊鈴さんが古民家の宿を経営しているということでしょうか。


「もともと、その古民家もうちの持ち物だったんだけれど、長年、放置されているだけで使われていなかったんだよね。でも、母さんが昔からの夢で、宿屋をやりたかったらしくて。ちょこちょこと貯めていた貯金で、古民家をリフォームして使いやすくしたんだ」


「ほぉ……」


「今は口コミとかで評判が広がって、それで経営も軌道に乗っていてね。お客さんもたくさん来るようになったから、予約でいっぱいらしいよ」


「おぉ……それは凄いですね……」


 伊鈴さん、ほわほわとした方でしたが、思っていた以上にやり手な方だったようです。


「まぁ、今の時期は神社の方が忙しいから、しばらく宿屋は休業中だけれどね。時間がある時期にだけ、宿屋を開いているのよ」


 付け加えるように花織さんはそう告げて、そしてとある部屋の前で立ち止まりました。


 そこには紅葉の絵が描かれた襖がありました。とても美しい絵ですね。


「はい、こちらが千穂ちゃんと小虎ちゃんがお泊りするお部屋でーす」


「どうぞ~」


 開かれた襖の先には、綺麗な和室が広がっていました。

 まるで高級旅館の一室のようです。


 中央には台が置かれており、いつでも飲み物が飲めるようにと電気ポットと急須とお茶缶、そして湯飲みの他に、お菓子まで置かれています。


 あれ……私は旅館に来たのでしょうか……。確か、大上君のお家にお手伝いに来たはず……。


 そんなことを思っていると、隣に立っている大上君に笑われてしまいました。


「今の言葉、丸ごと声に出ていたよ、赤月さん」


「えっ、嘘っ……」


 思わず、空いている手で口元を押さえてしまいます。知らずのうちに呟いていた言葉を聞かれるのは恥ずかしいものです。


「あ、お部屋は一人一人で別の方が良かった? そっちの方が良いなら、今からでも部屋を分けることも出来るけれど」


 詩織さんが気を利かせるようにそう言いましたが、私はとっさに、ぶんぶんと首を横に振りました。


「い、いえっ! ことちゃんと一緒でお願いしますっ!」


「同じく! 一緒で! 大丈夫です!」


 ことちゃんも私と同じようにぶんぶんと首を横に振っていました。

 分かります、その気持ち。


 こんなに高級そうな部屋、一人で過ごすには少し緊張しますよね。

 それにわざわざ、同じような部屋をもう一部屋、使わせてもらったら心臓に負荷がかかりそうです。


「荷物はこの部屋に置いておいてね~」


「今日は特に急いですることもないから、夕食の時間まで、千穂ちゃん達はお部屋で自由にくつろいでいてね」


「あ、お布団はそっちの押し入れに入っているから」


「備え付けのものは何でも使っていいからね~。お菓子がなくなったら、遠慮なく言ってね。新しいものを持ってくるから」


「それじゃあ、真白君に使ってもらう部屋に案内するね~」


「あ、はい。宜しくお願いします」


 ちらりと白ちゃんの方を見ましたが、その顔は「ああ、これと同じレベルの部屋を一人で使うことになるのか」という言葉が詰まっていました。

 私は苦笑するように笑いつつ、見送ります。


「また後で、来るね」


 大上君も白ちゃんに案内するために、一緒に行くようです。

 私は頷き、手を振り返しました。


 襖をゆっくりと閉めて、荷物を部屋の隅へと降ろします。


 一方で、ことちゃんは部屋の壁にはめ込まれている小さな襖を全開していました。遠慮なさの行動が早いです。


 どうやら、襖の向こうは窓だったようで、その先を見たことちゃんは驚きの声を上げました。


「うわっ、すごっ! ちょっと、千穂、見て! ほら!」


「どうしたの?」


 ことちゃんにつられて、私も窓の外を見ました。


「……わぁ……景色が……良いね……」


 お庭でした。窓の外はお庭でした。ここは高級旅館か高級料亭かな?と、何度か自問自答したくなるほどに美しいお庭でした。


 滝まであったら、気を失っていたかもしれません。池はありますが。

 恐らく、あの池には鯉がいるのでしょう。先程、鮮やかな錦鯉が泳いでいるのがちらっと見えました。


「す……凄いところに来ちゃったね……」


「いやぁ、傷を付けたりしないように気を付けておかないと」


「そ、そうだね……。もし、壊したり、傷を付けたりしちゃったら、修理代はどのくらいかかるんだろうね……」


「まず、私達のバイト代では限りなく無理だな!」


 ことちゃんはもはや、笑っていました。


 私はもう一度、お庭へと視線を向けます。

 何度見ても、本当に美しいお庭です。


 一体、どれほどの維持費がかけられているのだろうかと考え、思わず唾をごくりと飲み込み──そして、私は窓の外が見える襖をそっと閉めました。


 

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