赤月さん、姉達に会う。
「──お邪魔します」
「お邪魔しまーす!」
私達はあまりうるさすぎない声量で挨拶しつつ、大上家へと入ります。
驚いたことと言えばまず、玄関が広いです。赤月家の二倍の広さです。どこかの歴史的建造物かなと思えるほどに広いです。
大上君は古いだけだと言っていましたが、古いものを長持ちさせるためには、現状を維持するための手入れを常に欠かさずに行わなければならないと私は知っています。
きっと大上家の方々は大切に、大切に家を使い続けてきたのでしょう。
そして、室内は木のいい匂いがします。私、実は木の匂いが好きなんです。
初めて訪れた場所なのに、何だか気持ちが落ち着きますね。
「うふふ、いらっしゃい。今から、三人に使ってもらうお部屋に案内するわね。千穂ちゃんと小虎ちゃんは同じ部屋でいいかしら?」
伊鈴さんが玄関から家へと上がりつつ、私達へと訊ねてきます。
しかし、私の後ろに立っている大上君は小さな声で「初対面なのに名前呼びするなんて、母さん、ずるいぃぃっ」と呟いていました。
もちろん、聞かなかったことにしました。
「えっと、あの、お部屋を貸して頂き、ありがとうございます……! お世話になりますっ」
私は伊鈴さんにぺこりと頭を下げます。伊鈴さんは口元を隠すように笑いつつ、首を横に振りました。
「あらあら、いいのよ。お世話になるのはこっちの方だもの」
すると、家の奥から軽やかな足音が聞こえてきました。
それも、一つではなく、二つ分あります。
「おかえりー」
「そして、いらっしゃーい」
ひょっこりと顔を出すように目の前へと現れたのは、大上君に顔立ちが似ている女性二人でした。
ですが、身長も身体つきも、何より顔がお互いにそっくりです。年齢は私達よりも二、三歳上のように見えます。
一言でいえば、とても美人なお二人です。
「ただいま。花織、詩織。──こちら、お手伝いに来てくれた赤月千穂ちゃんと冬木真白君、山峰小虎ちゃんよ」
伊鈴さんが私達を女性二人へと紹介してくれたので、挨拶の代わりに三人で同時に頭を下げることにしました。
「あーっ! 伊織のお友達っ……!?」
「とも……だち……! 三次元の、お友達……!」
「伊織がお友達を連れてきてくれるなんて……! 初めまして! よろしくね!」
「そして、こちらは噂の彼女さんね!」
「わぁぁぁっ、本当にいたんだ……! この子の妄想だと思っていたわ!」
「可愛い!」
「小さい!」
「抱きしめたい!」
まるで弾丸のように女性二人は交互に言葉を繋げていきます。
私達があわあわとたじろいでいると、大上君が三人の盾になるように一歩、前に出ました。
「もうっ、姉ちゃん達のせいで赤月さん達が気後れしているだろうっ!」
──姉ちゃん、と大上君は言いました。
どうやら予想していた通り、目の前のお二人は大上君のお姉さん達のようですね。
しかし、やはり大上君の血筋と言いましょうか、興奮の仕方がかなり似ていました。
大上君はお姉さん達のことを叱責していますが、あなたもたまに同じような状態になっている時がありますからね。
人のこと、言えませんからね。
「全く……。それじゃあ、三人に紹介するね。こっちの二人、俺の姉。花織姉ちゃんと詩織姉ちゃん。双子。以上」
何とも簡潔過ぎる紹介の仕方です。
覚えるべき要点だけを紹介する大上君に対して、お姉さん達は拳を握りしめつつ、反論し始めました。
「ちょっと! 何なのよ、その紹介は!」
「もっとあるでしょ! 美人で聡明なお姉様とか!」
「誰にでも自慢したくなる姉です、とか!」
「思わず拝みたくなる姉です、とか!」
「俺が自慢したくなる上に実在して欲しい姉は弟を一切からかったりしない、見守る系の優しさあふれる姉だよ!! 姉ちゃん達は論外!」
大上君の叫びに対して、同じく弟属性の白ちゃんも微かに頷いていました。
もちろん、他の誰にも気づかれないように。
それにしても大上君、意外と弟っぽいところもあるのですね。
いつも、しっかり──いえ、しっかりしているかは分かりませんが、大人びているように感じていたので、意外な一面を知ることが出来ました。
ちょっとだけ、可愛らしいですね。
「大体、何でそんなにテンションが高いんだよ!」
「だって」
「伊織ってば」
「彼女どころか」
「今まで、お友達一人、家に連れてきたことないし」
「他人どころか」
「自分に興味ない人間だったし」
「弟が初のお友達と恋人を連れてくるとなれば」
「そりゃあ、お姉ちゃん達、喜ぶに決まっているでしょっ!」
「だって、可愛い弟だもの!」
「可愛げは全くないけれど!」
と、交互に言葉を繋げていく二人に対して、大上君はふるふると身体を震わせていきます。
後ろからだと彼の顔は見えませんが、耳は真っ赤です。
「だからさぁっ!? どうして、そういうことを赤月さん達の前で言うかなぁぁっ!? もうぉぉぉっっ!!」
白ちゃんはどこか、同情するような瞳を大上君に向けていました。弟同士、通じることがあるのでしょう。
白ちゃんもお姉さんにからかわれることがよくあるそうなので。
「はいはい、花織も詩織もそのあたりにしておきなさい。こちらの三人をいつまで玄関に立たせておくつもりなの?」
助け舟を出すように言葉を挟んだのは伊鈴さんでした。
「あ、そうだった」
「わーっ、ごめんね?」
「荷物持とうか?」
「お部屋まで、案内するよー」
はっとしたように、お二人はこちらへと手を伸ばしてきます。
「あわわっ、大丈夫です……」
「お気遣い頂き、ありがとうございます!」
私とことちゃんは花織さんと詩織さんからの申し出を断り、大上君の家へと上がることにしました。
ちらりと視線を向ければ、大上君は頬を膨らませたまま、姉二人を小さく睨んでいます。
まるで悪戯された子どもが、心に抱いた小さな怒りをどこに向ければいいのか分からない、といった様子です。
声をかけようとしましたが、白ちゃんは「その気持ち、とても分かる」と言わんばかりの表情で大上君の肩を軽く叩いていたので、任せることにしました。
こういう場合は男同士、弟同士の方が分かり合えるでしょうし、私が下手に慰めてしまえば大上君の矜持を色々と傷付けてしまう可能性があるので……。
なので、あとで大上君の様子が落ち着いてから声をかけようと思います。