赤月さん、大上君の家に到着する。
大上君の家は駅から数十分ほど、車を運転しなければ辿り着かない山の麓にありました。
私の家の周囲は田んぼや畑によって囲まれた田舎にありますが、大上君は山に隣接している田舎に住んでいたようですね。
何となく、親近感がわきます。田舎あるあるとか、話してみたいですね。
バスは通っているようですが、バス停までが家から遠いそうです。なので、この辺りで生活する上で、車の運転は絶対必要技術だそうです。
大上君も実家にいる時は助手席に免許を持っている家族の誰かを乗せて、運転の練習をしているそうです。
辿り着いた大上君の家は想像以上に大きな家でした。「武家屋敷?」とことちゃんが呟いているのが聞こえます。
もはや、歴史的価値がある建物なのではと思ってしまうほどに立派です。
門によって、建物はぐるりと囲まれていますが、その範囲がこれまた途轍もなく広いのです。
小学校の運動場の半分くらいの広さです。そして、これは母屋と離れがある分類の家なのでは……?
あ、我が家よりも大きな蔵がありますね。また、蔵の向こう側に見える一階建てで横に長い建物はまるで道場のようです。
思っていたよりも広くて大きい家に私達は思わず口をぽっかりと開けてしまいました。
「広い……」
「大きい……」
「立派……」
私達がそれぞれ抱いた感想をぼそりと呟くと、近くにいた大上君がくすっと笑いました。
「確かに広くて大きいけれど、ただ古いだけだよ。確か……築百年くらいだったかな?」
「ひゃっ……」
ことちゃんが小さな悲鳴を上げました。
分かります、その気持ち。
ことちゃんのお家にも道場はありますし、それなりに古くて立派ですが、確か五十年くらいの築年数だって言っていましたもんね。
「百年とはまた、凄いな……」
「百年くらい前に建て替えたらしいよ。その際に道場とか蔵とか一緒に建てたみたい。まぁ、維持するのは大変だし、お金もかかるけれどね。……それと、ここら一帯は大上家の私有地なんだ」
「へ、へぇ~」
もう、開いた口が塞がらないのですが。私有地って、つまり隣接している山も含めて、ということですよね。
ひ、広すぎません? 私の家も山は持っていますが、ここまで広くはありませんよ……。
「私有地と言っても、周りは山か川しかないから、若い人が遊べる場所はないのだけれど」
伊鈴さんがふふっと穏やかに笑いながら、大上君の言葉に続けます。
「い、いえっ! 私達の地元も同じような感じの場所なので」
「むしろ、山があると心が落ち着きます。小さい頃は近くの山で駆け回って遊んでいたので」
「街中で遊ぶよりも自然の中で過ごす方が多かったですし」
私の言葉に対して、白ちゃんとことちゃんが全力で同意しています。この二人も都会より田舎派です。
「あらあら、ありがとう。……もう、伊織ったら、こんなにも良い子達が友達なら、この前のゴールデンウィークにでも連れてきてくれれば良かったのに。大上家一同で盛大に大歓迎したわよ?」
「連れ帰ってきたら、宴とかするつもりだろっ! されたくないから、今まで教えなかったんだよっ」
ふしゃぁっと猫が威嚇するように大上君は伊鈴さんに反論します。
お年頃だと、友達を親に紹介するのは恥ずかしいですよね、分かります。
大上君の家の駐車場から、家が建っている場所へと歩いていると、百メートルくらい先に大きな石の鳥居が立っているのが見えました。
私は思わず、立ち止まって、鳥居の向こう側に視線を向けます。
鳥居をくぐった先には石の階段がずらりと並んでいて、その上には真っ赤な鳥居が立っていました。
きっとあの赤い鳥居をくぐった先に「大上神社」が佇んでいるのでしょう。
周囲は木々が壁のように並んでいる上に、高低差があるので、ここからでは神社の屋根さえも見えません。
「……」
ふわりと、神社の方から冷たい風が私の頬を撫でていきます。
瞬間、とてつもなく『懐かしい』と思える感覚が心に浮かんできました。
「……あ、れ……?」
この場所に──大上君の家に来たのは初めてのはずです。
それなのに、何故かひどく懐かしくて、胸の奥が苦しくなってしまうのです。
まるで──まるで、自分の故郷に再び足を踏み入れたような、そんな不思議な心地が私を離さないのです。
「どうしたの、赤月さん?」
私が鳥居がある方を凝視し、立ち止まってしまっていることに気付いた大上君が、首を傾げつつこちらへと振り返ります。
「あ……。す、すみません」
「ううん、いいよ。……何か、気になるものでもあった?」
大上君はわざわざ私が立っている場所まで戻ってきます。ですが、投げかけられた言葉にどのように返せばいいのか迷ってしまいました。
「えっと、その……。とても空気が澄んでいるので、落ち着く場所だなぁと思いまして」
ふと思いついた言葉をそのまま告げます。もちろん、嘘ではありません。
ただ、先ほど私が抱いた「懐かしさ」を言葉にしてしまっても、大上君が困るかもしれないと思い、言葉を少し変えただけです。
私の言葉に、大上君はへにゃりと笑いました。
とても嬉しそうですが、そこまで喜ばれるような言葉を言った覚えはないのですが……。
「俺が生まれて、育った場所をそんな風に言ってもらえて嬉しいなぁ。……気に入ってくれたの?」
「え? あ、はい」
「そっかぁ。……結婚すれば、実家に顔を見せにいかなきゃいけない時もあるから、この場所を気に入ってもらえて良かったよ」
「んん?」
「あ、大丈夫だよ。俺は家業を継がないし。神社を継ぐのは兄だからね。でも、忙しい時には手伝いに来ることにはなるかもしれないけれど……」
はて、今は何の話をしているのでしょうか。途中から話が変わったように思えたのですが気のせいでしょうか。
「まだ、将来やりたいことは見つけられていないけれど、卒業後からすぐ、赤月さんを養えるくらいに稼ぐつもりだから」
「あ、あれー……? おかしいですね……? 何だか、話の内容が変わっていません?」
「心配しないで、赤月さん。俺は婚姻届に署名する覚悟はすでに決まっているし、むしろ署名したものを常に持ち歩いているからね。君の気持ちが固まった時はいつでも言ってね。すぐに渡すから」
爽やかな笑顔でそう言っていますが、内容は跳び箱を十段くらい一気に跳んだような、ぶっ飛んだ内容でした。
大上君はいつだって、安定のようですね。実家にいれば、少しくらいは言動が大人しくなると思っていましたが、隙があれば口説いてきます。
いえ、これは口説くというよりも求婚に近いものでしょうか。
私は大上君を無視して、先を歩いている三人を追いかけることにしました。
後ろから、「赤月さん、待ってよぉぉ!」と叫ぶ声が聞こえましたが無視しました。
本日、二回目の無視です。