赤月さん、大上君と再会する。
実家から、今、住んでいるアパートへと戻って来て、数日後。
私と白ちゃん、ことちゃんの三人は再び、電車に乗っていました。大上君に紹介してもらったアルバイトをするために、大上君の家に向かっているのです。
事前に聞いていましたが、電車が通過していく場所は山の中ばかりで、たまに川が流れている谷を大橋で越えつつ、向かっています。
川はうねうねとカーブが多い渓谷となっているようで、「川下り」と呼ばれるものが行われているようですね。
船頭さんが操縦する筏に乗って、景色を楽しんでいる観光客の方が通過する電車に向かって、よく手を振っていました。
大上君曰く、住んでいる場所は結構、田舎なので町へ出るには山越えをしなければならず、車は必需品となっているそうです。
それ故に、大上君も高校を卒業と同時に短期間で運転免許を取ったと言っていました。
もう少し、運転に自信がついたら助手席に私を乗せて、ドライブしたいと言っていたので、楽しみに待ちたいと思います。……私も、そろそろ運転免許を取らないといけませんね。
『──次は……町、……町』
電車内にアナウンスが流れました。どうやら次の駅で目的地に到着のようです。
「ことちゃん、起きて。もうすぐ着くよー?」
「ふがっ!?」
腕を組みつつ、口を開けて爆睡していたことちゃんの肩を私は軽く揺らします。ことちゃんは首をがくんっ、と大きく揺らしてから目を覚ましました。
一方で、白ちゃんは読んでいた本を鞄の中へと仕舞い、荷物棚に置いていたそれぞれの鞄を下ろし始めました。
私は身長が低くて、届かないのでその気遣いがとても助かります。
「ありがとう、白ちゃん」
「うん。ほら、小虎も忘れ物がないように気を付けるんだよ」
「ほーい」
立ち上がった私達はさっそく荷物を抱えます。そして、駅へと停まった電車から降りました。
改札口を通過し、駅から出てみれば、最初に見えたのは一面の田んぼと山でした。
北側はどうやら農地や山が多いようですね。南側の駅周辺はそれなりに発展しているようで、飲食店やスーパーが並んでいました。
学校が近いのか、夏期講習を終えた高校生が駅へと向かっていく姿が多く見られました。
「千穂。伊織は駅の北口と南口、どっちに迎えに来るって言っていたっけ」
「ええっと、確か北口でしたね。なので、この場所で合っていると思います。車を停める場所が近くにあるようで、そこで待っていると言っていました」
「大上が運転して来るのか?」
ことちゃんは腕を空に向けて伸ばしつつ、伸び上がります。さすがに長時間、電車の中で眠っていたので、身体が強張ってしまったのでしょう。
「ううん、大上君のお母さんの運転だって。シルバーのワゴン車で来るって……」
と、私が説明していた時でした。
「──赤月さぁあぁぁああん!!」
「……って、言っていたけれど、向こうが先にこちらを見つけたようですね……」
遠くから私を呼ぶ大声が聞こえましたが、かなり恥ずかしいのでやめてほしいです。
今、周囲を行き交う人は少ないようですが、誰もが一度は立ち止まり、何事かとこちらを振り返っているではありませんか。
白ちゃんとことちゃんは「またか」と言わんばかりの表情を浮かべています。さすがに大上君の奇行(?)に慣れたようで、呆れた溜息を吐いていました。
ですが、大上君の生の声を聴いて、嬉しいと思ってしまう自分もいて、少々複雑です。
毎晩、電話はしていましたが、それでも少し遠い気がしていたので……。
「赤月さん、赤月さん、赤月さあぁあああんん!! うわあああんんっっ!! 会いたかったよぉぉおおっ!!」
全力ダッシュでこちらに向かってくる大上君ですが、以前と比べて少しやつれているように見えます。
家のお手伝いでよほど、大変な日々を送っていたのかもしれません。
ですが、尻尾と耳が生えているように見えた気がして、私は一度、瞼を擦りました。
大上君はその勢いのまま、私へと抱き着いていきます。
「うぐっ。お、大上君……」
「赤月さん!! ああっ! この柔らかな春のような匂い! 思わず包み込みたくなる触り心地! 鈴が鳴るような声! ああ! 本物の赤月さんだ!! 会いたかった……っ!」
号泣しているのか、鼻水をすする音まで聞こえます。
体重をかけられると私は後ろへと倒れそうになってしまうのですが、そのあたりもちゃんと考慮してくれているのか、ぎりぎりの体勢を保っています。
ただ、逃げないようにと両腕でがっしりと、私の身体を抱き締めていますが、離す気は全くないようですね……。
「生の赤月さん! 本物の赤月さん! 三次元の赤月さん!!!」
「もう、何を言っているのか分からないんですけれど! ……あのっ、それより、そろそろ離して下さい……!」
「嫌だっ! 会えなかった数週間分を摂取するまで、俺は君を離さない!」
「耳元で叫ばれるとうるさいんです! そして、すごく恥ずかしいですっ。ここをどこだと思っているのですか! 駅前ですよ、駅前! 人が通る場所ですよ!」
「大丈夫! 駅前と言っても、北口周辺は田舎だから、行き交う人は少ないし!」
いつものようにやり取りをしていると、私は大上君からぺりっと剥がされました。
どうやら私の両肩を白ちゃんが掴み、大上君の襟首をことちゃんが持ち上げるように後ろへと引きずっていました。剛腕ですか……。
「おい、大上ぃ……。千穂が嫌がることはするなと前に言ったよなぁ?」
ことちゃんは大上君の襟首を掴んだまま、凄んでいます。
その手から逃れられない大上君はばたばたと両腕を動かしているようですが、効果はないみたいですね。
「嫌なことなんて、していないよ! 再会のハグだよ! 感動の抱擁! 恋人同士なら、普通のことだし! ねっ、そうだよね、赤月さん! 赤月さんも俺と再会して、嬉しいよね!?」
「えっ? う、うーん……。そ、そうです、ね……?」
私は首を傾げつつ、曖昧に答えます。本人を目の前に、はっきりと答えるのは少々恥ずかしいお年頃なのです。
「全く、もう……。……とりあえず、挨拶でもさせてくれないかな? 伊織が相変わらずなのは分かったからさ。……ほら、後ろからこちらへと歩いて来ている女性が、伊織のお母さんだよね?」
白ちゃんは苦笑しつつ、右手でどこかを指し示します。私達はつられるように、右手で示された方へと視線を向けました。
こちらへと歩いてきている女性は四十代半ばほどで、黒髪を一つにまとめたものをゆったりと左肩に流しています。
そして、瞳は大上君にそっくり──いえ、この場合は大上君の瞳がこの方にそっくりなのでしょう。それほどに顔立ちが似ている女性が立っていました。
「──ふふっ、伊織ってば、その子を見つけた途端に車から跳ぶように降りて、猪みたいに真っ直ぐ走って行くんだもの。びっくりしたわ」
何だか、ほわほわとした雰囲気の女性です。大上君のお母さんだと分かるほどに似ているのですが、予想以外に空気が緩やかな方でした。
その方は私達の前へと立つと、親しみをこめた笑みを浮かべました。
「初めまして。伊織の恋人さんと、お友達ね? お会い出来て嬉しいわ」
「あわっ……。あ、うっ、えっと、大上君の……その、親しくさせて頂いております、赤月千穂です」
「学部は違いますが、友人として親しくさせてもらっています。冬木真白です」
「同じく、山峰小虎です」
私に続くように幼馴染二人もぺこりと頭を下げました。
「伊織の母で、大上伊鈴と申します。遠いところからわざわざ手伝いに来てくれて、ありがとう。今日から一週間ほど、宜しくね」
そう告げて、大上君のお母さん──伊鈴さんは優しく笑いかけてくれました。