赤月さん、妹を宥める。
私が穏やかに告げると、雪穂は少し考える素振りを見せてから、柔らかい表情を浮かべました。
「……お姉ちゃん。いつか……。いつか、お姉ちゃんの大事な人を私達にも紹介してくれる?」
「え?」
目の前の雪穂は真剣な表情で私をじっと見つめてきます。
「だって、微塵も知らない人にお姉ちゃんを取られるのは……なんだか、癪だもん。私のお姉ちゃんなのに……。それに……その人はお姉ちゃんに、そんな顔させるなんて……悔しい」
そう言って、雪穂は拗ねるようにぷくっと頬を膨らませました。
昔からあまり拗ねるような子ではないので、かなり珍しいです。柔らかそうな頬を指先で突きたくなってしまいますね。
微笑ましさを感じてしまった私はつい、くすっと笑ってしまいます。
「だから、その人が本当にお姉ちゃんに相応しい人物なのか、私が徹底して見極めるのっ! お姉ちゃんを蔑ろにしたり、泣かせる人はぜったい、ぜーったい、許さないもんっ! お姉ちゃんの好きなところをその人から100個は聞き出さないと……! そして、どのくらいの覚悟を持ってお姉ちゃんとお付き合いをしているのか問いたださないと……!」
雪穂はスプーンで勢いよく掬ったアイスを大口でぱくんっと食べます。
どうやら、大上君が我が家に来た時には雪穂に質問責めされそうですね。
ですが、何故でしょう。私の脳内の大上君が「好きなところ、100個だけでいいの?」って答えているところが容易に想像出来ました。
あの人のことなので、100個以上を持ってきそうです。むしろ、私の良いところなんてそんなにありますかね……。
私自身が把握していないところまで把握していそうなのが大上君です。
あ、これ、もしかして雪穂に大上君を会わせてはいけないのでは……。
最近の小学生は大人っぽいと聞いていますが、さすがに雪穂にはまだ刺激が色々と強すぎるかもしれませんし……。
私だって、刺激が強すぎるのですから。
大上君、良い人で素敵な人なのは間違いないのですが、たまにネジが外れる時があるんですよね。
何というか普段は猫を三匹くらい被っているのに、ちょっとした拍子にそれまで大人しかった猫が暴れだしちゃうんです。
どうか、私の家族と顔を会わせる時は猫を被っていて欲しいです。
もし素が出てしまった時にはフォローするのが大変だと思うので。
私もやっと最近、大上君の素に慣れてきた──いえ、まだ慣れませんね。
大上君の真っすぐな言葉は今も気恥ずかしいです。もちろん、嬉しい言葉もあるのですが、「変態すぎません?」と思える言葉もあるので……。
そんなことを心の中で考えていると、雪穂がぐいっと顔を近付けてきます。
「お姉ちゃん、次の長いお休みの時にはその人を連れてきてね! 絶対だよ!」
「え? う、うーん……。お家のお手伝いとか忙しいかもしれないからなぁ……」
次の長い休みと言えば冬休みです。
そうなると、大晦日や初詣の時期と被るので神社が実家の大上君はきっと忙しいでしょう。
「えー……。それじゃあ、春休み……」
「まぁ、落ち着いて。ほら、向こうの予定もあるだろうから、勝手に決めたら悪いでしょ? でも、話はしておくね」
「……うん」
しょぼん、と雪穂は唇を尖らせつつ頷き返しました。ちゃんと説明すれば、素直に聞いてくれるところはこの子の良いところです。
雪穂は話題を変えるように、ふっと顔を上げました。その瞳は少し悲しげです。
「そういえば……。お姉ちゃん、明後日にはもう下宿先に帰っちゃうんだよね?」
「うん、そうだね。その後、アルバイトがあるから……」
雪穂は私が大学の図書館でアルバイトをしていることを知っています。
ですが、ここで言うアルバイトは大上君の実家でのアルバイトです。経緯などを根掘り葉掘り聞かれそうだったので隠すことにしました。
ちょっと照れくさいというのが本音です。
もちろん、雪穂だけでなく、こちらの家族には秘密です。
いくら、白ちゃんとことちゃんが一緒とは言え、付き合いたての恋人の実家でお手伝いをする、なんて言えません。
あくまでも、アルバイトをしに行くのであって、遊びに行くわけではありません。……と、思っています。
「うぅー、まだお姉ちゃんと遊び足りないのに……。もっとたくさん、一緒に山とか川とか湖とか行きたかったのに……」
全て自然の中、という選択肢しかないのが雪穂らしいですね。
周囲に遊ぶための施設が全くないので、学校の運動場で遊ぶか、市立図書館へ行くか、自然の中で遊ぶかの三択しかないんですよね、ここらの子ども達は。
私も小さい頃は幼馴染二人とだけでなく、弟の千明や雪穂と一緒に野山を駆け回って遊んだものです。
今は体力が落ちかけているので、以前のようにはいかないでしょうが。
「ごめんね、雪穂……。でも、ほら。私が今、住んでいる場所はここから凄く遠いって程じゃないから、いつか連休の時に遊びにおいでよ。その時は一緒に街中を観光しようね」
「うんっ、するっ!」
雪穂はきらきらとした瞳で大きく頷き返しました。やはり、私の妹は最強に可愛いですね。
雪穂の頭をなでなでしながら、妹っていいなぁと何度も感慨深く頷いていました。
お久しぶりです。
時間が出来たので、投稿してみました。
まだリアルが忙しいので次の更新がいつになるかは分かりませんが、
待っていて下さると嬉しいです。